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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第4章「魔封術師の国」
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昔の後悔 ※ジン視点




 夜。


 なんとなく眠れなくて、俺はベッドから抜け出し、ケアテイカーたちを起こさないように足音を忍ばせて外へ出た。

 あてもなく歩き続け、気づけば辿り着いたのは噴水広場。


 夜の広場は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 水の弾ける音と、月明かりに照らされた飛沫のきらめきだけが、そこに広がっている。


 俺は石造りの縁に腰を下ろし、しばらくぼんやりと水面を眺めていた。

 ふと顔を上げると、広場にはもう一人、人影があった。俺の視線に気づいたのか、その人影がこちらを振り向く。


「ジン……?」

「ティタニア」


 そこに居たのは、ティタニアだった。

 彼女は目を見開き、慌てて手に持っていた透明な球を荷物袋へしまい込む。


「びっくりしました……どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だ。こんな夜に何してんだ?」

「あ……ええと、少し眠れなくて。散歩をしていました。……ジンは?」

「……俺も同じだ。眠れなくてさ」

「そう、ですか……」


 ティタニアは小さく頷いた。

 月明かりに照らされたその横顔は、どこか疲れを滲ませて見えた。


 俺は彼女の近くへ歩み寄り、ベンチに座るティタニアの隣へ腰を下ろす。

 すると彼女は肩をピクリと震わせ、わずかに距離を取った。


「…………」

「…………」


 隣に座ったはいいものの、何を話せばいいのかわからない。

 背後で響く噴水の音が、やけに大きく耳に残った。


 沈黙を破ったのは、ティタニアの方だった。


「……明日、闘技会ですね」

「ああ」

「確か、サリカちゃんが出場するんですよね。……闘技会には他にも強い方がたくさん出場しますから、怪我しない程度に頑張ってほしいです」


 彼女の声は柔らかかったが、その奥には心配が滲んでいた。

 俺は肩をすくめて、少し笑う。


「心配いらねぇよ。サリカは強い。さくっと優勝するかもしれないな」

「ふふっ。そう言いながら……本当は心配で仕方ないんでしょう?」

「本当に心配なんてしてないって。あいつなら大丈夫だ。絶対に」


 妹の姿を思い浮かべながら、もう一度だけ笑う。

 けれどティタニアは眉尻を下げ、思い詰めるように目を伏せた。

 膝の上で軽く握っていた両手が、わずかに震えている。


「……どうした?」

「えっ?」


 問いかけに、彼女の肩がまた小さく跳ねた。


「あ、……その……」


 何か言いづらいことがあるのだろう。

 ティタニアは口をもごもごさせ、震える手を重ね合わせる。

 眠れないと言っていたのは、関係があるのだろうか。


 横顔を照らす月明かりに、大きな傷痕が浮かび上がる。

 右目からこめかみにかけて残るそれは、見慣れているはずなのに胸を締めつけた。


「……傷、前より目立たなくなってきたな」


 つい、ポツリと口をついて出た。

 ティタニアは一瞬きょとんとしたが、すぐに理解し、そっと傷痕に触れる。


「……ええ。お医者様には、これ以上は治らないかもしれないって言われていますけど」


 眉尻を下げながらも、彼女は小さく笑みを浮かべた。

 だがその言葉は、俺の胸に重くのしかかる。


「……悪い。俺のせいで…」

「…言ったはずですよ。『負い目を感じないでください』と。あの時は仕方がなかったんです」

「………今でも夢に見るんだよ。あの時のこと」


 ふと沈黙が訪れ、再び噴水の音だけが響いた。

 俺は拳を膝の上で握りしめ、低く呟く。


「あの時、俺が強がって危ない方へ進まなければ……お前を傷つけることはなかった。今でも、あの血の色とか、泣き顔とか、全部鮮明に覚えてて…。それがさ、夢に出てくるんだ。その度に飛び起きて、酷く後悔する。……はは、子供の頃の話なのにな。普通なら『そんな事もあったな』って笑う思い出で済むのに…。ほんとおかしいよな」


 苦く笑う俺を見て、ティタニアの瞳が揺れる。


「ジン、本当に負い目は感じないでください。あの時、貴方は必死に私を守って助けてくれた。確かに怪我はしましたけれど……でも、それ以上に、私は貴方から大切なものをもらったんです。だから、これはそんなに苦い思い出じゃないんですよ」

「…大切なもの?」

「はい。大切なものです」


 ティタニアは微笑みながら、頬を赤く染めた。

 目と目が合い、再び沈黙が流れる。


 ……なんか、恥ずかしくなってきた。



「え、えと……そ、それじゃ、俺はここで戻るよ」


 夜風が俺たちの間を抜けていく。

 心臓のうるささを誤魔化すように吐き捨て、俺は立ち上がった。


「明日もあるし。……寝坊したらケアテイカーたちに怒られる」

「…あ、えと……私は、もう少しここに居ます」

「? 帰らないのか?」

「ええ。少し、確認したいことがあるので」

「……そっか。じゃあ、俺はこれで。……帰る時は気を付けろよ」

「はい。ジンも、お気を付けて」


 ティタニアの言葉に、俺は片手を軽く上げて背を向ける。

 宿屋へと歩き出す途中、大きな欠伸がこぼれた。――よく眠れそうだ。


「……………」


 その背中を、ティタニアはいつまでも目で追い続けていた。



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