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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第5章「始まりの国」
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始まりの国・その後・こぼれ話



『己の使命』

※ジン視点


 俺たちは、国の出入り口である国境に向けて、ひたすら歩き続けていた。風に混じって鉄の匂いが漂ってくる。

 遠くに見えるのは、上空に浮かぶ線の元に行くための昇降機。


「見えてきたよ。昇降機!」


 ケアテイカーが言う。


 歩きながらも、頭の中にはさっきの影の女の子の声が何度も蘇っていた。耳から離れない。胸の奥に残った違和感は、今もざらつくように居座っている。


「…なぁ、聞いてもいいか?」


 黙っていると余計に気が重くなりそうで、つい口を開いた。


『…んあ?』


 気怠そうな声。パーカーの中で、札がぴょこんと動く。


「母さん、……あの影の女の子が言ってた事、あれは本当なのか?」


 歩調を緩め、俺は低く問いかける。


『あん?』


 とぼけるような返答。だけど俺は視線を逸らさずに続けた。


「俺の使命は、…代わりにこの世界を滅ぼす事って…」


 一瞬、風が止まったように感じた。言葉にするだけで喉が重くなる。


『……あー。…うん。まぁ、本当なんじゃねえの?ああいうのは嘘なんて吐かねぇからな』


 軽い調子で言われたけど、その答えは俺の足を止めるには十分だった。


「そうか……」


 思わず俯く。胸の奥が冷たくなっていく。


『…ん、なんだなんだ?珍しいじゃねぇか。気にしてんのか、テメェ?』


 札がくすくす笑う。俺は慌てて顔を上げ、平然を装った。


「別にそんなんじゃない。……ただ、ちょっとその言葉に驚いたってだけだ」

『ふーん。……んで?』


 あっけらかんとした問い返し。


「?」

『その言葉を聞いて、お前はあの女の代わりに滅ぼすのか?世界を』


 札の声音が少しだけ鋭くなる。冗談で済まされない問いかけだと感じた。


「っ、…そんな事するわけないだろ!」


 思わず声が荒くなる。手を握りしめ、胸の奥に溜まっていた迷いを振り払うように叫んだ。


『はっ。だよなー。やっぱお前はそう答える。真面目でつまんねぇ男に育って、アルベールもさぞ喜んでるだろうよ』


 札はあっさりと笑い飛ばす。だけど「アルベール」という名前が出た瞬間、胸の奥にまた別のざわめきが広がった。


「………………」


 俺は答えられず、ただ唇を噛んだ。足元で小石を蹴り飛ばす音だけが、乾いた道に響いた。



+


『何で聞こえたの?』

※ジン視点



 気になったので、休憩がてら俺はケアテイカーに聞いてみた。


「ケアテイカー。ちょっと質問」


 隣に座っていたケアテイカーが、枝を拾って地面に落書きをしていた手を止め、顔を上げる。


「何?」

「お前、あの時、札の声が聞こえてたよな?」


 俺の問いに、ケアテイカーは首を傾げる。


「あの時って?」

「あの影の女の子が襲ってきた時」


 すると、彼は「ああ」と小さく頷き、驚きを思い出したように目を丸くした。


「? …ああ。うん。聞こえてたよ。吃驚したよ。いきなり喋るお札がジンの服から出てくるんだもん」

「何でだ?」

「……何でって?」

「あの札の声は、俺にしか聞こえないはずなんだよ。だから、気になってさ」

「え、そうなの?僕には普通に聞こえたけど…」


 その時、胸元から札の声が響いた。俺の耳にだけ届くはずのその声は、妙に楽しそうだった。


『そりゃ、たぶんだが、あの女が居たからだろうよ』

「そうなのか?」

『ああ。あの女の呪いの影響力はハンパねぇからな。そこにいるだけで、常人には理解できねぇ事象ってのが生まれんだよ。…試しに何か喋ってみようか?たぶん、もう聞こえないはずだぜ?』


 言いながら、札が小声で悪戯を仕掛けてきた。


「…………、」

「……ん?」

『こいつの嫌いな食べ物は!ゴーヤ!しいたけ!なす!』

「ちょ、何教えてんだ!?」


 慌てて声を上げる俺に、ケアテイカーが怪訝な顔をする。


「……ジン?」

『……、な?聞こえてない』

「あー、…ケアテイカー。今の、聞こえたか?」

「ん?何か言ったの?」

「ああ、いや。聞こえなかったんなら、大丈夫…」

『ほらな』

「……心臓に悪いから、いきなり個人情報暴露するのは辞めろ」


 俺は額に手を当てて小さくため息をつく。

 ケアテイカーはまだ事情が分からないらしく首を傾げていたが、その無邪気さに少しだけ気が緩むのを感じていた。



+



『助けに来てくれて』

※ジン視点



 女の子の影もなくなり、やっとの思いで一息ついた。休息を取る中、ケアテイカーが焚き火を見つめながら、静かに口を開く。


「……KBさん。さっきは助けに来てくれて、ありがとうございます」


 その声音は素直で、真剣だった。

 KBは視線を落とし、わずかに首を振る。


[礼は不要です。私は、私の役目を果たしただけ]


 それでもケアテイカーは、しっかりと頭を下げる。


「それでも……あそこでKBさんが来てくれなかったら僕たちは危なかった。お礼は言わせてください」

[……………]


 短いやり取りのあと、ふとケアテイカーが顔を上げた。


「……あの、KBさん。僕たちはこのあとマシーナリーに行くんですよね。……どんな国なんですか?」


 一瞬だけ、KBの目が焚き火の炎に揺れる。


[……機械の国。魔法を持たぬ者たちが、代わりに鉄と歯車で未来を築いた場所です。街も、人も、機械に満ちている]

「人も……?」

[見れば分かります。けれど、外から来る者には、あまり優しくはないでしょう]


 それだけを告げて、KBは口を閉ざした。

 まるで「それ以上は現地で確かめろ」とでも言うかのように。


 ケアテイカーは小さく頷き、そして無理に笑顔を作る。


「……まあ、行ってみれば分かるよね」


 その横顔を見つめながら、俺は胸の奥に得体の知れないざわめきを覚えた。


 機械の国、マシーナリー。

 これから行く国は、果たしてどんな所なのだろうか。




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