骨は大丈夫みたい ※クレイズ視点
「骨、折れてなくて良かったな」
「ああ。…まぁ、こうやって動けてはいるから大丈夫だとは思ってたけど」
宿屋を出てから数十分。
ジンに連れられ、俺は裕福街にある小さな病院へ足を運んだ。
そこで“骨診の老婆先生”と呼ばれる年配の女医に診てもらったジンは、全身の骨に異常がないかを調べられる。
白髪で穏やかな表情をした先生は、話し方も優しく、ジンとは顔なじみのようだ。診察の間、あれこれ世間話をされていた。
診断結果は問題なし。先生いわく「実に立派で健康的な骨」らしい。
ホッと胸をなでおろし、俺たちは礼を言って病院を後にした。
宿へ戻る道を歩きながら、自然と会話が弾む。
「そういえばジン、あの先生と知り合いなのか?楽しそうに話してたけど」
「ん?あー、まぁな。昔から世話になってたんだ」
「世話?」
「俺がこの国の出身なのはピービーから聞いただろ。で、この裕福街が生まれた場所なんだ。ガキの頃は怪我ばっかでさ、あの老婆先生によく治してもらってたんだよ」
「なるほどな」
ジンの言葉に頷きながら周囲を見渡す。裕福街という名の通り、この一帯には金持ち──つまり貴族が多く暮らしているらしい。
見上げれば、どの家も豪奢で広大。いったい部屋がいくつあるんだろう。
もし俺がこんな場所で生まれていたら…今ごろどんな人生を歩んでいたんだろうか。
……いや、ちょっと待て。
「……聞いていいか?」
「?」
立ち止まってジンを見ると、彼も首を傾げて足を止めた。
「お前、ここで生まれたって言ったな」
「ああ。言ったけど?」
とぼけた顔のジンに、俺は単刀直入に言った。
「もしかして……お前って金持ちなのか?」
「………………」
直球。だが回りくどい言い方は俺の性に合わない。
ジンは目を丸くした後、深いため息をつき、腰に手を当てた。どうやら図星らしい。
「聞き流してくれると思ったんだけどな。やっぱ無理か」
「悪い。つい気付いちまった」
俺が頭をかきながら謝ると、ジンは少し視線を逸らし、低く言った。
「ケアテイカーたちには言うなよ」
「どうしてだ?」
「らしくないだろ、俺が貴族なんて。……あと、家の場所も聞くな」
そう言って再び歩き出すジン。
確かにプライベートまで踏み込む気はない。幼い頃から「人の領域を軽々しく壊すな」と教えられてきたし、仲間だからといって例外にはできない。
やがて俺たちは裕福街を抜け、宿屋のある通りへ。
だが──
「なんか人が多いな」
周囲を見回してジンが呟く。
確かに、さっきよりも人通りが増えている。
「これが普通なんじゃないのか?」
「まさか。いつもはもっと静かだ」
まるで祭りでもあるんじゃないかと思うほどの人混みに圧倒される。
しかも歩いている方向はみんな俺たちとは逆。つまり、裕福街のほうへ向かっている。
「………あ」
ジンが何かを見つけたように足を止め、俺から離れる。
その先には腰ほどの高さの立て看板があり、一枚のポスターが貼られていた。
覗き込むが……読めない。
「……なんて読むんだ?」
ジンが口にする。
「“闘技会開催”だ」
「とうぎかい?」
闘技会──何だそれ?
「簡単に言えば、街を盛り上げるために貴族様たちが考えた、貴族様たちによる貴族様たちのための暇潰しイベントだな」
肩を竦めるジン。聞いてもなお、俺にはよく分からない。
ポスターの下部には数字が並んでいる。おそらく日付だろう。
「開催は明日だ」
「…そういえば、もうそんな時期か。すっかり忘れてた」
「………お兄ちゃん?」
その時、俺たちの背後から声がした。
聞き覚えのない声に振り向くと、そこには一人の女の子が立っていた。
女の子は俺たちを見て目を見開く。いや、正しくは――ジンを見つめて驚いていた。
「……サリカ?」
「! やっぱり! お兄ちゃん!」
ジンの口から名前が洩れると、女の子は嬉しそうに笑い、勢いよくジンに抱きついた。
俺は頭の上に「?」を浮かべる。
「お兄ちゃん! 帰ってきたんだ! おかえりなさい!」
「……………」
女の子はジンのことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
抱きつかれても嫌そうな素振りを見せないところを見るに、この子はジンにとって大切な存在なのだろう。妹とかかな。
「……ただいま、サリカ。随分大きくなったな」
「当たり前でしょ。お兄ちゃんが出ていってから、もう四年も経つんだから。そりゃ成長もするわよ」
そう言って、サリカちゃんはぱっとジンから離れて両腕を広げた。
白いワンピースに薄いピンクの羽織りをまとった、黒髪の女の子。やっぱりジンの妹らしい。ワンピースと羽織りの色合いがよく合っていて、穏やかな印象を与える。
「こうして帰ってきたってことは、お父さんと仲直りしたの?」
「……いや。ここに戻ったのは親父とは関係ない。旅の途中で寄っただけだ。用が済んだらまた出ていく。……な?」
「ん? ……あ、ああ」
突然俺に話を振ってきたジンに一瞬戸惑ったが、聞いていなかったわけではなかったのですぐに頷いた。
「それで、サリカはどうしてここに?」
「少しスラムに用があったの。今はその帰り」
「スラム?」
初めて耳にする名前に首を傾げる。ジンの顔を見ると、眉をひそめていた。
「そんなとこに何の用が?」
「友達に付き合っただけよ。……それよりお兄ちゃん、この人は?」
サリカは俺に視線を向ける。
簡単に自己紹介すると、彼女はにこっと笑って頭を下げた。だがすぐに、俺たちの背後に立つ看板に気付く。
「……あれ? お兄ちゃんたち、闘技会のポスター見てたの?」
「ん? ……ああ。もうそんな時期かって思ってな」
「もしかして、出るの?」
「まさか。俺はもうあんなのには出ねぇよ」
「……なーんだ。代わりに出てほしかったのに」
「は?」
サリカは残念そうに言って、腰に巻いた薄緑のポーチから一枚の紙を取り出した。
それをジンに渡すと、ジンは目を通し、眉を寄せた。
「……闘技会出場許可証、No.16。明日の午後、係の者が迎えに来ます……はぁ?」
読み終えてサリカを見るジンの顔は完全に呆れている。
俺も覗き込んだが、やっぱり文字は読めなかった。サリカは証を受け取り、またポーチに仕舞う。
「お前、闘技会に出るのか?」
「うん」
「うん、って……」
「大丈夫。私、強いし。お兄ちゃんと違って戦うの好きだしね」
笑顔を浮かべるサリカ。
その楽しそうな表情を見て、ジンは頭を掻きながら深いため息をついた。




