父と子 ※ジン視点
「久しぶりだな、ジン」
「……………」
数十分前。
場所は、レスター家二階の書斎部屋。
その頃、俺は父親、アルベール・レスターと向き合っていた。
本来なら今頃、ケアテイカーたちと一緒に闘技会を観覧しているはずだった。
しかし、コロシアムに入った途端、突然現れた銀色の鎧を着た赤黒の髪の男に声を掛けられ、半ば強制的にここへ連れてこられたのだ。
俺の背後、扉のそばにはその鎧の男が立っている。肩には札が一枚貼られていた。複雑な魔法陣が描かれたその札は、親父が所有しているものだ。
「サリカから聞いた時は驚いた。…帰って来ていたんだな」
「…帰って来たくて帰って来たんじゃねぇよ」
用事があって、たまたま。
つんとした態度で言い放つと、親父は眉を下げて笑った。
親父は今も仕事中で、俺と話している最中も書類に目を通し、ペンを走らせている。人と話す時は目を見て話せ、と教わらなかったのか。
「……で、俺をここに呼んだのは、わざわざ雑談するためか?」
書斎に入るのは久しぶりだが、懐かしむ暇はない。正直、早くケアテイカーたちの元へ戻りたい。
腰に手を当て、冷ややかな目を向けると、書類から目を離した親父がようやく俺を見た。俺と同じ濃褐色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。
「俺と話すのは嫌か?」
「……………」
「……そうか。なら、お前をここに呼んだ理由を言おう」
椅子から立ち上がり、親父は俺の元まで歩み寄る。足を止め、俺を見つめて少し目を見開いた。
「……、背が伸びたな」
「…そりゃ、あれから4年も経つし。…そういうあんたは白髪が目立つようになったな」
口元を緩めて笑う親父。
そして懐から札を一枚取り出し、俺に差し出した。
首を傾げながら札を見ると、両面に異なる形の魔法陣が描かれている。
「お前に、聞きたい事がある」
「俺に?」
――その瞬間、親父以外の声が耳に飛び込む。
『お前、俺様の声が聞こえるか!?』
「っ、!?」
俺は目を見開き、辺りを見渡す。
ここには俺と親父以外には誰もいないはずだ。
『おい、何処見てやがる! ここだよ! ここ! お前の持ってる札! こっち見ろって!』
「!、…」
また声が聞こえる。
俺の持つ札を見下ろすと、札が小刻みにパサパサと揺れ、「やっと見たかコノヤロー」と言った。
うわ、何だこれ…気持ち悪…っ。
「…その反応、やはり聞こえているようだな」
『言っとくが、俺様の声を聞いたのはお前で二人目だ! 一人目はお前の親父じゃあないぜ! お前の親父はその才能はなかったみたいだからよ! はっ!』
「………………」
やたらテンションが高い。
「これは…何だ?」と尋ねると、親父は冷たい表情で俺を見下ろし、答えた。
「…その札は、呪われている」
「………は?」
『そうだぜ! 俺様は呪ってる! この札を! お前がまだハイハイもできねぇ頃からな! 姫婆さんが掛けた最初の呪いだ!』
姫婆さんって誰だ…。
『だからなぁ! 俺様はこんな事も出来る! …封縛!』
「!?」
叫ぶと、札から無数の黒い糸が飛び出し、俺の身体に巻き付いた。逃げる間もなく糸に縛られ、バランスを崩して尻餅をつく。
「…っ、んだこれ!?」
『はっ! 作戦成功だ!』
「作戦…?」
『そうだ! 声は聞こえなくてもな! これだけ長く一緒に居ればわかっちまうんだよ! お互いの考えが! 脳裏にな! 俺様に脳はねぇけどな!』
眉をひそめる。
どういう事だと聞くと、それには札ではなく親父が答えた。冷たい表情を浮かべながら、親父は俺を見下ろしている。
「これ以上、お前に呪いを祓われると困るんでな」
「え、…」
「少し荒いが、ここでしばらくおとなしくしていろ」
そう言うと、親父は歩き出した。
扉の前に立つと、傍に立っていた鎧の男が親父に声をかける。
「あらら。自分の息子なのに容赦ないっスねぇ」
「………ファムはどうした」
「負けたみたいっスよ。こてんぱんに」
「…そうか。至急連絡を取れ。次の作戦を始める」
「りょーかい」
何の話をしているのかはさっぱりだ。しかし、親しげに話す様子から、鎧の男と親父は知り合いのようだ。
口元を緩ませた鎧の男は扉を開けて部屋を出ていく。親父もそれに続き、残された俺は眉をひそめ、奥歯を噛み締めた。
わけがわからない。
「ぐ、っ………!」
『おいおい、何してやがる? そんな事しても無駄だぜ? それの拘束力はお前もわかってんだろ?』
「うるさい黙れ…っ!」
必死に身体を縛る糸を解こうとするが、いくら動かしても糸はピクリともせず、息が詰まる。
魔封術――封縛。
その拘束力は、一般的な拷問具より何倍も強力で、使用者の精神力に比例して強さが変わる。
この呪われた札の所有者は親父だ。
つまり、この封縛の力は親父の精神力そのもの。
親父の精神力は魔封術師の中でもトップクラス。
札の言う通り、俺の抵抗は徒労に終わる。
『おとなしくしてろよ。少しの辛抱だからよ』
「…っ、おとなしくなんて出来るか!」
床を這い、壁を使って立ち上がる。
壁から背を離さず、はっと息を吐き、俺はこれからどうすべきか思案した。
『…んな怖ぇ顔すんなよ。そんなんじゃ女にモテねぇぜ?』
「……………」
札の声が邪魔をしてくる。
考えろ、考えろ。
どうすればこの状況を抜け出せる?
