人がいっぱい
三つ目の国境を越え、僕たちはようやく次の目的地――新たな国へと到着した。
入国の際、ジンたちに国境前の白空間での話を色々聞き、話を聞いている道中はずっと「大変だったんだなぁ」と僕は相槌を打っていた。
その間でクレイズさんと僕は、どこで降りるかを相談していたのだが――やがて線路の中心部付近にそびえる円柱型の建物を見つけたクレイズさんの提案で、そこを目印にし、さらにその下に広がる大地へ降りることに決めた。
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「わぁ……」
円柱型の建物から地上へと降りてしばらく歩くと、先に広がっていたのは大きな街だった。
目に飛び込んできたのは、人、人、人。まずその人の多さに、思わず声が漏れる。
大きな街だから当然人が多いのはわかっていたけれど、これまで訪れた国の村や街とは比べ物にならず、景観の華やかさも規模も桁違いだった。
横を見ると、クレイズさんも口をぽかんと開けて人波に圧倒されている。
「……何だこの人の多さ。軽く酔いそうなんだが」
「この国の人口は、他と比べて圧倒的に多いからな。驚くのも無理はねぇよ」
ジンが肩をすくめながら応える。
僕がキョロキョロと首を動かして景色を見渡していると、「まるで田舎者だな」と呆れられた。
「そういえば、ピービーが言っていたな。ここはおぬしの故郷だと」
腕を組んで死神さんが言う。
ジンの足元ではピービーがコロコロと転がり、ジンはそれを見下ろしながら腰に手を当て、小さく笑った。
「まさかこんな形で帰ってくることになるとは思わなかった」
[なぁ、腹減った]
「……うん。そうだね。僕もお腹空いた」
「ジン、この近くに飲食できる場所はあるのか?」
「あるにはあるけど――」
「じゃあそこに行こうぜ。“腹が減っては戦はできぬ”って言うしな」
こうして僕たちは、まず腹ごしらえのため、ジンの案内で飲食店へ向かうことになった。
街に着いて最初にすることが食事なのは……まぁ、仕方がない。空腹では何もできないからね。
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街の入り口から歩くこと十分。
ようやく辿り着いたのは「御食事処・雅」と書かれた店だった。
看板に大きく掲げられた文字を見て、僕たちは揃って首を傾げる。
ジンが前に教えてくれた“漢字”と呼ばれる文字だ。ぐにゃぐにゃとした形の並びを見つめていると、目がちらついてきて、思わず瞬きを繰り返す。
店内に入ると、すでに多くの客で賑わっており、ガヤガヤとした声が響いていた。
横長の木製テーブルとベンチが等間隔にずらりと並び、僕たちは奥にある一つを選んで腰を下ろす。
出入口側には僕とクレイズさん、反対側にはジンと死神さんが並んで座った。
とりあえず料理が来る前に、これからの方針について話し始める。
「それで、これからどうするんだ?」
クレイズさんが店内を見渡しながら言う。
彼の膝の上には、白うさぎのもふちゃんがちょこんと座り、葉っぱをむしゃむしゃと食べていた。
その背中には、お札が一枚しっかり貼られている。ピービーのように勝手にいなくならないよう、ジンが貼った“行動制限”の魔封札だ。
動物に術をかけることに少し抵抗はあったけれど、クレイズさんが気にしていないし、もふちゃん自身も平然としているから、きっと大丈夫なのだろう。
「うーん……まずはいつも通り、聞き込みかな?」
「それはやめといた方がいい」
「どうして?」
「この街はかなり広い。聞き込みだけで二、三日はかかる」
そう言ってジンは、テーブルの端に立てかけられていた紙を手に取った。「それは何だ?」と死神さんが尋ねると、ジンは「メニュー表だ」と答える。
メニュー表……?
