ユウカイ、ダメ、ゼッタイ
所変わって、ここは先ほどまで僕たちが居た宿屋の部屋。
ベッドの上で土下座――いや、正確には土下座の姿勢で座り込み、床に額を押し付けているのは、先程死神さんが捕まえた男の人…カイストさん。
その前に立ち、腕を組んだまま眉をひそめ、鋭い眼光で睨み付けているのは死神さん。
カイストさんはその視線に晒されながら、必死に謝り続けていた。
僕たちはというと、部屋の出入口付近の壁に背を預け、横一列に並んでそれを見守っている。
並び順は出入口側から僕、ジン、サリカちゃん、そしてクレイズさん。
「どうも……すみませんでした!」
カイストさんが必死の声で言う。
「まさかそいつ……いえ、その丸い子様が、あなた方の仲間だったなんて思わなくて……!」
床に頭を擦りつけながら言葉を継ぐ。
僕の腕の中でピービーは目を吊り上げ、[ユウカイダメ!ユウカイダメ!]と必死に叫んでいた。
「本当に……すみませんでした!」
声は今にも泣き出しそうに震えている。
――よほど怖かったんだろう、さっきの死神さんが。
[なんでこんな状況になってんのか全然わかんねぇ]
肩に乗ったクロがぼそりと呟く。
……寝てたからね、仕方ない。
「お、俺……子供の頃から手癖が悪くて……。最近はさすがに盗みなんてしてなかったんだけど……つい、出来心で……」
顔を上げ、恐る恐るピービーを見つめる。
――出来心で誘拐なんて、冗談じゃない。
死神さんは深く息を吐くと、手のひらに槍を顕現させた。
刃をカイストさんへ突きつけ、冷たく言い放つ。
「いいか、餓鬼。私は貴様を金輪際許すつもりはない。本来なら償いとして魂を刈るところだが……ジンの妹に免じて今回は見逃してやる。永劫に感謝して生きろ」
「っ……!」
カイストさんは何度も力強く頷き、ジンの隣に立つサリカちゃんを横目で見て眉を下げた。
――ジンの妹。
その言葉を耳にして、僕は思わずサリカちゃんへ視線を向ける。
おとなしそうな女の子。
さっき死神さんに攻撃を仕掛けた時の鋭さとは違う、柔らかい雰囲気を纏っていて……きっと普段は優しい子なんだろう。
「……人の妹をじっと見るな」
「あ、ごめん。……ただ、紹介してくれないのかなって思って」
「ピービーに聞けばいいだろ」
[メンドクサイ]
「あ?」
ピービーの口(?)から意外な言葉が飛び出し、僕とジンは思わず耳を疑った。
めんどくさいって……。
ジンは小さく舌打ちしながらも、サリカちゃんの頭に手を置いた。
するとサリカちゃんは嬉しそうに口元をほころばせる。
「こいつはサリカ。俺の妹で、俺と同じく魔封術の使い手だ」
「うん、それは見てた。えーと……」
「《風渦》。風の渦を生み出して相手を攻撃する魔術よ」
サリカちゃんは僕に向き直り、はっきりと答えた。
目が合う。身長は僕の方が少しだけ高いかな。
「あの技すごかったよ。風がブワーって襲ってきて、本当にびっくりした」
「ふふ……お褒めいただき光栄よ」
「ジンもあれ使えるの?」
「いや。俺は全然」
「お兄ちゃんはね、精神力が人よりだいぶ少ないから、一つの属性で二つの魔術しか使えないの」
「そうなの?」
小首をかしげて聞くと、ジンは黙ったまま。
その沈黙は……肯定とみなしてよろしいですね?
