敵なの?味方なの?
カイストさんの様子を気にしながらアルベールさんたちの後ろを付いていくと、やがて巨大な扉の前に辿り着いた。
鉄で出来た重厚な扉には南京錠が掛けられており、タルオスオールさんはそれを見て舌打ちをする。
「んだよ。鍵掛かってんだけど。…隊長、本当にここっスか?」
「そうだ」
タルオスオールさんの傍で、ふよふよと浮かぶ光球が扉の鍵を照らし出す。
「たいちょー。こんな鍵、見たことないんですけど。開けられるんですか?」
南京錠を覗き込みながら、ファムさんが首を傾げる。
「壊しちまうっスか?」
「それは止めておいた方がいい。この南京錠には微弱ながら魔封術の力が込められている。迂闊に触れれば、返り討ちに遭うだろう」
「うっへ……」
タルオスオールさんは顔をしかめ、南京錠から一歩後ろに下がった。
では、どうするのか――。
僕が考え込むより早く、アルベールさんは懐から一枚の札を取り出す。無言で南京錠に近づき、札をペタリと貼り付けてから小さく呪文を唱えた。
カチリ。
乾いた音とともに南京錠が外れ、床に落ちる。
「ひゅー。さっすが隊長」
「魔封術には魔封術をぶつけろ――古くからの言葉だ。覚えておけ」
札を回収しながら、アルベールさんは南京錠を拾い上げる。そして扉を押し開けると、ギギギ、と重々しい音を立てて内側が現れた。僕たちは次々にその中へ足を踏み入れる。
中は広大な空間だった。辺りをキョロキョロと見回すが、暗がりに包まれて隅の方は見えない。
アルベールさんが光球を進ませると、光が氷の巨大な塊を照らし出した。塊には二本の太いしめ縄が十字に巻かれ、その中央には古びた札が貼られている。
よく目を凝らすと、氷の内部で黒い靄のようなものが蠢いていた。
その瞬間、僕の鞄に入っている"呪い具現化装置"がぶるぶると震え出す。
「たいちょー、これ何ですか?」
ファムさんが不安げに尋ねる。
アルベールさんは札を睨み、眉をひそめた。描かれた魔法陣は魔封術のもの。だが随分と古び、頼りない。
「これは――呪いだ」
「え?」
「呪い? このでっかい氷が?」
「管理人にはわかるだろう。これが呪いだと」
「……はい。装置が反応してますから」
僕は鞄から装置を取り出し、震えるそれを皆に見せた。
「ひゅー、そいつが反応してんのか」
タルオスオールさんは口笛を吹く。
「それ……あなたの物?」
ファムさんが、まっすぐに僕を見てくる。思わず胸が高鳴った。
「い、いえ。これは僕のじゃ……」
その隙をつき、アルベールさんが僕の手から装置をひったくる。鋭い眼光でまじまじと観察し――低い声で問う。
「……これを、どこで手に入れた?」
「え?」
「どこだ?」
威圧的な声音に、僕は思わず足を引いた。
「隊長、それが何なのか知ってるんスか?」
「……これは呪いを実体化できる秘具の一つだ」
「実体化?」
アルベールさんは答えず、装置を氷の塊へ近づける。途端、装置は引き寄せられるように吸い付き、震えながら塊にヒビを走らせていく。
ピキピキピキ……!
