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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第4章「魔封術師の国」
52/106

父と子 ※ジン視点





「久しぶりだな、ジン」

「……………」


 数十分前。

 場所は、レスター家二階の書斎部屋。


 その頃、俺は父親、アルベール・レスターと向き合っていた。

 本来なら今頃、ケアテイカーたちと一緒に闘技会を観覧しているはずだった。

 しかし、コロシアムに入った途端、突然現れた銀色の鎧を着た赤黒の髪の男に声を掛けられ、半ば強制的にここへ連れてこられたのだ。


 俺の背後、扉のそばにはその鎧の男が立っている。肩には札が一枚貼られていた。複雑な魔法陣が描かれたその札は、親父が所有しているものだ。


「サリカから聞いた時は驚いた。…帰って来ていたんだな」

「…帰って来たくて帰って来たんじゃねぇよ」


 用事があって、たまたま。

 つんとした態度で言い放つと、親父は眉を下げて笑った。


 親父は今も仕事中で、俺と話している最中も書類に目を通し、ペンを走らせている。人と話す時は目を見て話せ、と教わらなかったのか。


「……で、俺をここに呼んだのは、わざわざ雑談するためか?」


 書斎に入るのは久しぶりだが、懐かしむ暇はない。正直、早くケアテイカーたちの元へ戻りたい。

 腰に手を当て、冷ややかな目を向けると、書類から目を離した親父がようやく俺を見た。俺と同じ濃褐色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。


「俺と話すのは嫌か?」

「……………」

「……そうか。なら、お前をここに呼んだ理由を言おう」


 椅子から立ち上がり、親父は俺の元まで歩み寄る。足を止め、俺を見つめて少し目を見開いた。


「……、背が伸びたな」

「…そりゃ、あれから4年も経つし。…そういうあんたは白髪が目立つようになったな」


 口元を緩めて笑う親父。

 そして懐から札を一枚取り出し、俺に差し出した。

 首を傾げながら札を見ると、両面に異なる形の魔法陣が描かれている。


「お前に、聞きたい事がある」

「俺に?」


 ――その瞬間、親父以外の声が耳に飛び込む。


『お前、俺様の声が聞こえるか!?』

「っ、!?」


 俺は目を見開き、辺りを見渡す。

 ここには俺と親父以外には誰もいないはずだ。


『おい、何処見てやがる! ここだよ! ここ! お前の持ってる札! こっち見ろって!』

「!、…」


 また声が聞こえる。

 俺の持つ札を見下ろすと、札が小刻みにパサパサと揺れ、「やっと見たかコノヤロー」と言った。


 うわ、何だこれ…気持ち悪…っ。


「…その反応、やはり聞こえているようだな」

『言っとくが、俺様の声を聞いたのはお前で二人目だ! 一人目はお前の親父じゃあないぜ! お前の親父はその才能はなかったみたいだからよ! はっ!』

「………………」


 やたらテンションが高い。


「これは…何だ?」と尋ねると、親父は冷たい表情で俺を見下ろし、答えた。


「…その札は、呪われている」

「………は?」

『そうだぜ! 俺様は呪ってる! この札を! お前がまだハイハイもできねぇ頃からな! 姫婆さんが掛けた最初の呪いだ!』


 姫婆さんって誰だ…。


『だからなぁ! 俺様はこんな事も出来る! …封縛(ふうばく)!』

「!?」


 叫ぶと、札から無数の黒い糸が飛び出し、俺の身体に巻き付いた。逃げる間もなく糸に縛られ、バランスを崩して尻餅をつく。


「…っ、んだこれ!?」

『はっ! 作戦成功だ!』

「作戦…?」

『そうだ! 声は聞こえなくてもな! これだけ長く一緒に居ればわかっちまうんだよ! お互いの考えが! 脳裏にな! 俺様に脳はねぇけどな!』


 眉をひそめる。


 どういう事だと聞くと、それには札ではなく親父が答えた。冷たい表情を浮かべながら、親父は俺を見下ろしている。


「これ以上、お前に呪いを祓われると困るんでな」

「え、…」

「少し荒いが、ここでしばらくおとなしくしていろ」


 そう言うと、親父は歩き出した。

 扉の前に立つと、傍に立っていた鎧の男が親父に声をかける。


「あらら。自分の息子なのに容赦ないっスねぇ」

「………ファムはどうした」

「負けたみたいっスよ。こてんぱんに」

「…そうか。至急連絡を取れ。次の作戦を始める」

「りょーかい」


 何の話をしているのかはさっぱりだ。しかし、親しげに話す様子から、鎧の男と親父は知り合いのようだ。


 口元を緩ませた鎧の男は扉を開けて部屋を出ていく。親父もそれに続き、残された俺は眉をひそめ、奥歯を噛み締めた。


 わけがわからない。


「ぐ、っ………!」

『おいおい、何してやがる? そんな事しても無駄だぜ? それの拘束力はお前もわかってんだろ?』

「うるさい黙れ…っ!」


 必死に身体を縛る糸を解こうとするが、いくら動かしても糸はピクリともせず、息が詰まる。


 魔封術――封縛。

 その拘束力は、一般的な拷問具より何倍も強力で、使用者の精神力に比例して強さが変わる。


 この呪われた札の所有者は親父だ。

 つまり、この封縛の力は親父の精神力そのもの。

 親父の精神力は魔封術師の中でもトップクラス。

 札の言う通り、俺の抵抗は徒労に終わる。


『おとなしくしてろよ。少しの辛抱だからよ』

「…っ、おとなしくなんて出来るか!」


 床を這い、壁を使って立ち上がる。

 壁から背を離さず、はっと息を吐き、俺はこれからどうすべきか思案した。


『…んな怖ぇ顔すんなよ。そんなんじゃ女にモテねぇぜ?』

「……………」


 札の声が邪魔をしてくる。


 考えろ、考えろ。

 どうすればこの状況を抜け出せる?

