神様は本当に居る?
「なんか悪いな。飯までご馳走になっちまって…」
席を移し、改めて食事を始める。
僕とクロの前には先ほど頼んだお肉料理とミルク。落ちてきた人の前には彩りの良いサラダと同じくミルクが並ぶ。
灰色の髪をツンと立てたそのお兄さんは、どこか居心地悪そうに眉を寄せて口を開いた。
僕は首を振り、気にしないと笑ってみせる。――もっとも、後でそれなりの「迷惑料」をきっちり頂くつもりではある。
「お兄さん、この国の人?」
「いいや、違う」
「…じゃあ、さっき怒鳴ってた人は?」
「さっき?……ああ、聞こえてたのか。できれば忘れてくれよ。あれは……えーと」
お肉を切り分けながら耳を傾けるけど、どうにも言い淀む。触れてほしくない類の話らしい。
「あー、と……あ、それにしてもさ」
あからさまに話題をすり替えたし。
やはり深入りすべきではないと、僕はそれ以上聞くのを止めた。
お兄さんは頬杖をつき、客席を一望する。この酒場は妙に回転率が悪い。単に居心地が良いのか、それとも常連客が新顔を遠ざけているのか。
もし後者なら、この場所は少々危険だ。
「今回も、ここにいる全員が試練を受けてるんだよな」
「……十一日間の試練のことですか?」
「ああ。神様から与えられたどうのこうのってやつ。俺はもう慣れたけどさ、他の連中は今頃困惑してんじゃないか?」
その言葉にミルクを口に含む。
「お兄さんは、今回で何回目ですか?」
「さぁな。いちいち数えてねぇよ」
サラダにドレッシングを山のようにかけ、一口。案の定むせていた。
僕はコップの中で揺れるミルクをぼんやり眺める。その白は、不思議と頭を冷やしてくれる。
「おぬしたち、ちょっといいかい?」
そこで突如、声が割り込んだ。
顔を上げると、そこには胸元まで顎髭を伸ばした白髪の老人。場違いなほど柔らかな笑みを浮かべ、ゆったりと髭を撫でている。
「知り合いか?」
お兄さんが聞いてくる。もちろん、僕の交友関係に老人はいない。そもそも、知り合いと呼べる人物自体ほとんどいないのだ。
「おぬしたち、どうやらわしを探しているようじゃな」
「「は?」」
言葉の意味が呑み込めず、僕たちは同時に声を上げた。
「……じいさん、俺らをよく見ろよ。探してるように見えるか?」
「ふむ……見えるのぉ。おぬしらの心には、わしの姿が確かにある。ゆえに、探しておるはずじゃ」
「わけがわからん」
「あの、人違いでは?」
「いや、人違いではない。わしは承知の上で声を掛けておるよ。ケアテイカー殿、ジン・レスター殿」
「!」
「!?」
名前を呼ばれ、僕は思わず肩を震わせ、お兄さんは目を見開く。
老人はその反応に満足げに頷いた。
「じいさん、何で俺の名前を…!」
「ほほほ。わしはなんでも知っておる。おぬしの名も、生まれも、先ほどの男とのやり取りもな」
「っ……」
まさか、このお爺さんは……?
いや、流石にそんなはず――。
「うーむ、まだ腑に落ちぬ顔じゃな。では問題じゃ。おぬしたちの試練は何じゃったかな?」
「え?」
僕の試練は“神様に会う”こと。
お兄さんのは?
「僕の試練は“神様に会う”です」
「……俺の試練は、“神様と管理人に会う”だ」
「えっ」
「なんで驚く?」
お兄さんの言葉に目を丸くする。
二つの答えに老人は頷き、更に問いを重ねた。
「では次じゃ。わしがなぜおぬしらの元へ来たのか、わかるか?」
「は? そんなもん知るか」
「! 待って、お兄さん!」
「あ? なんだよ?」
予感がしてお兄さんを止める。
老人は愉快そうに髭を撫でた。
「……まさか、お爺さん……?」
「ほほ、気付いたようじゃな」
僕は小さく息を吐き、苦笑した。
まさか、本当に酒場にいるなんて。
「……どうした?」
お兄さんは未だ首を傾げている。
その瞬間、クロがテーブルに飛び乗り、老人…お爺さんがゆっくりと名乗った。
「そうじゃよ、ケアテイカー殿。わしこそ、おぬしたちが探す神様じゃ」
酒場は相変わらず騒がしい。
その宣言に僕は頭を抱え、お兄さんは目を見開いて勢いよく立ち上がった。




