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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第5章「始まりの国」
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黒い少女 ※ジン視点





「…………、」



 日記を最後まで読み終えると、俺は深く息を吐いた。

 胸の奥がざわめき、息苦しさで言葉が喉に詰まる。


 この日記を見つけた事をケアテイカーに伝えるべきか――考えたが、口を開くことはできなかった。

 これは、自分だけの秘密だ。

 母さんの想いと罪、そして呪いの記録。それを軽々しく他人に明かすことなど、できるはずもなかった。


[ジン……]


 ピービーが心配そうに俺を見つめる。

 震える手で日記を閉じ、静かに目を伏せた。

 そのとき、かすかな気配を感じて顔を上げると、部屋の奥、壊れた扉の影に――“それ”は立っていた。


 全身が黒い靄に覆われ、輪郭だけが人の姿を模している。

 少女のような小柄な体つき。だが、その顔には表情らしきものはなく、ただ紅い光を宿した瞳が、暗闇の中からじっと僕を射抜いていた。


 口元がゆっくりと歪む。――笑っている。

 声はない。ただ、楽しげに、挑発するかのように。

 その笑みは、日記の中で読んだ「呪い」そのものの化身のように思えた。


 俺は思わず息を呑み、立ち上がって後ずさる。

 ケアテイカーを呼ぶべきか――そう思うよりも早く、影の少女は一歩、二歩と僕に近づいてくる。


 何も言わず、ただじっと見つめられる。

 やがて、くるりと背を向け、すり抜けるように壊れた扉の向こうへ歩き去っていった。


「っ、待て!」


 思わず声を上げ、俺は駆け出した。


[ジン!待って!待って!]


 足音が古びた床に響き、闇の中を追う。

 しかし影は決して走らず、淡々と歩みを進めるだけ。

 それでも距離は縮まらない。手を伸ばしても届かない。常に一歩先を行く。


 階段を上がり、家の中を抜け、外の荒れ果てた街路へ――。

 外に飛び出した瞬間、影の少女の姿は霧のように消えていた。


「……っ!?」


 辺りを見回す。風が吹き抜け、砂埃が舞うだけ。

 人の気配も、あの異様な存在の気配も、どこにもない。


 荒廃した街の静けさが、かえって不気味さを増幅させる。

 確かに見たはずなのに、追いかけたはずなのに。

 俺は胸を抑え、乱れた息を整えながら、自分の目を疑うしかなかった。



+



「ジン!どうしたの?何かあった?」


 息を整え、再び家の中に戻る。

 戻ると、ケアテイカーが心配そうに待っていたが、俺は深く息を吐き、首を横に振った。


「……いや。何もない。急に飛び出して悪かった」


 淡々と告げる声には、わずかな揺らぎが混じっていたが、誰もそれを気に留めることはなかった。

 ピービーが小首を傾げ、問いかける。


[ジン。ジン。何もなかった。本当?嘘?]

「……本当だよ。もう、この家に用はない。他の場所に行こう」


 俺は視線を逸らし、強く言い切った。

 それ以上は追及せず、ケアテイカーもピービーも静かに頷く。


 こうして俺たちは荒れ果てた街を歩き、次の探索へと足を進めていった。


 それでも俺の胸の奥には、あの「黒い少女の笑み」と、霧のように消えた背中の残像が、いつまでもこびりついて離れなかった。




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