vs.オサルサン・2 ※ジン視点
昇降機のある場所へ戻ると、そこにはやはりゴリラ――ジャイアントモンキーが待ち構えていた。
俺はピービーを安全な場所に下ろし、死神と視線を交わして頷く。瞬間、ゆっくりと巨体に歩み寄った。
足音と気配を察したのか、ジャイアントモンキーは顔をこちらへ向け、牙を剥き出しにして睨みつけてくる。
俺は札を服に貼り付け、包月で全身を覆った。
[グルルルル……ッ]
「…………」
威嚇の唸り。だが、まだ動き出さない。警戒しているのだろう。
俺はもう一枚札を取り出し、わざと見えるように掲げた。
札に描かれた魔法陣が青白い光を放つ。
それを目にした瞬間、ジャイアントモンキーは咆哮をあげ、拳を振り上げて突進してきた。札から漏れ出る殺気を本能で感じ取ったのだろう。
[ガアアアアァ!!]
「水龍!」
詠唱と同時、巨腕が振り下ろされる。拳は俺の目前ぎりぎりまで迫り、風圧が髪を激しく揺らした。
だが、札から這い出すように水の渦が生まれ、大蛇のような姿でジャイアントモンキーの腕へ巻きつき、肩へ、そして胴へと絡みつく。
魔封術――水龍。
札から水の渦を生み出し拘束する中級魔封術。その形は術者によって異なり、俺の場合は大蛇の姿をとる。
「喰らえ……!」
俺は渦を操り、ジャイアントモンキーの首へと巻き付けて締め上げる。
だが、巨体が再び咆哮を放ち、腕を無理やり振り上げた。水龍は悲鳴をあげるように弾け飛び、足元へ水溜まりを残して消える。
「チッ……!」
舌打ちし、再度水龍を呼び出そうと札に手をかけた――その瞬間。
ジャイアントモンキーの拳が俺の視界を覆った。防御する間もなく、凄まじい衝撃が全身を打ち砕く。
真っ白な地面が深く抉れ、土埃が舞う。
衝撃で息が詰まり、血が喉を焼きながら吐き出された。
もし包月で守っていなければ――今ので確実に死んでいた。
「……っ、ごほっ……!」
よろめきながら上体を起こし、地を手で支える。だが、力が入らない。
[グルルル……ッ]
ジャイアントモンキーがこちらを睨みつけ、次の一撃を狙っている。意識はまだあるが、この状態でまともに戦うのは不可能だ。
「……っ……」
その時――巨体の背後に死神の姿が現れた。
音もなく忍び寄るその姿は、まさに冥府から来た影のようだ。俺に気を取られていたおかげで、背後に潜り込むのは造作もなかったらしい。
死神は俺の様子を一瞥し、眉をひそめる。そして槍を構えると、風切り音と共に空気が張り詰めた。
標的はもちろん、ジャイアントモンキーの背中――水晶の塊だ。
[ガアアア!!]
振り上げられた拳が、俺へ向けて振り下ろされる。
同時に、死神の身体が疾風のように動いた。
槍を投げる――そう思った瞬間には、彼女はすでにジャイアントモンキーの背に飛び移っていた。
銀の軌跡が閃光のように走り、槍の穂先が水晶を正確に貫く。
鋭い音を立ててヒビが走り、パリンと砕け散る。
ジャイアントモンキーの絶叫が響き渡った。
「はぁっ!!」
死神は、そのまま宙を舞うように身体を捻り、抜き放った槍を回転させて喉元へ突き立てる。
血しぶきが白い地面を赤に染め、巨体はよろめきながらもなお暴れようとした。
しかし、死神は冷酷に舞い踊る。
回転しながら槍を横薙ぎにし、肩から胸へ深々と裂き、さらに反転して背に蹴りを叩き込んだ。
巨体がぐらりと傾いたその瞬間、彼女は槍を振り上げ、最後の一撃を真上から突き立てた。
「黒龍爪!」
槍を大きく横薙ぎに振り抜き、死神はジャイアントモンキーの首元に赤黒い三本爪のような深い傷を刻み込む。
次の瞬間、裂け目から鮮血が噴水のように噴き上がり、獣の咆哮は断末魔の濁音へと変わった。巨体は地鳴りを響かせながら崩れ落ち、床を揺らして沈黙する。
――地鳴りと共に、ジャイアントモンキーは完全に崩れ落ちた。
俺の視界に映ったのは、蒼白な光を槍に宿した死神の姿。
まさにその名に相応しい「死の化身」だった。
死神は槍を軽く払って血を散らし、息絶えたことを確認してから無言で俺の元へ歩み寄ってくる。
「無事か?」
「……なんとか生きてる」
差し伸べられた手を借り、ぐらつきながらも立ち上がる。骨は折れていないようだが、身体の芯にまで痛みが響いている。後でしっかり調べた方がいいだろう。
[ジン。ケガ、ダイジョウブ? ダイジョウブ?]
「ん……ああ、大丈夫だ」
転がるように駆け寄ってきたピービーが、つぶらな瞳で不安げに俺を見上げる。安心させるように抱き上げると、ピービーはほっと笑顔を見せ、目を細めた。
「さて、これで昇降機に乗れるな」
「ああ。……もっとも、ピービーのおかげで余計な戦闘になったがな。この借りは高くつくぞ」
[ピービー……ハンセイ。ハンセイ]
「……行くぞ」
そう言い、俺たちは昇降機へと足を向ける。
目の前の昇降機は、長らく放置されていたのが一目で分かるほどに錆び付き、鉄の臭気を漂わせていた。
籠に乗り込むと軋むような音が響き、鎖が無理やり動かされるかのように「ガコガコ」と大きな振動が伝わってくる。揺れるたびに足元が不安定になり、俺ですら不安を覚えるほどだ。
案の定、ピービーは小さな身体をぶるぶると震わせ、俺の腕に必死にしがみついていた。
「あ、見ろよピービー。ほら、外に本物の猿がいるぞ」
「……ピービーにそんな余裕はなさそうだな」
[ピービー……ショウコウキ、コワイ。ユレル……コワイ、コワイ]
声まで震えているピービーを見て、思わず笑みが漏れる。ついさっきまで死にかけていたのに、こうして仲間と笑えるのが不思議なほどだ。
やがて昇降機が到着し、ぎしぎしと音を立てて停止する。
扉が開かれ、外の空気が流れ込んでくると、張りつめていた心もふっと緩んだ。
戦いの余韻がまだ身体に残っている。だがその中で、確かに「生き延びた」実感が胸を温めていた。




