魔封術師の国・その後 ※ジン視点
その後の俺たち。
「……………」
目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
ぼんやりとした意識の中で、ここはどこだろうと考える。
「ジン。目が覚めましたか?」
「………ティタニア?」
声に反応して顔を向けると、椅子に座ったティタニアがいた。
彼女は心配そうにこちらを見つめている。白いローブはまだ身にまとったままだ。
どうやらここはレスター家にある、俺の部屋らしい。
謎の女に叩きのめされて動けなくなった俺たちを、ティタニアたちがここまで運んでくれたのだという。
「運んだ? …お前が?」
「ええ。ここまでジンたちを運ぶのに時間はかかりましたが、なんとか」
その言葉に、思わず目を見開いた。
大変な重労働をさせてしまったのだ。
「…悪い。重かったろ?」
「そんな。謝らないでください。あなたは、こうしてまた私を救ってくれたのです。せめて、私にもお役に立たせてください」
「……………」
あれから俺たちは、親父から渡された暁の水晶球を壊し、街の住人にかけられた呪いを消滅させた。
ピービーの話によると、暁の水晶球には莫大な呪いが封じ込められていて、親父が持っていた“喋る呪いの札”と同じように、住人全員に呪いをばらまいていたらしい。
そして暁の水晶球の呪いと、住人に宿っていた呪いは本来ひとつの存在。だから水晶球を破壊したことで同時に住人の呪いも消え去った、というわけだ。
ちなみに親父の呪い札はというと――今も俺が持っている。
地下に落ちてからも、ケアテイカーと合流してからも、死神たちと再会してからも、さらには謎の女と戦っている間さえも、止まることなくベラベラと喋り続けるものだから、正直ウザすぎた。
「死神たちは?」
「大丈夫です。あの方たちも他の部屋で療養中です。今、老婆先生が皆様の傷を診ています」
「そうか……」
痛む身体をおしてゆっくりと起き上がると、ティタニアが手を貸してくれた。
彼女の腕もまた包帯に覆われている。
「ティタニアは……体調に変化とかは?」
「ええ。大丈夫。ジンが貼ってくれたお札のおかげで、なんともありません」
そう言ってローブを少し開き、胸元に貼られた札を見せる。
札の魔法陣は淡い緑色の光を放っていて、それを見て俺は胸をなで下ろした。
この札を貼った理由はただ一つ。
暁の水晶球の力に操られたティタニアを鎮めるためだった。
地下に落ちても水晶球の力は失われず、彼女は無理やり俺に襲いかかってきた。
だから俺は考えていた手段のひとつを使い、札を胸元に貼って強引に動きを封じたのだ。
「それでは、私は老婆先生に伝えてきますね。ジンが目を覚ましたら知らせるように、と言われていますので」
そう告げてティタニアは立ち上がり、部屋を出て行った。
パタン、と扉が閉まり、部屋が静かになる。
俺はキョロキョロと視線を巡らせた。
――四年前まで使っていた自分の部屋。
必要最低限の物しか置いていない殺風景な部屋だ。
だが、長い間使われていないはずなのに埃ひとつなく清潔なままで、懐かしさと同時に驚きを覚える。
……誰かが、ずっと掃除してくれていたのだろうか。
「おお、ジンちゃん。元気そうだね」
首を傾げていると、扉が開いて老婆先生が入ってきた。
笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄る。
さらにその後ろからケアテイカーとピービーの姿も見えた。
「ジン!良かった!目が覚めたんだね!」
[ジン!ジン!]
