女の人VSジン
僕たちの力を見せよ。
神様は、確かにそう言った。
場所は神様の家の裏手に広がる、わずかに開けた一角。
四方を囲むのは、周囲の民家と同じ色をした無機質なブロック塀。幾段にも積まれ、まるで外界からこの場を切り離す防壁のようだった。
空間の中央、地面には幾何学的な文様を描く魔法陣が刻まれている。その上で、槍を手にした女の人とジンが対峙していた。
僕と神様は魔法陣からやや離れた位置で二人を見守る。ジンはわずかに表情をこわばらせ、怯えを隠しきれない様子だった。
「よいか、加減するんじゃぞ!」
神様の声が響く。
魔法陣から放たれる光は半球状の障壁結界となり、二人を包み込んでいた。外へ余波が及び、周囲の家々を壊すことを防ぐためらしい。
なるほど、今から戦いが始まるのなら当然の備えだ。
「準備はいいか!」
「……戦いはあんま好きじゃねぇんだけどな」
女の人が低く言い放ち、槍を構える。
ジンは渋々といった面持ちで黒いパーカーの内側ポケットから一枚の札を取り出し、構えた。紙切れ――いや、ただの紙ではない。
「ほぉ、レスター殿の武器はそれか」
神様が興味深げに頷く。
[なぁ、なんだあれ? あんなモンで勝てんのかよ?]
肩に乗るクロが訝しむ。
「あれは“魔封術”の札じゃよ」
「魔封術?」
僕の反応を見て、神様が説明を続けた。
「古来より伝わる武具の一つ。一枚持つだけで、この世に存在するすべての属性魔法を行使できる、まさに万能の術札じゃ」
[へぇ……]
クロが感心したように頷く。
古代の武具……もしかして、地球が箱詰めにされる以前の遺物だろうか。そうだとしたら、確かに興味をそそられる。
「おぬしの武器はそれか。せいぜい破られぬよう気を付けるんだな!」
女の人が地面を蹴り、鋭い踏み込みとともに槍を振るった。
刃が迫る寸前、ジンは身をひねってかわし、札を横一文字に払う。
「炎閃!」
言葉と同時に札に描かれた魔法陣が赤く輝き、一筋の炎が疾駆するように放たれた。
炎を間近に浴び、女の人は表情を歪めて即座に後退する。
[おっ、なかなかやるじゃん!]
炎の軌跡は徐々に消え、女の人は槍をくるりと回して構え直した。
神様は目を細め、ジンの動きをじっと観察している。
「ふむ……やはり、わしの目に狂いはなかった」
ほほほ。と、顎髭を撫でながら笑う。
「この私に一撃とはな。大抵の輩は、私の姿を見ただけで尻尾を巻くものだが」
「逃げる場所なんざねぇだろ。だったら戦うしかねぇんだよ、嫌でもな!」
ジンは札を高く掲げる。
次の瞬間、札から放たれた光が彼の全身を包み込んだ。
「おおっ!」
「神様?」
「あれは光の魔封術! 数ある魔封術の中でも、使い手はほんの数人しかおらぬ希少な術じゃ!」
興奮を隠せぬ神様の声に、僕はただ瞬きをする。見た目は確かに美しい光だけど、それほど珍しいものなのだろうか。
「ふん……そんな術、私に通じ――っ!」
女の人が再び踏み込む。けれどジンは一瞬で背後へ回り込み、懐からもう一枚の札を引き抜いた。
「封縛!」
乾いた破裂音と共に札が女の人の背中へ貼り付く。
無数の糸のような光が彼女の四肢を絡め取った。バランスを崩し、倒れかけた女の人は最後の抵抗とばかりに槍を振り上げる。
ジンは咄嗟に身を引くも、完全には避けきれず頬に浅い傷を負った。赤い筋が滲んで血が流れる。
「そこまでじゃ!」
神様の声で女の人の動きが止まる。同時に結界も魔法陣も消え、ジンはその場に尻餅をついて大きく息を吐いた。
僕は駆け寄り、大丈夫かと問いかける。
「ああ、平気。ちょっと疲れたけどな」
神様が歩み寄り、ジンを見下ろした。
「魔封術、確かに見せてもらった。いやはや、想像以上じゃ」
「……そりゃどーも」
「おい、この術を早く解け! 動けぬではないか!」
「焦るな。魔封術は精神力を大きく削る。しばし休ませてやれ」
不満を隠さず舌打ちする女の人を横目に、僕はジンの札を見せてもらった。
遠くからではよく見えなかったけど、そこには複雑な魔法陣の他にも見知らぬ文字が刻まれている。
「この札は、すっかりレスター殿に身を委ねておるな」
「…わかるのか?」
「うむ。ここに記された言葉を見ればな。……使いこなすまで、相当苦労したじゃろ」
ジンの肩がわずかに震える。
札からは確かに、持つ者を圧倒するほどの力が感じられた。
「さて――次はケアテイカー殿じゃ」
「え?」
神様の視線が僕に向く。
そうだった、僕もやるんだった。
「レスター殿、もう動けるか?」
「ああ、動くだけなら」
「ならば、死神と一緒に端へ寄っておれ。ケアテイカー殿の相手は……わしが務めよう」
「……ん?」
「……え?」
え? 今、この神様なんて言った?




