穴の底で
「うぎゃっ…!」
ドシン、と鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。
どうやら穴の底に到着したようだ。呻きながら上体を起こし、辺りを見渡す。
――真っ暗で何も見えない。
暗闇が苦手なわけではないが、ここまで漆黒だと心細さが胸に忍び寄る。前方を確認するため、僕は手のひらに小さな炎を灯した。
ぼうっと揺らめく炎の光が周囲を照らすと、土の壁が浮かび上がる。壁は左右にも続き、奥へと果てしなく伸びていた。ここは洞窟みたいだ。
「ジンとピービー、大丈夫かな……」
僕より先に落ちた二人の姿は見当たらない。無事ならいいけれど、合流するには探しに行くしかないだろう。
前と後ろ。どちらに進むべきか。炎を掲げて交互に照らす。死神さんにクロを預けてきてしまったのは、今となっては大きな失敗だった気がする。
「……どうしよう」
迷って立ち止まっていると――
「……何をしてるの?」
「!?」
不意に声がして、心臓が跳ねる。慌てて振り返ると、そこに居たのはピンク色の髪の少女――ファムさんだった。僕をこの穴に連れてきた張本人。
「君は……」
問いかけるより早く、ファムさんは僕を土壁に押し付けた。
油断していたせいで抵抗もできず、あっさり捕まってしまう。その拍子に炎が消え、闇が再び支配する。
「あー、その……?」
「…………」
暗闇のせいで彼女の表情は読めない。どれくらいで目が慣れるのだろう――そう思った矢先。
「……光よ」
彼女が呟くと、髪飾りが淡く青白い光を放った。闇が退き、洞窟の輪郭が再び浮かび上がる。
ほっと息をついた瞬間――
「……た」
「え?」
小さな声。よく聞き取れず首を傾げた次の瞬間、ファムさんは僕に勢いよく抱き付いた。
「うわああん!無事で良かったぁぁぁ!」
「っ!?」
あまりの出来事に目を見開く。頭が真っ白になり、鼓動が耳の奥でやかましく響く。
「ちょっ、ちょっと……!?」
混乱のまま彼女の肩を掴んで引き剥がすと、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔が露わになった。直視するのが気恥ずかしくて、僕は慌てて視線を逸らす。
「ぐすっ……」
「き、君は! ……その、いきなり何を……っ!」
頭がぐるぐるして、まともな言葉すら出てこない。どうしたらいいのか、本当にわからなかった。
そのとき――
「おっ、さっそくイチャついてやがる」
嘲るような声が響いた。振り向くと、鎧をまとった男が二人。さらに白いローブを纏った人物が背後に立っていた。
彼らの横には、光を帯びた球体がふよふよと浮かんでいる。決闘場に穴を開けた人たちだ。
「感動的な再会を邪魔して悪いが、時間がない。そこで終わりにしろ」
「っ……もう少しだけでも……」
「ほら、これで顔拭け。涙でぐっしょりだぞ」
赤と黒の髪を持つ鎧の男がハンカチを差し出した。ファムさんは受け取り、涙を拭き取る。どうやら知り合いのようだ。
だが、僕の方を見ていたもう一人――灰色に黒が混じる髪の男が、鋭い眼光を向けて口を開いた。
「……お前が"管理人"だな」
「え?」
威圧感のある低い声。長身に見下ろされるだけで、背筋が強張る。彼の掌には水晶玉が乗り、その表面には何枚もの札が重ね貼りされていた。
「あ、あの……あなたたちは?」
恐る恐る問いかける。
目の前の三人が何者なのか、それを知らなければ話も進められない――。
「安心して。私たちは貴方に危害を加えるつもりはないわ」
男の人に代わり、ファムさんが柔らかい声で言う。
さきほど僕に話しかけてきたのがアルベールさん。そしてファムさんにハンカチを渡した男の人は、タルオスオールさんというらしい。
「少し、俺たちに付き合ってもらう」
「……?」
付き合う?どういう意味だろう。
「……!」
その時、鞄の中の装置がぶるぶると震えた。
僕は思わず鞄に手を添え、アルベールさんの後ろに立っている白いローブの人へ視線を向ける。彼は黙ったまま微動だにせず、ただそこに立ち尽くしていた。
「……彼が気になるか」
僕の視線に気付いたのか、アルベールさんが静かに言葉を落とす。
その言葉に合わせるように、白いローブの人物はフードに手を掛け、ゆっくりと顔を露わにした。
その顔を見た瞬間、僕は思わず息を呑む。
「……カイストさん?」
「……………」
そこに居たのは、まぎれもなくカイストさんだった。
けれど、その目からは生気が失われていて、まるで魂の抜け殻のように虚ろだった。
「彼の名は、カイスト・オベイロン。スラム街で暮らす青年だ」
「アルベールさん、これは一体──」
問いかけようとしたが、アルベールさんはその声を遮るように淡々と告げた。
「……では、そろそろ行こう。時間は限られている」
それだけを言い残し、彼は迷いなく歩き出す。
その背中からは、僕の疑問に答える気などさらさら無いことが伝わってきた。
すぐにファムさんとタルオスオールさんも彼のあとに続く。
そして、虚ろな目をしたカイストさんまでもが無言のまま、その後を追った。
「……………」
装置の震えが次第に弱まり、静かになっていく。
取り残された僕は、遠ざかっていくアルベールさんたちの背中を見つめ、ただ眉をひそめることしか出来なかった。




