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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第4章「魔封術師の国」
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穴の底で




「うぎゃっ…!」


 ドシン、と鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。

 どうやら穴の底に到着したようだ。呻きながら上体を起こし、辺りを見渡す。


 ――真っ暗で何も見えない。


 暗闇が苦手なわけではないが、ここまで漆黒だと心細さが胸に忍び寄る。前方を確認するため、僕は手のひらに小さな炎を灯した。


 ぼうっと揺らめく炎の光が周囲を照らすと、土の壁が浮かび上がる。壁は左右にも続き、奥へと果てしなく伸びていた。ここは洞窟みたいだ。


「ジンとピービー、大丈夫かな……」


 僕より先に落ちた二人の姿は見当たらない。無事ならいいけれど、合流するには探しに行くしかないだろう。


 前と後ろ。どちらに進むべきか。炎を掲げて交互に照らす。死神さんにクロを預けてきてしまったのは、今となっては大きな失敗だった気がする。


「……どうしよう」


 迷って立ち止まっていると――


「……何をしてるの?」

「!?」


 不意に声がして、心臓が跳ねる。慌てて振り返ると、そこに居たのはピンク色の髪の少女――ファムさんだった。僕をこの穴に連れてきた張本人。


「君は……」


 問いかけるより早く、ファムさんは僕を土壁に押し付けた。

 油断していたせいで抵抗もできず、あっさり捕まってしまう。その拍子に炎が消え、闇が再び支配する。


「あー、その……?」

「…………」


 暗闇のせいで彼女の表情は読めない。どれくらいで目が慣れるのだろう――そう思った矢先。


「……光よ」


 彼女が呟くと、髪飾りが淡く青白い光を放った。闇が退き、洞窟の輪郭が再び浮かび上がる。


 ほっと息をついた瞬間――


「……た」

「え?」


 小さな声。よく聞き取れず首を傾げた次の瞬間、ファムさんは僕に勢いよく抱き付いた。


「うわああん!無事で良かったぁぁぁ!」

「っ!?」


 あまりの出来事に目を見開く。頭が真っ白になり、鼓動が耳の奥でやかましく響く。


「ちょっ、ちょっと……!?」


 混乱のまま彼女の肩を掴んで引き剥がすと、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔が露わになった。直視するのが気恥ずかしくて、僕は慌てて視線を逸らす。


「ぐすっ……」

「き、君は! ……その、いきなり何を……っ!」


 頭がぐるぐるして、まともな言葉すら出てこない。どうしたらいいのか、本当にわからなかった。


 そのとき――


「おっ、さっそくイチャついてやがる」


 嘲るような声が響いた。振り向くと、鎧をまとった男が二人。さらに白いローブを纏った人物が背後に立っていた。


 彼らの横には、光を帯びた球体がふよふよと浮かんでいる。決闘場に穴を開けた人たちだ。


「感動的な再会を邪魔して悪いが、時間がない。そこで終わりにしろ」

「っ……もう少しだけでも……」

「ほら、これで顔拭け。涙でぐっしょりだぞ」


 赤と黒の髪を持つ鎧の男がハンカチを差し出した。ファムさんは受け取り、涙を拭き取る。どうやら知り合いのようだ。


 だが、僕の方を見ていたもう一人――灰色に黒が混じる髪の男が、鋭い眼光を向けて口を開いた。


「……お前が"管理人(ケアテイカー)"だな」

「え?」


 威圧感のある低い声。長身に見下ろされるだけで、背筋が強張る。彼の掌には水晶玉が乗り、その表面には何枚もの札が重ね貼りされていた。


「あ、あの……あなたたちは?」


 恐る恐る問いかける。

 目の前の三人が何者なのか、それを知らなければ話も進められない――。


「安心して。私たちは貴方に危害を加えるつもりはないわ」


 男の人に代わり、ファムさんが柔らかい声で言う。

 さきほど僕に話しかけてきたのがアルベールさん。そしてファムさんにハンカチを渡した男の人は、タルオスオールさんというらしい。


「少し、俺たちに付き合ってもらう」

「……?」


 付き合う?どういう意味だろう。


「……!」


 その時、鞄の中の装置がぶるぶると震えた。


 僕は思わず鞄に手を添え、アルベールさんの後ろに立っている白いローブの人へ視線を向ける。彼は黙ったまま微動だにせず、ただそこに立ち尽くしていた。


「……彼が気になるか」


 僕の視線に気付いたのか、アルベールさんが静かに言葉を落とす。

 その言葉に合わせるように、白いローブの人物はフードに手を掛け、ゆっくりと顔を露わにした。


 その顔を見た瞬間、僕は思わず息を呑む。


「……カイストさん?」

「……………」


 そこに居たのは、まぎれもなくカイストさんだった。

 けれど、その目からは生気が失われていて、まるで魂の抜け殻のように虚ろだった。


「彼の名は、カイスト・オベイロン。スラム街で暮らす青年だ」

「アルベールさん、これは一体──」


 問いかけようとしたが、アルベールさんはその声を遮るように淡々と告げた。


「……では、そろそろ行こう。時間は限られている」


 それだけを言い残し、彼は迷いなく歩き出す。

 その背中からは、僕の疑問に答える気などさらさら無いことが伝わってきた。


 すぐにファムさんとタルオスオールさんも彼のあとに続く。

 そして、虚ろな目をしたカイストさんまでもが無言のまま、その後を追った。


「……………」


 装置の震えが次第に弱まり、静かになっていく。

 取り残された僕は、遠ざかっていくアルベールさんたちの背中を見つめ、ただ眉をひそめることしか出来なかった。




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