すべての元凶?
『ずっと、待っていたの。貴方の事を』
「え?」
黒い影の女の子は、確かにそう告げた。
けれど、その紅い瞳は僕ではなく――真っ直ぐジンを見ていた。
ゆっくりと、迷いなく彼の方へ歩み寄る。
ピービーが慌てて飛び出し、ジンの前に立ち塞がった。
小さな身体で、守るようにぴょんぴょんと跳ねるけれど、女の子はピービーには目もくれず、言葉を続ける。
『ああ……やっぱり、あの人に任せて良かった』
「……お前は、一体?」
ジンの声が低くなる。
女の子の事を知っているのか、ジンはじっと彼女を見つめた。
『っ、ちょっ!おい!!』
突然、甲高い声が割り込んだ。
ジンのパーカーの中から一枚のお札が飛び出し、彼の頭上でパタパタと羽ばたくように舞う。
……え、喋った?
『なんでここに居やがんだ、テメェ!?』
お札の焦ったような声に、女の子はゆるりと顔を向ける。
『……貴方は、どうしてここに』
『質問してんのはこっちなんだがな!……と、そうか。だからこの国は、』
「? お前、こいつの事、知ってるのか?」
ジンが眉をひそめると、お札は上下に激しく揺れながら言葉を吐き出した。
『あ?知ってるも何も、この女の事ぁ、俺様だけじゃなくテメェもよーく知ってるはずだせ。なんせこいつは、あのセレーナ・ウールスなんだからよ!』
「っ!」
お札は言った。
セレーナ・ウールス。
確かその名前は、以前にKBさんが口にしていた名前だ。
『そんで、ずっと疑問だったがよ――どうしてこの国がこんな有り様になってんのか、やっと理由がわかったぜ』
僕は気になって、ジンと女の子の傍まで歩み寄る。
お札の声は震えていたけど、それ以上に怒気を孕んでいた。
「自然に荒廃していった、とか……そんな理由じゃなさそうだな」
『そんな生易しいもんじゃねぇ。この街……いや、この国全体が滅んだのは――こいつのせいだ。こいつの力でな』
「? どういう意味だ?」
ジンが戸惑う声を漏らす。
『この女の“呪い”だ。呪いに喰われ、呪いそのものとなって故郷を滅ぼした。……とんでもねぇ女だぜ、テメェは。それとな、この星が、こんなわけわかめな"箱世界"になっちまったのも、この女の仕業だ!』
「えっ!?」
僕の目が、最大限に見開かれる。
『ふふ。お褒めいただきありがとう』
女の子は不気味に微笑んだ。
その仕草が恐ろしくもあり、同時に哀しさのようなものも滲んで見える。
やがて彼女は視線を戻し、再びジンへ手を伸ばした。
『時が来たわ。やっと始められる。……さぁ、ジン。私と共に行きましょう』
広げられた両腕。
ジンは思わず後ずさり、冷や汗を流す。
『……? どうしたの?ここへは“種”に導かれて来たのでしょう?怖がることはないわ。貴方の使命は、私の代わりにこの世界を滅ぼす事。…そういう思考になるように頼んでおいたのだけど』
「……種?」
ジンが繰り返すと、お札が即座に割り込んだ。
『はっ!残念だったな、女!こいつがここに来たのは導かれたからじゃねぇ!』
『……どういう意味?』
『意味も何もねぇ。ただあいつが、こいつをテメェの願いどおりに育てなかったってだけだ!』
『なんですって……』
女の子の瞳が見開かれる。驚きと怒りが混ざった紅の光。
『だからこいつは、“種”だとか“花”だとか使命だとかは知らねぇ、真面目でつまんねぇ男の子に育ちましたとさ!はははっ!ざまぁねぇわ!』
お札は挑発するように飛び回る。
少女は一瞬だけ鋭く睨んだが、やがて深く息を吐き、また微笑を浮かべた。
『…そう。…まぁ、いいわ。それならこれから私がじっくりと教えてあげる』
そう言って、彼女はジンの胸元へ身を寄せた。
「っ……!」
ジンが慌てて振り払おうとするが、彼女の身体は靄のようにすり抜け、掴めない。
『ああ……嬉しい。まるで、"あの人"が帰ってきてくれたみたい』
『おい!ジン!さっさと引き剥がせ!取り込まれるぞ!』
「そんなこと言ったって……っ」
ジンの困惑をよそに、少女は恍惚とした笑みを浮かべ、顔を上げる。
『おかえりなさい、私の……私だけのジン。これからはずっと一緒よ。この世界を滅ぼし、滅びた後で――また、あの人と三人で……』
ふふふ……と最初は楽しげに笑っていた声が、次第に歪み、不気味な響きへと変わっていく。
その笑いに、僕の背筋は凍りついた。