「これを見て食べたい料理を決めて、店員に伝えるんだよ」
「へぇ」
紙を受け取る。
漢字だらけだが、どうやらこれが料理名らしい。とにかく数が多い。どれにしよう。
「……ねぇジン。おすすめってある?」
「おすすめ? んー、そうだな。ここは無難に“唐揚げ”とか」
「からあげ?」
頭の上に「?」を浮かべて首をかしげる。
ジンによれば、鳥の肉をさばいて味付けし、油で揚げた料理らしい。
説明を聞いても正直よく分からない。
鳥の肉なのはわかるけれど……。
[トリ、サバク。イノチナクス。サバク]
「なんでも、この店の料理はみんな昔の地球で食べられていたものを再現してるらしい。創業当時からのこだわりなんだと」
ジンが頬杖をつきながら言う。
「昔の地球」という言葉に、僕は思わず目を見開いた。
その足元で、大人しくしていたクロが反応し、[あ]と声を漏らす。
「昔の地球!? それって箱に詰められる前の地球ってことだよね!?」
「!?……お、おお。たぶん。詳しくはわかんねぇけど。急にテンションどうした?」
ジンの頭の上に“?”が浮かぶ。
僕が突然大声を出したものだから、死神さんとクレイズさんも驚いて目を丸くしていた。
[ケアテイカー。ケアテイカー。ムカシノチキュウスキ。ムカシノチキュウショクダイスキ]
ピービーが機械的な声で説明してくれる。
それを聞いたジンたちは顔を見合わせ、なるほどと納得したように同時に頷いた。ジンは僕の手からメニュー表を取り上げると、近くを通りかかった店員さんを呼び止める。
「ご注文はお決まりですか?」
店員さんが笑顔で近づいてくる。
死神さんとクレイズさんの料理はジンのおまかせで、僕は唐揚げ、クロはミルク。そしてジンは「おやこどん」という料理を注文した。
「少々お待ちくださいねー」
そう言い残して店員さんは軽快に奥へと消えていった。
「ジン、“おやこどん”って!?」
「……あー……来たら話す」
僕の目はきらきらと輝いていたが、ジンは面倒くさそうに返し、手にしていた紙をテーブルに戻した。
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注文した料理を待つこと数分。
談笑しながら退屈をやり過ごしていたそのとき――
「……ジン?」
少し離れた席の方から、誰かがジンの名を呼んだ。
声に気づいて振り向くと、そこには桃色の髪を腰まで伸ばし、淡い水色の着物風ドレスをまとった女の人が立っていた。
彼女は僕たちを見つめて、なぜか驚いたように息を呑んでいる。
誰だろう、と首を傾げていると、ジンの顔がみるみる強張っていった。
「! やっぱり……ジン!」
「ティタニア……っ!」
女の人の顔を見たジンが驚愕の声を上げる。
彼女は嬉しそうに声を弾ませ、ぱっと表情を明るくした。
――ティタニア。どうやらこの人の名前らしい。
「ジン、知り合いか?」
死神さんが問いかける。
ジンが答えようとしたその瞬間、女の人…ティタニアさんは物凄い速さでジンと死神さんの間に割って入った。あまりの早業に、目で追うことすらできなかった。
「おまたせしましたー」
ちょうどその時、店員さんが料理を運んでくる。
僕の目の前に置かれたのは、こんがりと揚がった唐揚げ。鼻をくすぐる香ばしい匂いが食欲を刺激する。
本当ならすぐにでもかぶりつきたいところだが、今はそれどころじゃなさそうだ。
「お久しぶりです、ジン!何年ぶりでしょう?三年……いえ、四年ぶりですね。変わらずお元気そうで安心しました!」
「お、おお……ティタニアも変わらず元気そうで、何より」
ジンは眉尻を下げ、少し困ったように笑った。
圧倒されるジンの姿なんて、なかなか見ない光景だ。
そのタイミングでジンの前に“おやこどん”、死神さんの前には茶色い煮魚が置かれる。ジンに聞くと、それは「さかなのにつけ」という料理らしい。死神さんは「美味そうだな」と呟き、目を細めた。
「まぁ! ジン、親子丼を頼まれたのですね! 昔からこの料理が大好物でしたよね! 食べさせてあげましょうか?」
「いや、大丈夫……それより、何でここに?」
木のスプーンを手に取りながら、ジンが問い返す。
ティタニアさんはきょとんとした顔をした後、思い出したように「ああ」と頷いた。
その間にクレイズさんの前には鮮やかな赤い料理が置かれる。“まーぼーどーふ”というらしい。これも美味しそうだ。あとで少し分けてもらおう。
「このお店に知り合いがいまして、会いに来たのです。でも、その御方への用事は後でも構いません。今はジン優先ですから!」
「優先しなくていいから、予定通りにさっさと知り合いの所に行け」
ジンは深いため息をついた。
僕はずっと気になっていたことを、思い切ってティタニアさんに尋ねた。――あなたは誰で、ジンとはどんな関係なのか、と。
すると彼女は待ってましたと言わんばかりに胸をドンと叩き、声高らかに答えた。
「申し遅れました。私、ティタニア・シュライベルクと申します。ここにいるジンとは幼馴染で――将来、彼の妻になる女です!」
『…………は?』
僕と死神さん、クレイズさん、クロの声が同時に重なる。
親子丼を口に運んでいたジンは、彼女の言葉にまたしても深いため息を吐いた。




