戦いの終わり
「………っ、」
最後の力を振り絞り、アレスさんはゆっくりと立ち上がった。
足取りは覚束なく、今にも崩れ落ちそうなほど揺れている。それでも彼は、真っ直ぐに巫女様のもとへと歩み寄った。
僕は、その様子に思わず一歩下がり、距離を取る。
アレスさんは、息絶えた巫女様を見下ろし、眉を下げた。その手が、そっと彼女の手を包み込む。
「悪かった、ミュレス……守ってやるって、約束したのに……っ、ごほっ…」
「……………」
その握りは弱々しいが、ほんの少しだけ力がこもる。シャーリーさんを看取ったクレイズさんも背後に立ち、その光景を見つめながら表情を歪めた。
「アレス」
「……っ、クレイズも、悪かった。せっかく、誘ってくれたのに…」
「…そんな事はもうどうでもいい。騎士になんて、もうなれやしない。謝るな」
「……………」
クレイズさんの言葉に、アレスさんは力の抜けた笑みを浮かべる。そして死神さんが抱えているシャーリーさんの方へ視線を向け、ゆっくりと目を閉じた。
その膝の上に、うさぎ──もふちゃんが飛び乗る。
「………飼い主を殺してしまって、ごめんな」
もふちゃんの柔らかな頭を撫でながら、アレスさんはかすれた声で呟く。
すると、もふちゃんはアレスさんの腰に下げられた懐中時計のような物を口でつまみ、小刻みに動かし始めた。
「……外したいのか」
アレスさんはそれを外して、もふちゃんの口元へ差し出す。受け取ったもふちゃんが時計を抱え込むと、アレスさんは再び咳き込み、血を吐いた。
「………大丈夫だ。今度こそ、必ず君を守るから……ミュレス」
その顔には、どこか救われたような穏やかな笑みが浮かんでいた。
その時、僕の鞄の中で呪い具現化装置が震え出す。
慌てて取り出すと、巫女様の呪いもアレスさんの呪いも祓われているはずなのに、装置は不穏に脈打っていた。
「……呪いは、伝染する」
かすれる声で、アレスさんが言った。
「え?」
「俺の中には…ミュレスから受けた呪いが…残ってる…」
言葉を紡ぐのも苦しそうで、彼は歯を食いしばる。
僕は装置を彼の胸元へ近付けた。すると、装置は光を帯びて彼の体内へと吸い込まれ、呪いを絡め取った黒い靄とともに地面に落ちる。
靄がゆらりと立ち上る──呪いは完全には祓われていなかったのだ。
「アレスさん、呪いのこと…どうして知ってたんですか」
「っ…ごほ…」
息が続かず、彼の声は途切れがちになる。
クレイズさんが膝をつき、彼の顔をしっかりと見据えた。
「……とある老婆に、教えてもらった……」
「!」
老婆──その言葉に、僕の脳裏で神様の妹の存在が浮かぶ。シュリーナの時も、同じ存在が関わっていた。巫女様は、その老婆と出会い、呪われたのだ。
「ミュレスは…呪われた…あの老婆が…呪った。呪いは、伝染する……祓うには…近くに居続けて…伝染させるしか……けど…足りなかった…」
「アレス!もういい、喋るな!」
「俺は……ミュレスを……」
最後まで言い切ることはできなかった。
「……アレス?……っ、アレス!」
クレイズさんの叫びが響く。彼は目を見開き、アレスさんの肩を強く揺さぶった。
ピービーがコロコロと転がってきて、アレスさんの傍らで「悲しい」「悲しい」と繰り返す。
その声だけが、静まり返った空気の中に落ちていった。




