双神の巫女・こぼれ話
『新たな仲間』
宿屋のロビーに置かれた丸い木のテーブルを囲んで、僕たちは向かい合って座っていた。
木の軋む音や、他の客たちの笑い声が遠くから聞こえる中で、目の前にいるクレイズさんに、僕は改めて言葉を告げる。
「これからよろしくお願いします、クレイズさん」
「ああ。よろしく」
短く、けれど真剣な声音。彼の眼差しは、これまで背負ってきた重さを映しているように見えた。
そんな空気を軽々と破るのは、いつものことながらピービーだった。
[クレイズ、クレイズ。マオウ、マオウ]
「……。こいつもついてくるのか?」
クレイズさんが怪訝そうに眉を寄せると、ピービーは元気よく光を瞬かせながら弾む。
[ボクモナカマ。ボクモナカマ。ツイテク。ツイテク!]
「はい。…考える暇も与えてくれずに、いつの間にか」
僕が苦笑交じりに肩をすくめると、ピービーは勢いを増して言葉を重ねてきた。
[ケアテイカーニツイテク。ギム。ギム。ジンタチニツイテク。ギム。ギム。クレイズツイテクル。ギム。ギム]
「そうか。……じゃあピービーにも、よろしく頼むな」
クレイズさんが小さく息をつきながらも受け入れると、ピービーはぱっと光を弾けさせた。
[ヨロシク。ヨロシク。ピピピッ]
弾んだ音と共に、宿屋のランプの灯りが反射してきらりと輝く。
これでまた、新しい仲間が加わった。少し騒がしくなりそうだけれど……それも悪くない、と僕は思った。
+
『魔王の力』
宿屋のランプが揺れ、木の壁にぼんやりと影を落としていた。
テーブルを挟んで向かい合うクレイズさんの横顔を見ながら、ふと気になっていたことを口にする。
「そういえば、クレイズさん」
「ん?」
「巫女様の呪いはもう無くなってるわけですけど……魔王の力って、まだ残ってるんですか?」
問いかけると、彼は一瞬だけ視線を落とし、そしてゆっくりと答えた。
「ああ。まだ残ってるよ。どうやらこの力はずっと残るものみたいだ。元凶である呪いが無くなったら消えると思ってたんだが……甘く見てたよ。一生消えない“傷痕”みたいになったままだった」
淡々とした声色だったけど、どこか自嘲の響きが混じっているように聞こえた。
その言葉に胸の奥がざわつき、僕は少し身を乗り出してしまう。
「……えと、それ、危険はないんですよね?……いつか、その力が原因でクレイズさんも呪われるんじゃ」
「? ……はは。その心配はないよ。この力に呪いのようなものは感じない。この先、俺が呪われるなんて事はないさ」
軽く笑って答える彼を見て、肩の力が抜けた。
どうやら本当に心配はいらないらしい。
「本当ですか?……はぁ、良かった〜」
ほっと息を吐く僕を見て、クレイズさんは小さく口元を歪める。
その表情は、一瞬だけ翳りを帯びていた。
「……まぁ、“呪いがない”なんてのは、自分がそう思ってるだけかもしれないけど」
「? 何か言いました?」
「いや。別に……」
彼は視線を逸らし、声を濁した。
ロビーに漂う温かい空気の中、その言葉だけが妙に冷たく響いて、胸の奥に小さな不安を残した。
+
『ピービーに興味津々』
※ジン視点
宿屋のロビーは相変わらずざわついていた。客たちの笑い声と、食器のぶつかる乾いた音があちこちから聞こえてくる。
その中で、ひときわ浮いている声があった。
[ピピピ]
「ねぇ、ピービー」
[ヌ゙?]
ケアテイカーが目を輝かせて、ピービーに話しかけている。
あ、なんか嫌な予感。
「僕、今すごく気になってるんだけどさ。ちょっと聞いていい?」
[イイヨ]
「! 本当! じゃあ聞くね! えっと、ちょっと待ってね! リストにまとめたんだ、ピービーに聞きたいこと!」
[ピピピ。ケアテイカーノシンパクジョウショウチュウ。ダイジョウブ?]
