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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第5章「始まりの国」
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逃げるんだよ!





 訳がわからなかった。

 女の子の言葉のひとつひとつが理解出来ない。ただわかるのは、ジンが狙われている。これだけ。

 ……目の前で飛び交う言葉を、僕はただ呆然と聞くしかなかった。何をどうすればいいのか全くわからない。足がすくんで、身体が動かない。


[ピー!]


 その時、ぴょん、とピービーが飛び出した。

 まるで迷いのない動きで、真っ黒な女の子に飛び込む。


「ピービー!」


 ジンを覆うように伸ばされた女の子の手。そのすぐ隣で、ピービーが強烈な光を放った。

 視界が白に塗り潰される。思わず目を閉じた僕の耳に、少女の甲高い声が響いた。


『っ!? 邪魔を…っ!』


 眩しさにたじろぐ気配。その隙をついて、ピービーが声を上げ、ジンを突き飛ばした。


[ジン!逃げる!逃げる!]

『ナイスだ、タマコロ!おい!そこのちっさい少年!テメェもボーッとしてねぇで行くぞ!』

「え、あ、はい!」


 お札の声に我に返り、僕は弾かれたように駆け出した。

 玉座の間から外へ続く崩れかけた通路を、必死で。後ろを振り返る余裕なんてない。

 ただ背中に刺さる、女の子の不気味な笑い声が追いかけてくる。


『どうして?どうして逃げるの?待って。待って──!!』


 瓦礫を蹴り飛ばしながら、僕たちは城の奥から必死に逃げ出した。



+



 僕たちはどうにか崩れた回廊を抜け、城の外へ飛び出した。

 けれど、安堵する暇は一瞬たりともなかった。背後から、ぞわりと空気を撫でる冷たい気配が迫ってきたのだ。


『逃げても無駄よ。どうして逃げるの?』


 黒い靄が渦を巻くようにして広がり、その中から女の子が姿を現す。赤い瞳が、真っ直ぐジンだけを射抜いていた。


『くそっ、追いついて来やがった!』

「ジン、下がって!」

[ジン守る!守る!!]


 僕は咄嗟に身を躍らせ、ピービーと一緒に女の子へ飛びかかった。魔法を放ち、ピービーが光を弾けさせる。

 けれど――。


『そんなもので……!』


 放たれた魔法は靄に吸い込まれ、光は霧のように散らされる。逆に女の子の手が軽く払われただけで、身体に焼け付くような痛みが走った。


「うわっ……!」

「ケアテイカー!」

「だ、大丈夫……っ!」


 無我夢中で立ち上がる。だけど、その度に襲いかかる影の腕に切り裂かれ、傷は増えていくばかりだった。

 やがて、女の子は静かに片手を伸ばした。その先には――。


「ジン!」


 ジンはもう逃げ場を失っていた。伸びる黒い腕が、今にも彼を絡め取ろうと迫る。

 パーカーの内側から札を取り出して応戦しようとするも、すぐに動きが封じられて無防備となってしまった。


「ジン……ッ!」


 心臓が跳ねた。

 もう、間に合わない――そう思った瞬間。



 ――ザシュッ!


 女の子の腕を黒い靄ごと裂き払う閃光が走った。

 ジンを掴もうとしたその手は弾き飛ばされ、辺りの空気が震える。


『……!?』


 女の子の目が大きく見開かれる。

 僕とジンも同じだった。あの刃の感触を、僕は知っている。


 瓦礫を踏みしめて現れたのは――。


「……っ! お前……!」


 ジンの声が震えた。

 目の前の人影を信じられない気持ちで見つめる。


 黒と灰色の衣服を揺らし、鋭い刃を携えたその女性。

 見間違えるはずがない。


「……KBさん……!」


 胸の奥が熱くなる。

 この国に居るはずがないその人が、今ここに確かに立っている。


『………けー、びー…』


 女の子がKBを見つめ、口元を歪めた。

 彼女の腕を裂き払った刃の主が、ゆっくりと歩み出る。


[KB!KB!]

「なんでお前が、ここに……」


 ジンが驚きに声を震わせる。

 僕も息を呑んだ。心臓が早鐘のように鳴っている。


 そんな僕たちをよそに、KBさんは女の子へ視線を据えた。

 その眼差しは、冷たくも静かな光を帯びている。


「……やはり、貴女はここに居たのですね」


 女の子の赤い目が細められた。

 驚き、そして僅かな苛立ちが浮かぶ。


『……KB、どうして』

[私の使命は、お二人を守る事です。相手が貴女でも、それは変わりません]

『………そう』


 女の子が一歩踏み出す。

 空気が重く沈み込み、胸の奥を掴まれるような圧が迫る。

 すかさず、KBさんは刀を構え、魔法を放った。しかしそれは攻撃魔法ではなく、目眩ましの魔法。

 その魔法は周囲の景色を包み込み、その場に真っ白な空間を作った。


 白光の眩さが薄れる前に、KBさんは僕たちの方へ身体を向ける。

 彼女は一度だけ城を振り返り、そして言った。


[迂闊でした。彼女の力が既にあれほどとは…。予測を見誤った私の責任です。……さぁ、早くここを離れましょう。ここに留まれば、ジンだけではなく、貴方たちも、彼女に呑まれてしまいます]

「…戦わなくていいのか」


 息を切らしながら、ジンが問いかける。


[真正面から行って勝てる相手ではありません。…それに、まだその時ではありません]


 迷いのない声音に、僕も黙って頷いた。

 ピービーが先行して進んでいく。


 廃墟の街を駆け抜け、崩れた城壁を越える。

 その背後では、女の子の嘲るような声がいくつも重なり響いていた。

 けれどKBさんが前を向き続けることで、不思議と足を止めずに済んだ。


 やがて、街の外へと踏み出す。

 肩で息をしながら、僕たちは振り返った。

 灰色に沈んだ街並み、その中心にいまだ佇む赤い瞳の女の子。


[……さぁ、行きましょう]


 KBさんの一言に、僕は喉を鳴らして頷いた。


「行くっつっても何処に?このまま死神たちの所に帰るのか?」

[それは止めておいた方が良いでしょう。すでに彼女は貴方を認識してしまった。もしあの国へ帰れば、あの国も、ここと同じく滅びの道を歩んでしまう]

「なら、何処に?」

[マシーナリー!]


 僕の言葉のあとに、ピービーが言った。

 KBさんはそれに頷き、口元を緩ませる。


[そうですね。あそこなら避難場所として最適でしょう]

[マシーナリー!]


 ぴょんぴょんと、ピービーが飛び跳ねる。


 ――そして僕たちは、一時の安息を求めて、元々行く予定だった機械の国・マシーナリーを目指すことにした。



『……………』


 そんな僕たちの姿を女の子はじっと見つめ、やがて不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと風と共に消えていった。




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