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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第3.5章「オサルサンを求めて」
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vs.オサルサン ※ジン視点





 ――戦略的撤退とは、まさにこのことだな。

 ゴリラから全力で逃げながら、そんなことを考えていた。



+


「……っ、はぁ、はぁ……。ここまで来れば、追ってはこないだろ」


 昇降機のあった場所からだいぶ離れた、拓けた一角。その奥に口を開けていた小さな洞窟へと逃げ込み、俺と死神は肩で息をしながら身体を休めていた。

 腕の中のピービーは、未だにゴリラを見た感動で小躍りしている。……ったく、誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだ。


[ピービー。ゴリラ。ミツケタ。ミツケタ]

「お前が見たいのは“猿”だろうが」


 喜んでんじゃねぇ。と、軽く頭をはたくと、ピービーは「イタイ」と反応して俺の腕から飛び降り、ころころと転がって死神の足元へ。

 死神は少し離れた場所に腰を下ろし、じっとしている。体力を回復させているのだろう。


[シニガミサン。シニガミサン。ツカレテル?]

「……いや、大丈夫だ」


 そう答えながら、死神はピービーの頭にそっと手を置いた。

 ゴリラから逃げるとき、彼女は殿(しんがり)を務めてくれた。容赦なく振るわれる拳を槍でいなし、俺とピービーを守り抜いてくれたのだ。その代償に、頬や体のあちこちには痛々しい傷が残っている。


「……それで、あの猿をどうするんだ?アレを何とかせねば、上には戻れんぞ?」


 死神の言葉に、俺は眉をひそめ、顎に手を添えてうなる。


 ゴリラの力は人間を遥かに超える。

 俺と死神が力を合わせても、正面から挑めば返り討ちに遭うのは目に見えている。無謀に突っ込んだところで勝ち目はない。


 ――弱点でもあれば、まだ対策のしようはあるんだが。


「ピービー、さっきの本をもう一度見せてくれないか?」

[? オサルサン。オサルサン。ショモツ。ジンミセル]


 ピービーはころころ転がり、俺の足元で光を照射する。映し出されたのは、猿の絵が描かれた書物の一頁だった。


 小さな字でびっしりだが、読めなくはない。


「えーと……“猿は主に集団で行動することが多く、非常に気性が荒いため注意が必要”……。うん、それは知ってる」

[ページイコウ。ページイコウ。ミギシタノヤジルシ。ヤジルシ]

「矢印?……あー、押せばいいのか」


 言われるままに、光の右下に映っていた矢印を押す。するとページがぱっと切り替わった。


「おお……」


 思わず声が漏れる。


「……猿の中には、一際大きな身体を持つ個体が存在し、それらは総じて《ジャイアントモンキー》と呼ばれている。鍛え上げられた筋肉と鋭い目付きが特徴で、もし遭遇した場合には死を覚悟しておいた方が良い」


 ……やっぱりな。

 今さらながら、逃げ延びられたのは奇跡だと思う。


 脳裏に、振り下ろされる拳と地響きがよみがえる。背筋がぞくりと震えた。


 さらに目を走らせると、ページの下の方に小さな注釈があった。

 そこには――ジャイアントモンキーの“弱点”について記されていた。


「ジャイアントモンキーの弱点は、背中にある大きな水晶の塊。それを割る事でジャイアントモンキーの動きは鈍くなり、倒すことが容易くなる。……水晶の塊?」


 そんなもの、あったか?

 逃げるのに必死で、背中なんてろくに見ていなかった。思い返しても記憶が曖昧だ。

 ふむ、と頷きながら納得する。


 ピービーに礼を言いつつ立ち上がった俺は、死神の元まで歩み寄り、隣に腰を下ろして顔を向けた。


「傷はどうだ?」

「心配はない。こんなの掠り傷にもならん」

「そっか。それならいい」


 本当にそうなら安心だが、目に映る彼女の傷は決して軽くはない。


「アレの弱点はわかったのか?」

「ああ。ピービーのおかげだ」

[ピービー。ジンニホメラレタ。ホメラレタ]


 ピービーはその場で何度も弾むように跳ね、喜びを全身で表す。どうやら心底嬉しいらしい。


「で、弱点は?」

「背中にある水晶の塊らしい」

「水晶……?ああ、なるほど。確かに、あそこなら」


 攻撃を受けていたときに気付いていたのだろう。死神は小さく眉を寄せた。


「行くのか?」

「時間はかけられない。やるなら今しかない」

「……そうか」


 彼女は静かに立ち上がり、その手に槍を顕現させる。俺もパーカーの内ポケットから札を一枚取り出し、覚悟を固めた。


 まだぴょんぴょんと跳ねているピービーを空中でキャッチし、そのまま洞窟を出る。ジャイアントモンキーは、もう昇降機の近くに戻っているはずだ。


「作戦は?」

「俺が猿を引きつける。その隙に死神が背中の水晶を叩き割ってくれ」

「了解」


 彼女は口元に薄い笑みを浮かべ、力強く頷いた。


[ピービーハ? ピービーハ?]

「ピービーは安全な場所で待機だ。危ないからな」

[アブナイ。アブナイ。ピービー、アンゼンナトコロ。イル。イル]


 少し名残惜しそうに言いながらも、ピービーは素直に従う。


 そして俺たちは、ジャイアントモンキーとの決戦のため、再び昇降機のある場所へと足を進めた。


 勝てる保証なんてどこにもない。だが、あいつをどうにかしなければ上へは進めないし、ケアテイカーたちとも合流できない。助力を願えれば状況は楽になるはずだが――残念ながら、ここからでは連絡を取る術もない。


 もしかしたら、ここが終わりかもしれない。

 その考えが頭をよぎり、自然と眉をひそめた。



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