ケアテイカーは俺の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってくる。
腕に抱かれていたピービーはベッドにぴょんと飛び乗り、くるくると回った。
「ケアテイカー、ピービー」
「うん。傷もだいたい治っているね。ティタニアちゃんに運ばれて来た時は本当に心配したけど……良かった良かった」
老婆先生は安心したように笑みをこぼす。
ケアテイカーはベッドの端に腰を下ろし、真剣な目で俺を見つめた。
「……ジン、街の人たちは助かったよ。呪いが解けて、みんな元気を取り戻し始めてる」
「そうか……」
[良かった。良かった]
その言葉に、胸の奥にじんわりと安堵が広がった。
「でもね」
ケアテイカーの声色がわずかに沈む。
「呪いは消えたけど、全部が終わったわけじゃない。あの水晶球に宿っていた力の残り火――“呪いの残滓”が、まだ街の奥に漂っているんだ」
「呪いの……残滓?」
「ピービーがそう言ってた」
[残滓、残滓。まだ残ってる。暁の水晶球を壊しても、呪いの力が強すぎたせいで、街に残った。探して消さないと大変。大変]
小さな体を震わせながら、ピービーが告げる。
俺は視線を落とし、強く拳を握った。
水晶球。親父。呪い。
……そして、セレーナ。
あの時、KBとかいう女が言った言葉が頭をよぎる。
『――始まりの国』
そこへ行けば、何がわかるというのだろうか。
「ジン?」
不安げに僕の名を呼ぶケアテイカーに、ゆっくりと顔を上げた。
「! あ、悪い。ちょっと考え事してて…」
「考え事って、…KBさんに言われた事?」
「……まぁな。あの女は、母さんの事を知ってた。それが、どうしてなのかなって」
「うん。……僕もKBさんの事は気になってて。どうして僕の名前を知ってたのかなって」
「前に会ってるとか?」
「ううん。会った事ないよ。もし会ってたら、あんなに強い人の事を忘れるわけない」
「…………」
「それでね、どうしてなのかなって思って、ピービーに聞いてみたんだ。そしたら――」
[マリーナリー!マシーナリー!]
「…の、一点張りになっちゃって」
[マシーナリー!]
ピービーは叫び続ける。
「マシーナリーって、もしかして機械の国の事か?」
「ジン、知ってるの?」
「ああ」
機械の国。別名マシーナリー。
その名の通り、その国にはほとんど機械しか存在しない。
人間も少なからず居るという話は聞いたが、本当かどうかは怪しい。
[マシーナリーにはBが居る。BはKBと僕を作った。ケアテイカー。会いに行く。会いに行く]
「B?」
ピービーの言葉に、俺とケアテイカーは顔を見合わせる。
[ジンも、始まりの国に行く。始まりの国はマシーナリーの手前。手前]
言いながら、ピービーは両目から光を放ち、地図を映し出す。
そこには赤い点が二つ表示され、点滅していた。
[始まりの国。セレーナの故郷。セレーナの家ある。ジン、そこに行く。行く。僕、セレーナに世話になった事ある。案内できる]
「え?」
「ピービー。ジンのお母さんの事、知ってるの?」
[うん。セレーナは良い人。優しい人。僕、セレーナ好き。好き]
光の中の地図を消すと、ピービーは次に写真を映し出した。
そこには二人の男女が写っており、男の方はどことなく俺に似ていた。
「この女の人が、セレーナさん?」
[セレーナ。セレーナ]
「………………」
写真に写る母さんをじっと見つめ、無意識に眉をひそめる。
「………始まりの国へ行ったら、何かわかるのか?」
その言葉は自然に口から零れ落ちていた。
俺の問いに、ピービーは光を消し、ぴょんと跳ねる。
[わかるかもしれない。でも、わからないかもしれない]
「なんだよそれ」
ため息混じりに返す。
始まりの国に行くのは、誰かに命じられたからじゃない。
自分の意思で、俺はそこに辿り着くべきだと感じていた。
ケアテイカーはしばらく俺を見つめ、やがてふっと口元に笑みを浮かべて頷く。
「……分かった。僕も一緒に行くよ」
ピービーがベッドの上で再びぴょんと跳ねる。
「いいのか?」
「うん。ピービーが出してくれた地図だと、マシーナリーより始まりの国の方が近いし、こういうのは近場から攻めるって相場が決まってるから」
口元を緩ませて、人差し指を立てながら言うケアテイカー。
その楽しげな仕草に、思わず肩の力が抜ける。
[いく!いく!]
ピービーも元気よく飛び跳ね続ける。
――こうして俺たちは次なる目的地を決め、その旨を、別の部屋で休んでいる死神とクレイズに伝えに行った。