どうすれば、この糸を切れる?
『あ。女と言えば。…お前、婚約者居るだろ?』
「あ?」
『なんつったっけ? あの女? テ、テ…』
「……ティタニアのことか?」
『あー。そうそう。ティタニアだ。ティタニア・シュライベルク』
札が、意外な名前を口にする。
眉をひそめ、耳を傾ける俺。
札は笑いながら、ティタニアについて楽しそうに話す。
『あの女、昨日の夜に屋敷を出たっきり帰ってないらしいぜ。今朝来たあの女のババアからの情報だ』
「?」
『何処に行ったんだろうな? 何処へ行ったんだろうな? 心配だなぁ?』
頭の上に"?"が浮かぶ。
帰ってない…?
昨日の夜、俺はあいつと話した。
まさか、あのあと家に帰ってないのか――?
『まぁ、そりゃそうだ。なんせあの女は今コロシアムで無双中だからよぉ』
「………は?」
コロシアムで無双中…?
「どういう事だ?」
『まんまの意味だよ。あの女は今コロシアムで無双中! 数多の出場者たちをボコってる最中だ! はっ!』
札の言葉に、俺は目を見開く。
ちょっと待て。
ちょっと待て、理解が追いつかない。
コロシアムで戦ってるのか? ティタニアが?
あいつは戦う術を持ってない。なのに何で戦っているんだ?
『すげぇ混乱してんなぁ。どうしてあの女が戦ってるのかって』
「……………」
『答えは簡単だ! アルベールが操ってるからだよ!』
「!」
札は言う。
「操ってる…?」
『ああ。アルベールの奴が見つけたんだ。"暁の水晶球"を使う奴を。それがたまたまあの女だったってわけだ。"たま"だけにな!』
昨日、親父は街でティタニアを見つけた。
買い物中だった彼女に、親父は「荷物を持つのを手伝おう」と嘘を吐き、頃合いを見て術を掛けた。
暁の水晶球を持たされ、ティタニアは今、主催者の身代わりとして出場者と戦っている。
「…っ、なん…だよ、それ」
『てか、アルベールの使う術って何もかも怖ぇよなぁ。魔封術って本当は恐ろしいもんなんじゃねぇのか? あの女も災難だったなぁ!』
「黙れ…!」
叫ぶと、札は再び笑い、パサパサと動く。
『お? なんだ? お前怒ってんの? てめぇの女が他の男の手のものになって怒ってんの?』
「……………」
『まぁ、気持ちもわからんではないが。こればっかは御愁傷様としか言えんなぁ。…恨むんなら親父を恨め』
札は笑い続ける。
俺は再び身体を動かして糸を解こうとするが、『無駄だ』と札は言う。
『何度やっても無理なもんは無理なんだよ。いい加減諦めろ』
「…………、」
もがく。もがく。もがく。
『………はぁ。お前、本当に馬鹿だな。そんなにやっても糸は…』
もがく。もがく。
何回かもがき続けた後、ブチッ――という音が部屋に響いた。
札は「は?」と声をあげ、俺はその音を合図に糸をパラパラと斬り解いていく。
足元に糸と共に札がゆっくり落ちる。
なんで!?
札は慌てた声をあげ、パサパサと動き続けた。
『あり得ねぇ! なんで解けた!? お前何したんだ!?』
「…何も。ただ斬っただけだ。これでな」
『は!? 斬った!?』
手に持つ札を見せる。
札に描かれた魔法陣から伸びる光の糸が札全体を覆い、剣の形となって俺を縛っていた糸を斬ったのだ。
札は再び叫ぶ。
『んだそれ! 知らねぇぞ! そんな術!』
「てめぇが知らねぇのも当たり前だ。これは俺が考えた魔封術だからな」
『は!?』
「…精神力が極端に少ない俺は、どう頑張っても他の術師に力で劣る。それで考えた結果がこれだ」
――精神力の凝固。
自分の精神力すべてを札の中に納め、一本の刃に変える俺専用の魔封術。
精神力依存の術が一切効かないよう細工してあるので、封縛系の術なら一撃で完封できる。
名前を付けるなら、"精神一刀"…と言ったところか。
『っ、んだそれ…!てめぇで魔封術を生み出すって、…それチート野郎のする事じゃあねぇか!』
「……………」
チート、ねぇ…。
「チートで結構」
札をパーカー裏のポケットに戻し、足元の札を手に取る。
このまま付き合ってもらう。
そう言って、俺は札を手に部屋を出た。
目指すはコロシアム。
親父もおそらく、そこに向かったはずだ。
「………………」
ケアテイカーたちは今頃、呑気な顔して闘技会を観覧してるんだろうな。




