ピービー、誘拐される
裕福街──小さな病院。
宿屋を出て、僕たちはジンとクレイズさんを探すため、街の人に片っ端から声をかけていた。
「この街に病院はありませんか?」そう尋ね続け、辿り着いたのが裕福街にある小さな病院だった。
中に入ると、そこには白衣を着た年老いた女の人の姿があった。
僕たちは女の人に近付いて声を掛ける。
ジンとクレイズさんを探していることを伝えるが、名前は出さず、特徴だけを説明した。
すると女の人は「ああ、その二人なら来たよ」と答えた。
「ジンちゃんと、そのお友達ならさっき来たよ」
「本当ですか?」
「ええ。久しぶりだったから、つい話し込んでしまったわ」
どうやら二人はこの病院で骨の検査を受けたらしい。
話を聞くと、彼女は“骨診の老婆先生”と呼ばれ、この街ではかなり名の知れた医師なのだとか。
《骨が折れたら、まずは骨診の老婆先生のもとへ》
街のあちこちに、そんなポスターが貼られているのだという。
「この病院に来たあと、ジンたちがどこに行ったか知りませんか?」
「うーん、ごめんなさいねぇ。それはさっぱり。……でも今は闘技会があるから、この辺りにいるんじゃないかしら?コロシアムに行ってみたらどう?」
「コロシアム?」
老婆先生は言う。
コロシアム……それって、ピービーが見せてくれたあの建物のことだろうか。
[コロシアム。コロシアム]
「ジンちゃんも子供の頃は、あのコロシアムでよく戦っていたのよ。観客の歓声を浴びながらね。あの頃のジンちゃんは、本当にカッコよかったわ」
足元でピービーが嬉しそうにコロコロと転がった。
僕たちは老婆先生にお礼を言い、病院を出る。
顔を見合わせた僕と死神さんは、無言のまま頷き合った。
「……コロシアムか。行ってみる価値はありそうだね」
「ピービー、場所はわかる?」
[コロシアム。バショ。ココカラナンセイノホウガク。ホウガク]
根拠はない。けれど、行かないよりはずっとマシだ。
僕の腕の中で、クロはまだ眠っている。
僕と死神さんは歩き出した。
+
闘技会が開かれているコロシアムは、病院からかなり離れた場所にあった。
円柱型の巨大な建物に足を踏み入れると、中は人でごった返しており、熱気に包まれていた。
キョロキョロと周囲を見回すが──
ひ、人が多すぎてわからない……っ!
「死神さん。僕、この中からジンたちを見つけられる自信がありません」
「安心しろ。私もだ」
見渡す限り、人、人、人。
これでは特定の人物を探し出すなんてほとんど不可能だ。
僕は溜め息を吐き、肩を落とした。
その時、僕たちよりも先に宿屋を出ていったティタニアさんが背後から現れて声を掛けてくる。
「あら、あなたたちも来ていたのですね」
「ティタニアさん」
「見学ですか?」
「あ、いえ……そうではなく」
首を横に振り、ジンを探していることを伝えた。
その瞬間──
[ウキャア!]
と、甲高い声が響く。
足元を見ると、さっきまでいたはずのピービーがいなかった。
「あれ……?」
慌てて周囲を探す僕。
「死神さん、ピービーは?」
「……?」
「ピービー?ピービー!」
「! あそこだ、ケアテイカー!」
同じくキョロキョロと顔を動かしていた死神さんが指差した先には、確かにピービーがいた。
見知らぬ誰かに抱えられ、必死に叫んでいる。
[タスケテ!タスケテ!]
「ピービー!」
声はどんどん遠ざかる。
僕と死神さんはティタニアさんに急ぎ別れを告げ、同時に走り出した。
走りながら、死神さんは槍を顕現させる。
人混みを避けるように跳躍し、ピービーを抱えた相手に槍を振り下ろした。
刃ではなく、柄の部分で──。
「ぐぎゃっ!?」
見事に首根っこを叩き、相手は盛大にうつ伏せに倒れ込む。
ピービーはコロンと床に転がり、僕は慌てて抱き上げた。
「ピービー、大丈夫?」
[ウウ……ピービー、コワカッタ。コワカッタ。タスケテクレテアリガトウ。アリガトウ]
眠るクロを鞄の上にそっと置いて、ピービーを抱き上げる。
僕を見上げたピービーは、目を細めて笑った。
その笑顔に、僕も自然と笑みを返す。
──無事でよかった。
「い、いてて……」
倒れていた男の人が身を起こそうと身体を動かす。
しかしそれを許さず、死神さんは槍の刃をその人の頭すぐ横の床へと力任せに突き立てた。
耳をつんざくような鋭い音が響き、男の人は肩をビクリと震わせる。
恐る恐る顔を横に向けると、そこに居たのはまさしく鬼と呼ぶに相応しい存在だった。
「貴様……よくも我らの大切な仲間を堂々と拐ってくれたな。その行為、万死に値するぞ」
「ひ、ひぃぃっ!!」
怖い ×8。
死神さんの顔は、もはや人の顔とは思えないほど歪み、凄まじい形相を浮かべていた。
どう例えればいいのかわからない。ただ圧倒的な恐怖に、僕の身体は強張って動かない。
ピービーも同じらしく、目をまん丸にしてぶるぶる震えていた。
「――風よ吹け!《風渦》!」
その時、どこからか甲高い声が響いた。
同時に、凄まじい勢いで渦を巻いた風が死神さんへ襲いかかる。
死神さんはすぐさま身を翻し、槍を構えて警戒態勢に入った。
――こんな場所で敵の襲撃!?
周囲を警戒しながら視線を走らせると、人混みの中から一人の女の子が姿を現す。
「カイストくん、大丈夫!?」
「! サリカ!」
女の子は、倒れていた男の人――カイストと呼ばれた人物のもとへ駆け寄った。
その後ろからも数人が人混みをかき分けて現れる。
そして彼らの顔を見た瞬間、僕と死神さんは思わず目を見開いた。
「死神!?」
「ケアテイカーも……!」
「ジン……?」
「クレイズさん!?」
お互いの名前を呼び合う。
混乱の中でも、胸の奥にふわりと安堵が広がった。
――やっと……見つかった。
この場面で喜んでいいのかは分からないけれど、それでも自然と頬が緩む。
「お兄ちゃん、この人たち知り合い?」
「あ、ああ……俺の仲間だ」
女の子がジンの顔を見上げる。
死神さんは槍を消し去り、ふうっと深く息を吐いた。




