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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第1章「11日間の試練」
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神様の家で





 所変わって、ここは酒場から遥かに離れた場所。お爺さん――もとい、神様の住まう家だ。


 神様にも家があるのか。と一瞬意外に思ったけど、酒場でお酒を嗜むくらいの存在なのだ。家を持っていても不思議ではない。そういうことにして、僕はひとまず自分を納得させた。


「さぁ、どうぞ。粗茶じゃが」

「……どうも」


 家に入るや否や、広間へと通され、湯気の立つお茶を差し出される。僕の隣に腰を下ろしたお兄さんも、この状況にやや戸惑っているようだった。


 湯呑(ゆのみ)を口に運び、熱を舌に感じながら心を落ち着ける。膝の上ではクロがすやすやと眠っていた。あまりにも呑気な猫である。

 神様は今、別室に姿を消しており、残されているのは僕とお兄さんの二人だけ。なんか気まずい。


「……なんで俺、こんなとこに居るんだろうな」


 ぼそりと零すその言葉は、もっともな疑問だった。

 神様に誘われて家まで連れてこられた、…正確には半ば強引に引きずられてきたようなものだ。僕もお兄さんも、自ら進んできたわけではない。


 ……一体、神様は何の用があって僕たちをここに呼び寄せたのだろう。


「……そういえば、お兄さん」

「ジンでいい」

「じゃあ……ジン。試練の話はわかるんですけど、“管理人に会う"ってどういう意味ですか?」


 神様が席を外している今こそ、聞きたかった疑問をぶつける好機だった。彼も詳しくは知らないのだろうけど、聞かずに飲み込むには引っかかりすぎる話題。

 お兄さん…ジンは僕をちらりと見やり、肩を竦める。


「さぁな。俺にもさっぱりだ」

「じゃあ、管理人って誰なのかも……」

「管理人っていや、あの……空に浮かぶ線の上に居る奴のことだろ? あー……オンライン・ケアテイカーとかいうやつ。いつも空に居るって噂だ。会いに行くってだけで相当厄介だぞ」


 そう言って、彼は椅子の背にもたれかかり、ずるずると項垂れた。

 ……なるほど。どうやらジンは管理人の存在は知っていても、その正体が僕だとは露ほども気付いていないらしい。

 さっき酒場で神様が堂々と口にしていたのに。きっと耳に入っていなかったのだ。


「でもまぁ、まだ時間はある。気長に捜すしかないだろうな」

「? ジンは旅人なんですか?」

「ん? ああ。事情があって、今はずっとこの国に留まってるが……いつかは出てまた旅を続けたい。でもなかなか金が貯まらなくてな」


 溜息混じりの言葉。

 外の国に渡るには莫大な費用がかかる。僕は一応管理人という立場だからお金を払わずに国境を越えられるけど……そうだ、普通の人間にはそれが必要なのだ。当たり前の事実を、今さら思い出す。


「いやぁ、すまんの。探すのに手間取ってしもうたわ」


 軽やかな声とともに神様が戻ってきた。

 手には掌ほどの小箱が二つ。そのうち一つを僕の前に、もう一つをジンの前に置く。


 ……何、これ。


「なんだこれ? 箱?」


 ジンが箱を手に取り、まじまじと眺める。外見に特段怪しいところはない。僕も同じように手に取り、頭の中には疑問符が浮かぶ。


「その箱を開けてみよ」

「「?」」


 顔を見合わせ、渋々蓋を開く。


 ――中は空だった。

 僕の後にジンも開けたけど、やはり同じく何も入っていない。神様に「空っぽだ」と伝えようと顔を上げた瞬間、そこにいたはずの神様は忽然と姿を消していた。

 代わりに立っていたのは、漆黒の長髪を背に流す女の人。身の丈ほどもある槍を肩に担ぎ、鋭い視線で僕たちを射抜いている。


「誰……?」

「あの……神様は?」


 彼女は答えない。ただ無言のまま睨み付ける。刺すような沈黙が流れ――不意に舌打ちが響いた。

 思わず肩が跳ねる。……何この人、怖い。


「ん。なんじゃおぬし、来ていたのか」


 窓の外からひょっこり顔を覗かせる神様。外に居たらしい。勝手に外に出ないでほしい。

 その声に反応し、女の人は神様の方へと視線を向けた。睨み付けるのかと思えば――次の瞬間、頬をわずかに染める。


「か、神! そこに居たのか……! どこへ行っていた!」

「ほほ、すまんのぉ。そこの二人の試練の支度をしておったのじゃ」

「……二人? ああ、そこに居る餓鬼どものことか」


 再び僕たちへ向けられる鋭い視線。

 態度が全然違う。


「……ん? だが何故ここへ来た? まだ日数は残っておるだろう」


 神様は窓から身を乗り出し、何やら作業を続けながら問いかける。

 彼女は槍を肩から下ろし、柄の底を床へと突き立てた。ドスン、と重い音が足元に響く。


「そ、それは……えーと……」


 顎に手を添えて言葉を探すその仕草は、先ほどまでの威圧感とは真逆で、ちょっと混乱する。


「あ、あれだ! おぬしの手伝いをしようと思って来たのだ! 何か私にできることはないか!」

「手伝い? ……おお、それならちょうどよい。おぬしにうってつけの仕事があるぞ」

「! 本当か!」


 喜びのあまり手から離れた槍が、重々しく床へ倒れた。板に走る細かな亀裂。神様も女の人も、それに気付いていないのか会話を続けていた。気にしてないみたい。


「それは何だ!? もったいぶらずに早く言え!」


 はやる様子は、命令を待つ犬のよう。尻尾でもあれば、今頃勢いよく振っているに違いない。


「まぁそう急くな。相変わらずせっかちじゃのぉ」


 神様は愉快そうに笑った。

 せっかち。果たしてそれだけで片付くものなのだろうか。


「おぬしには、そこの二人の相手をしてもらおう。能力を見るためにな」

「「能力?」」


 僕と女の声が重なった瞬間、彼女の表情にあからさまな嫌悪の色が走る。

 神様の言葉を飲み込みきれず、僕とジンは顔を見合わせ、再び頭の上に大きな疑問符を浮かべた。




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