vs.勇者
クレイズさんとアレスさんの剣が、火花を散らしながら激しくぶつかり合う。
金属同士が擦れる耳障りな音が、戦場の空気をさらに張り詰めさせた。
互いに一歩も引かず、剣圧で地面の砂利が弾け飛ぶ。息は荒く、額から流れる汗と血が混じり合い、視界が滲む。それでも二人は止まらない。
「シャルが死にそうなのに、お前は何とも思わないのか!」
怒号と共に、クレイズさんの剣が力強く振り下ろされる。
アレスさんはその刃を受け止め、眉一つ動かさずに吐き捨てた。
「そんなの…、知るか!」
金属音が耳を打つ。アレスさんは攻撃の手を緩めるどころか、さらに踏み込んできた。
その冷淡さに、クレイズさんの胸の奥が燃え上がる。怒りが理性を呑み込み、剣筋が荒々しさを増す。
「……っ、いい加減にしろ!」
刹那、アレスさんの構えにわずかな緩みが生じた。
クレイズさんはその瞬間を逃さず、踏み込み、剣先を鋭く突き出す。
鈍い感触が手に伝わり、アレスさんの身体がびくりと震えた。
剣は、腹部を深く貫く。
血の匂いが、急に濃くなる──。
腹部から流れ出る温かい感触に、アレスさんは息を呑んだ。
視線を落とすと、自分の身体に深く突き立ったクレイズさんの剣が、脈打つように震えている。
「……く、は……」
喉の奥から濁った息が漏れ、血が口端から伝う。
それでも、アレスさんの瞳には怯えも後悔もなく、ただ薄く笑う影だけがあった。
「……アレス、なんでっ」
クレイズさんは息を荒げたまま、握った剣から手を離せずにいた。
胸の奥で何かが締め付けられる。怒りで突き動かされたはずなのに、今は妙な空虚感が全身を支配していた。
「なんで、手を抜いたんだ……!」
アレスさんはふらつきながら、クレイズさんの肩を掴む。
「……これで、……いいんだ……」
言葉の続きを口にする前に、膝が崩れ、クレイズさんの剣がゆっくりと引き抜かれた。
地面に膝をつく音が響き、赤黒い染みが瞬く間に広がっていく。
「……アレス!」
クレイズさんは慌てて腕を伸ばし、その身体を支える。
クレイズさんはアレスさんの身体を地面に横たえ、その顔を一瞬だけ見下ろした。
血に濡れた頬、わずかに動く唇──それ以上は、見ていられなかった。
「……シャル……」
小さく名を呼び、クレイズさんは振り返る。
遠く、瓦礫の向こうでうずくまるように倒れているシャーリーさんの姿が目に入った。
シャーリーさんの近くには、クロとピービーが必死に寄り添っている。
剣を引きずるように握ったまま、クレイズさんは全力で駆け出した。
「シャル!」
シャーリーさんのもとへ近付くと、倒れた彼女の手がわずかに動いたのが見えて、クレイズさんは安堵の息を吐く。
手を握れば、その肌はあまりに冷たく、彼女の呼吸はかすかすぎた。
「……しっかりしろ、シャル……!」
震える手で彼女の肩を抱き起こすクレイズさんの声は、怒鳴るでもなく、泣くでもなく、ただ必死に呼びかける響きだけを持っていた。
「………、」
「シャル!」
クレイズさんは震える手でシャーリーさんの頬を撫でた。
その肌は、先ほどよりもさらに冷たく感じられる。
「……シャル。聞こえるか?」
呼びかけると、シャーリーさんのまぶたがかすかに動いた。
「……くれ……いず……?」
「ああ、俺だ……もう大丈夫だ」
「……あれす、は?」
呼吸も浅く、今にも消えてしまいそうなほどだ。
「……アレスも無事だ。アレスもシャルも大丈夫だから。…だから……っ!」
シャーリーさんの手がクレイズさんの頬を撫でる。
「くれいず、…ないちゃ、だめだよ」
「シャル…っ、俺は……っ!」
「……ごめん、ね」
「! シャル?……シャル!!」
シャーリーさんの手が力なく落ちる。
必死に呼びかけても、その返事はもうなかった。
やがて、シャーリーさんの胸の上下が止まり、全ての力が抜け落ちるように彼の腕の中で静かになる。
「…………」
クレイズさんは声を出さなかった。
ただただ彼女を抱き締め、震える指先で髪を撫でる。
その瞳からは、何の抵抗もできないまま静かに涙がこぼれ落ちた。