音を立てて氷が割れ、装置はそのまま中に潜り込む。回転しながら黒い靄を吸い込み、数秒もせぬうちに氷塊は空っぽになった。靄を纏った装置は、やがてアルベールさんの掌に戻ってくる。
あまりの光景に、ファムさんとタルオスオールさんは目を見開いて言葉を失った。
「うっわ……何スか今の?」
「す、すごかったですね……」
しかしアルベールさんだけは、黙り込んだまま装置を凝視している。やがて視線を僕に移し、低く語った。
「呪いの実体化には二つの方法がある。一つは秘具から直接呪いを顕現させる方法。そしてもう一つは……その器を人間に渡す方法だ」
そう言いながら、アルベールさんは装置を持ってカイストさんの前へ。
「……? いまいち意味わかんねぇっスけど?」
「今にわかる」
アルベールさんが装置を差し出すと、カイストさんは生気のない瞳でそれを見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。
――駄目だ。
胸の奥に嫌な予感が走る。あの装置をカイストさんに渡してはいけない。
「アルベールさん! 待っ――!」
僕は思わず飛び出す。しかし、その前にファムさんが立ち塞がった。
「隊長の邪魔はしないで。邪魔をする者は、誰であっても容赦しない」
シュッ――。
彼女のチャクラムの刃が僕の喉元に突きつけられる。息が止まり、冷たい感触に全身が硬直した。
装置は、カイストさんの手に渡ってしまった。
それはゆっくりと彼の体内に吸い込まれていき、すぐに背中から抜け出る。
中に収められていた呪いは、すべてカイストさんの中に入り込んでしまった。
「カイストさん!」
思わず叫ぶ。
床に「ゴトン」と音を立てて落ちた装置を、アルベールさんはじっと見つめ、そして何をするのかと思えば、彼はそこに一枚の札を貼り付けた。
すると装置は跡形もなく消滅し、僕は目を見開く。
「っ、アルベールさん、何を…!」
喉元に当てられていたチャクラムの刃が離れる。
「君たちに邪魔をされては都合が悪い。……ここでお引き取り願おう」
「は……?」
そう言った瞬間、地面が大きく揺れた。
轟音が響き、僕はバランスを崩して尻もちをつく。
揺れが収まった時には、もうアルベールさんたちの姿はどこにもなかった。
カイストさんの姿も消えている。
僕はきょろきょろと周囲を見回しながら立ち上がり、眉を下げた。
――代わりに、周囲には光球がふわふわと漂っていた。
たぶん、アルベールさんが残していったものだろう。
「………………」
神様から預かった呪い具現化装置が壊されてしまった。
これでは、呪いを見つけることも、倒すこともできない。
……どうしよう。
けれど、今は考えている場合じゃない。
まずはこの洞窟を出て、死神さんたちのもとに戻らなければ。
装置のことも、カイストさんのことも、それから考えればいい。
僕は、装置でひび割れた氷の塊を見つめた。
パラパラと氷片が崩れ落ち、貼られた札も剥がれかけている。
その時――背後から声がした。
[ケアテイカー。ケアテイカー]
「!」
振り返ると、そこにはピービーがいた。
扉の近くでぴょんぴょん跳ねながら、楽しそうに笑っている。
「ピービー!」
名前を呼ぶと、ピービーはころころと転がって近づき、そのまま僕の胸に飛び込んできた。
探しに行かなければ見つからないと思っていたから、思わず驚いてしまう。
「ケアテイカー!?」
次の瞬間、別の声が僕を呼んだ。
顔を向けると、そこにはジンがいた。
息を切らせ、疲れた様子でこちらに駆け寄ってくる。
その傍らには、なぜか白いローブの人物が立っていた。
[ジン。ジン。ケアテイカー。ケアテイカーミツケタ]
「見りゃわかるよ。……お前も落ちてきてたんだな」
「う、うん。色々あってね。二人とも無事でよかったよ。今から探しに行こうと思ってたんだ」
[ピービー。ケアテイカーノケハイサッチ。サッチ]
「ん?」
気配を察知?
どういう意味だろうと首を傾げると、ジンが補足してくれた。
――僕のところに来たのは偶然じゃない。
出口に向かって歩いていた時、前を照らしていたピービーが突然止まって、僕の名前を叫びながら猛スピードで逆走していった。
慌てて追いかけたら、そこに僕がいた。……そういうことらしい。
ピービーは「気配を察知した」と言っている。
「…………」
なんとも言えない顔でピービーを見る。
ピービーは嬉しそうに笑っていた。
「……で、さっきから気になってるんだけど。その白い人は?」
「ん? ああ、こいつは――」
ジンが振り向いたその時、再び地面が大きく揺れた。
ドーンという轟音が響き、ジンは天井を仰ぐ。
「……とりあえず、ここを出ようぜ。話はそれからだ」
「…………」
この揺れと音は一体……?
上の方から聞こえてくるということは、コロシアムで何かが起きているのだろうか。
僕の頭の中には、いくつもの疑問符が浮かんでいた。
――とにかく、早く洞窟を出なければ。




