始まりの国・その後・こぼれ話
『己の使命』
※ジン視点
俺たちは、国の出入り口である国境に向けて、ひたすら歩き続けていた。風に混じって鉄の匂いが漂ってくる。
遠くに見えるのは、上空に浮かぶ線の元に行くための昇降機。
「見えてきたよ。昇降機!」
ケアテイカーが言う。
歩きながらも、頭の中にはさっきの影の女の子の声が何度も蘇っていた。耳から離れない。胸の奥に残った違和感は、今もざらつくように居座っている。
「…なぁ、聞いてもいいか?」
黙っていると余計に気が重くなりそうで、つい口を開いた。
『…んあ?』
気怠そうな声。パーカーの中で、札がぴょこんと動く。
「母さん、……あの影の女の子が言ってた事、あれは本当なのか?」
歩調を緩め、俺は低く問いかける。
『あん?』
とぼけるような返答。だけど俺は視線を逸らさずに続けた。
「俺の使命は、…代わりにこの世界を滅ぼす事って…」
一瞬、風が止まったように感じた。言葉にするだけで喉が重くなる。
『……あー。…うん。まぁ、本当なんじゃねえの?ああいうのは嘘なんて吐かねぇからな』
軽い調子で言われたけど、その答えは俺の足を止めるには十分だった。
「そうか……」
思わず俯く。胸の奥が冷たくなっていく。
『…ん、なんだなんだ?珍しいじゃねぇか。気にしてんのか、テメェ?』
札がくすくす笑う。俺は慌てて顔を上げ、平然を装った。
「別にそんなんじゃない。……ただ、ちょっとその言葉に驚いたってだけだ」
『ふーん。……んで?』
あっけらかんとした問い返し。
「?」
『その言葉を聞いて、お前はあの女の代わりに滅ぼすのか?世界を』
札の声音が少しだけ鋭くなる。冗談で済まされない問いかけだと感じた。
「っ、…そんな事するわけないだろ!」
思わず声が荒くなる。手を握りしめ、胸の奥に溜まっていた迷いを振り払うように叫んだ。
『はっ。だよなー。やっぱお前はそう答える。真面目でつまんねぇ男に育って、アルベールもさぞ喜んでるだろうよ』
札はあっさりと笑い飛ばす。だけど「アルベール」という名前が出た瞬間、胸の奥にまた別のざわめきが広がった。
「………………」
俺は答えられず、ただ唇を噛んだ。足元で小石を蹴り飛ばす音だけが、乾いた道に響いた。
+
『何で聞こえたの?』
※ジン視点
気になったので、休憩がてら俺はケアテイカーに聞いてみた。
「ケアテイカー。ちょっと質問」
隣に座っていたケアテイカーが、枝を拾って地面に落書きをしていた手を止め、顔を上げる。
「何?」
「お前、あの時、札の声が聞こえてたよな?」
俺の問いに、ケアテイカーは首を傾げる。
「あの時って?」
「あの影の女の子が襲ってきた時」
すると、彼は「ああ」と小さく頷き、驚きを思い出したように目を丸くした。
「? …ああ。うん。聞こえてたよ。吃驚したよ。いきなり喋るお札がジンの服から出てくるんだもん」
「何でだ?」
「……何でって?」
「あの札の声は、俺にしか聞こえないはずなんだよ。だから、気になってさ」
「え、そうなの?僕には普通に聞こえたけど…」
その時、胸元から札の声が響いた。俺の耳にだけ届くはずのその声は、妙に楽しそうだった。
『そりゃ、たぶんだが、あの女が居たからだろうよ』
「そうなのか?」
『ああ。あの女の呪いの影響力はハンパねぇからな。そこにいるだけで、常人には理解できねぇ事象ってのが生まれんだよ。…試しに何か喋ってみようか?たぶん、もう聞こえないはずだぜ?』
言いながら、札が小声で悪戯を仕掛けてきた。
「…………、」
「……ん?」
『こいつの嫌いな食べ物は!ゴーヤ!しいたけ!なす!』
「ちょ、何教えてんだ!?」
慌てて声を上げる俺に、ケアテイカーが怪訝な顔をする。
「……ジン?」
『……、な?聞こえてない』
「あー、…ケアテイカー。今の、聞こえたか?」
「ん?何か言ったの?」
「ああ、いや。聞こえなかったんなら、大丈夫…」
『ほらな』
「……心臓に悪いから、いきなり個人情報暴露するのは辞めろ」
俺は額に手を当てて小さくため息をつく。
ケアテイカーはまだ事情が分からないらしく首を傾げていたが、その無邪気さに少しだけ気が緩むのを感じていた。
+
『助けに来てくれて』
※ジン視点
女の子の影もなくなり、やっとの思いで一息ついた。休息を取る中、ケアテイカーが焚き火を見つめながら、静かに口を開く。
「……KBさん。さっきは助けに来てくれて、ありがとうございます」
その声音は素直で、真剣だった。
KBは視線を落とし、わずかに首を振る。
[礼は不要です。私は、私の役目を果たしただけ]
それでもケアテイカーは、しっかりと頭を下げる。
「それでも……あそこでKBさんが来てくれなかったら僕たちは危なかった。お礼は言わせてください」
[……………]
短いやり取りのあと、ふとケアテイカーが顔を上げた。
「……あの、KBさん。僕たちはこのあとマシーナリーに行くんですよね。……どんな国なんですか?」
一瞬だけ、KBの目が焚き火の炎に揺れる。
[……機械の国。魔法を持たぬ者たちが、代わりに鉄と歯車で未来を築いた場所です。街も、人も、機械に満ちている]
「人も……?」
[見れば分かります。けれど、外から来る者には、あまり優しくはないでしょう]
それだけを告げて、KBは口を閉ざした。
まるで「それ以上は現地で確かめろ」とでも言うかのように。
ケアテイカーは小さく頷き、そして無理に笑顔を作る。
「……まあ、行ってみれば分かるよね」
その横顔を見つめながら、俺は胸の奥に得体の知れないざわめきを覚えた。
機械の国、マシーナリー。
これから行く国は、果たしてどんな所なのだろうか。