[ジンハマフウジュツノテンサイ。ダケドテンサイジャナイ]
「……どういうこと?」
「天才だなんて言ってんのは、魔封術をろくに扱えない貴族様たちだけさ。長らく使い手が現れなかった光の魔術を使ったってだけで持ち上げやがって……こっちは迷惑だ」
ジンは苛立たしげに息を吐いた。
「……でも、神様が言ってたよ。光の魔封術は、数多の魔封術師の中でも数人にしか使えない希少なものだって」
「……は? じいさん、そんなこと言ってたのか?」
「うん」
思い出すのは、あの時の神様のきらきらした笑顔。
その光景を胸に描きながら、僕は力強く頷いた。
すると、ジンは懐から一枚の札を取り出し、眉をひそめる。
「あ、それ。お兄ちゃんのやつ、久しぶりに見た」
サリカちゃんはジンの手元を見つめ、口元をほころばせる。
そこへ、死神さんへの謝罪を終えたカイストさんが近づいてきた。彼もまた札に目を留め、「あ」と声を漏らす。
「それって……サリカの札か?」
「違うよ。お兄ちゃんも私と同じ魔封術師なの」
「そうなのか?」
「…………」
カイストさんは頭の上に「?」を浮かべたような顔でジンを見る。
――そういえば、サリカちゃんとカイストさんってどういう関係なんだろう。友達……なのかな?
「じゃあ、その札にも名前が?」
「うん。もちろん。……えっとね」
サリカちゃんが首を傾げる。なんだっけ、と小声でつぶやいた。
すると、ジンは彼女に視線だけを向け、短く答える。
「忘れた」
「え、忘れたって……!」
「いちいち覚えてねぇよ。付けたのなんて随分前だし」
そう言って、ジンは札を懐にしまった。
――あの札に名前があるなんて、初耳だ。
「もう……。ほんとに変わってないんだから。あれはお兄ちゃんの一部なんだから、大切にしなきゃ駄目でしょ」
サリカちゃんが眉をひそめて言う。
その声には、少し怒りがにじんでいた。
[マフウジュツシノフダ。マフウジュツシノイノチ。イノチ。ナマエワスレル。ウソ。ウソ]
「ピービー、黙れ」
ジンは腕を組み、溜め息を吐く。
――そうか。ピービーの中には全人類と全書物のデータが入っている。だから、ジンのことも、魔封術師のことも、札のことも全部知っているんだ。
……ちょっと羨ましいかも。
「………………」
「……?」
ふとカイストさんを見ると、彼はピービーをじっと凝視していた。
その鋭い視線に嫌な予感がして、僕は思わずピービーを抱きかかえて隠す。
僕の反応を見たカイストさんは、目を見開いたあと、眉を下げて笑った。
――ユウカイ、ダメ。ゼッタイ。
「あっと……。そろそろ俺、帰らないとな」
カイストさんが話題を切り替えるように言った。
窓の外を見ると、空はオレンジ色に染まっている。もう夕方だ。
「あ、私も帰らなくちゃ。ご飯作らないと」
「…………」
サリカちゃんも外を見て、名残惜しそうに口を開いた。
カイストさんは死神さんに深く頭を下げ、部屋の扉へと向かう。そこで足を止め、サリカちゃんを待った。
サリカちゃんはジンを振り返り、眉を下げる。
「お兄ちゃん、家に帰ってくるつもりは……?」
「何度も言わせんな。帰る気はねぇ」
「…………」
寂しそうにうつむいたサリカちゃんは、僕たちに背を向けて歩き出した。
彼女が扉に近づくのを待って、カイストさんは扉を開き、共に部屋を出ていく。
パタン、と扉が閉まる。僕はホッと息をついた。
サリカちゃんたちが去るのを見届けてから、今まで黙っていたクレイズさんがジンに声をかける。
「ジン、いいのか?」
「ああ。今ここで帰ったところで意味ねぇだろ」
ジンは口元を緩めて笑う。
「それに、明日になればまた会える。問題ねぇ」
「明日?」
「そうだ。闘技会の会場でな」
「しっかり応援してやらねぇとな。お兄ちゃんとして」
「お兄ちゃんって言うな」
ジンは睨みつけるが、クレイズさんは口元を緩めて笑っていた。