……ほら、始まった。
「おっと。始まった」
思わず口に出すと、横からクレイズが首を傾げてきた。
「ん? どうしたんだ、ジン」
「……あれだよ。あれ」
「……あれは、ケアテイカーとピービー?何してるんだ?」
「ケアテイカーの病気が始まったとこ」
「病気?」
「ああ。よく見ててみ」
俺が顎で示すと、ケアテイカーはすでに勢いづいていた。
「じゃあ質問するね!……えっと、まずピービーって“エーアイ”ってやつだよね?歴史書で読んだんだ。“人工知能”っていうテクノロジーを搭載したロボットってやつ!僕、生のロボットなんて初めて見たから吃驚だよ!ねぇ、君は一体どこで作られたの?地図を出すのと呪いを検知するのと、他にどんな機能があるの?も、もしかして目からレーザーとか出せるの!?」
[ピ、ピピ……]
質問が矢継ぎ早に飛ぶ。ピービーの目の光は不規則に点滅し始め、挙げ句の果てには――
「……お、おい、ピービーの頭から煙出てるぞ!?」
クレイズが目を剥いた。
俺は片手を上げて肩をすくめる。
「ケアテイカーの“知りたい病”が発症中。ああなったあいつはしばらく止まらないから厄介なんだ」
「そ、そうなんだ……」
クレイズは苦笑して、困ったように頭を掻いた。
だがケアテイカーは、そんな周囲の空気などお構いなしにさらに熱を上げる。
「あ!あとあと、これも聞いてみたいんだけど!」
[ピ、……ピー……]
ピービーの返事は弱々しい。まるで機械なのに疲れているように見える。
俺は椅子の背にもたれて腕を組み、ため息をひとつ落とした。
――やれやれ、またしばらく騒がしくなりそうだ。
+
『ウロチョロしないで』
※クレイズ視点
宿屋のロビー。
木製の椅子に腰を下ろし、束の間の休息を味わっていたところに、ジンがこちらへ歩み寄ってきた。
真剣な顔をしている。
「クレイズ、ちょっと相談」
「なんだ?」
視線を向けると、ジンは懐から一枚の札を取り出した。それは、彼が普段武器代わりに扱っているものだ。
「あのうさぎ、もふの事なんだけどさ」
「もふの?」
「あいつ、目を離すとすぐどっか行くだろ?その度に歩き回って探してたんじゃ、この先ツラいだろうからさ。この札、貼ろうと思って」
「? それ、お前が普段武器にしてるヤツだよな?……貼るって?」
眉をひそめると、ジンは札をひらひらさせて見せながら、さらりと言う。
「あいつの背中にさ。ペタッと。そんで行動制限の術を掛けるんだ。そうすれば遠くに行く心配もないし、わざわざ探しに行く手間も掛からない」
「行動制限って……それ、そんな事も出来るのか!?」
思わず声が上ずった。札の使い道をそこまで考えたことがなかったからだ。ジンは当たり前のように頷く。
「ああ。……まぁ、本来なら動物に使っちゃいけないんだけど、この場合は仕方なしって事で。……で、その許可を貰いに来たんだけど」
「……ま、まぁ、それは別に構わないが……」
もふを縛ることに少し抵抗はあった。だが、確かに放っておけばすぐに姿を消して、こちらが慌てるのが常だ。安全のためと思えば納得できる。
「本当か?……よっしゃ。飼い主の許可ゲット!……あとは、もふが何処にいるかだな。あっ、クレイズもよかったら一緒に探してくれよ。行動制限術のやり方見せてやるから!」
「お、おお……」
ジンの瞳が、まるで少年のように輝いていた。
札を使うことに、ここまで楽しそうな顔をするやつだったのか。と、ちょっと引いた。