 どうすれば、この糸を切れる?


『あ。女と言えば。…お前、婚約者居るだろ?』

「あ?」

『なんつったっけ? あの女? テ、テ…』

「……ティタニアのことか?」

『あー。そうそう。ティタニアだ。ティタニア・シュライベルク』


 札が、意外な名前を口にする。


 眉をひそめ、耳を傾ける俺。

 札は笑いながら、ティタニアについて楽しそうに話す。


『あの女、昨日の夜に屋敷を出たっきり帰ってないらしいぜ。今朝来たあの女のババアからの情報だ』

「?」

『何処に行ったんだろうな? 何処へ行ったんだろうな? 心配だなぁ?』


 頭の上に"?"が浮かぶ。


 帰ってない…?

 昨日の夜、俺はあいつと話した。

 まさか、あのあと家に帰ってないのか――?


『まぁ、そりゃそうだ。なんせあの女は今コロシアムで無双中だからよぉ』

「………は?」


 コロシアムで無双中…?


「どういう事だ?」

『まんまの意味だよ。あの女は今コロシアムで無双中! 数多の出場者たちをボコってる最中だ! はっ!』


 札の言葉に、俺は目を見開く。


 ちょっと待て。

 ちょっと待て、理解が追いつかない。

 コロシアムで戦ってるのか? ティタニアが?

 あいつは戦う術を持ってない。なのに何で戦っているんだ?


『すげぇ混乱してんなぁ。どうしてあの女が戦ってるのかって』

「……………」

『答えは簡単だ! アルベールが操ってるからだよ!』

「!」


 札は言う。


「操ってる…?」

『ああ。アルベールの奴が見つけたんだ。"暁の水晶球"を使う奴を。それがたまたまあの女だったってわけだ。"たま"だけにな!』


 昨日、親父は街でティタニアを見つけた。

 買い物中だった彼女に、親父は「荷物を持つのを手伝おう」と嘘を吐き、頃合いを見て術を掛けた。


 暁の水晶球を持たされ、ティタニアは今、主催者の身代わりとして出場者と戦っている。


「…っ、なん…だよ、それ」

『てか、アルベールの使う術って何もかも怖ぇよなぁ。魔封術って本当は恐ろしいもんなんじゃねぇのか? あの女も災難だったなぁ!』

「黙れ…!」


 叫ぶと、札は再び笑い、パサパサと動く。


『お? なんだ? お前怒ってんの? てめぇの女が他の男の手のものになって怒ってんの?』

「……………」

『まぁ、気持ちもわからんではないが。こればっかは御愁傷様としか言えんなぁ。…恨むんなら親父を恨め』


 札は笑い続ける。


 俺は再び身体を動かして糸を解こうとするが、『無駄だ』と札は言う。


『何度やっても無理なもんは無理なんだよ。いい加減諦めろ』

「…………、」


 もがく。もがく。もがく。


『………はぁ。お前、本当に馬鹿だな。そんなにやっても糸は…』


 もがく。もがく。

 何回かもがき続けた後、ブチッ――という音が部屋に響いた。

 札は「は?」と声をあげ、俺はその音を合図に糸をパラパラと斬り解いていく。


 足元に糸と共に札がゆっくり落ちる。


 なんで!?

 札は慌てた声をあげ、パサパサと動き続けた。


『あり得ねぇ! なんで解けた!? お前何したんだ!?』

「…何も。ただ斬っただけだ。これでな」

『は!? 斬った!?』


 手に持つ札を見せる。

 札に描かれた魔法陣から伸びる光の糸が札全体を覆い、剣の形となって俺を縛っていた糸を斬ったのだ。


 札は再び叫ぶ。


『んだそれ! 知らねぇぞ! そんな術!』

「てめぇが知らねぇのも当たり前だ。これは俺が考えた魔封術だからな」

『は!?』

「…精神力が極端に少ない俺は、どう頑張っても他の術師に力で劣る。それで考えた結果がこれだ」


 ――精神力の凝固。


 自分の精神力すべてを札の中に納め、一本の刃に変える俺専用の魔封術。

 精神力依存の術が一切効かないよう細工してあるので、封縛系の術なら一撃で完封できる。


 名前を付けるなら、"精神一刀(せいしんいっとう)"…と言ったところか。


『っ、んだそれ…!てめぇで魔封術を生み出すって、…それチート野郎のする事じゃあねぇか!』

「……………」


 チート、ねぇ…。


「チートで結構」


 札をパーカー裏のポケットに戻し、足元の札を手に取る。

 このまま付き合ってもらう。

 そう言って、俺は札を手に部屋を出た。


 目指すはコロシアム。

 親父もおそらく、そこに向かったはずだ。


「………………」


 ケアテイカーたちは今頃、呑気な顔して闘技会を観覧してるんだろうな。



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