vs.巫女の呪い・2
シャーリーさんはその場に崩れ落ち、口元から赤い息を吐きながら、かすかにクレイズさんの名を呼んだ。
「……ク、レイズ……」
「喋るな!」
クレイズさんは慌てて彼女の身体を抱き上げ、自分の膝に乗せる。
胸元から溢れる血を押さえようとするが、指先をすり抜けるように温かい液体が流れ続ける。
「くそ!血が止まらねぇ!」
声は震えていた。
シャーリーの瞳はかすかに潤み、しかし弱々しい笑みを浮かべる。
「……く、れいず……わたし、」
「喋るなって!…っ、大丈夫!必ず助けるから!」
シャーリーさんは視界が揺れる中、彼の頬に手を伸ばそうとした。だが、その動きは途中で止まり、手は力なく落ちた。
クレイズはその手を強く握り、必死に呼びかけ続ける。
「シャル?……シャル!!」
クレイズさんは血で濡れた手でシャーリーの傷口を押さえながら必死に言葉を繰り返す。
「シャル!死ぬな!頼むから…!死なないでくれ!」
その背後から、柔らかくも冷たい笑い声が響いた。
「ふふ……本当に、見ていて飽きないわね」
巫女様はゆっくりと歩み寄り、シャーリーさんとクレイズさんを見下ろす。
その瞳は、命の灯が消えていく様を愉しむ捕食者のそれだった。
「何をそんなに悲しんでいるの?……あなたは魔王なのだから悲しんでは駄目よ」
クレイズさんは振り返り、血走った目で睨みつける。
だが巫女様は怯むどころか、挑発するように口元を吊り上げた。
「シャーリーはもうすぐ息を引き取る……あなたの腕の中でね」
「黙れ……!」
クレイズさんの声は怒りで震え、剣の柄を握る手に力がこもる。
腕の中のシャーリーさんの呼吸は刻一刻と浅くなっていった。
「お前だけは、お前だけは許さねぇ!」
クレイズさんが振り抜いた剣が、巫女様に襲い掛かる。
しかしそれは巫女様を庇うように立ち塞がったアレスさんの剣によって防がれてしまった。
「っ、アレス!」
「ミュレスを殺させはしない」
「お前はまだ……!」
クレイズさんはアレスさんを睨みつける。
その目には、怒りと絶望が入り混じっていた。
巫女様の白い指先には、シャーリーさんの血がべっとりと付着している。鮮やかな赤が、異様なまでに際立って見え、僕は息を呑んだ。
「シャーリー!」
死神さんが槍を構え、巫女様へ鋭く突き込む。しかし巫女様はひらりと身を翻し、軽やかに距離を取った。
その隙に、死神さんは倒れているシャーリーさんのもとへ駆け寄り、抱き上げて傷口を押さえる。
「おい、ジン!復活の術だ、今すぐやれ!」
「無茶言うな!さっきも言っただろ、回復は専門外だ!出来りゃもうやってる!」
アレスさんの時と同じく、ジンの魔封術は攻撃と防御が限界だ。死神さんは舌打ちし、視線をシャーリーさんから外さない。
僕も駆け寄ったが、残念ながら回復も復活もできない。胸が締めつけられるような無力感だけが押し寄せる。
[シャーリー。カナシイ。カナシイ]
ピービーの電子音めいた声が耳に届く。クロも、シャーリーさんの傍で低く"にゃあ"と鳴いた。
ジンが死神さんの隣に立ち、札を構える。死神さんも立ち上がり、槍を巫女様に向けた。
「ふふ…怖い顔ね。そんな顔をされたら、私、怯えちゃうわ」
「その口を閉じろ、巫女。今すぐその魂、刈り取ってやる」
「まぁ……」
巫女様は口元に笑みを浮かべたまま、こちらを見据える。
「ジン。動きを封じられるか?」
「少し時間をくれりゃ、たぶんいける」
「よし……ケアテイカー、ジンを援護しろ」
「わかった」
僕は頷き、ジンの横に立つ。風の魔法で巫女様の動きを鈍らせ、その間にジンが魔封術で縛る──それが作戦だ。
視線を合わせて頷くと、僕たちは一斉に動いた。
巫女様は二人を交互に見て笑みを消し、両手を構えて魔法弾を連射する。ジンと死神さんは、紙一重の身のこなしでそれを避けて、僕はタイミングを見計らい、風の魔法を鋭く放った。
巫女様はそちらに意識を向け、ジンへの攻撃手を引く。その一瞬──
「封縛!」
札が巫女様の背に貼り付き、光の糸が無数に伸びて全身を絡め取った。
「!」
巫女様は膝をつき、そのままうつ伏せに倒れ込む。
死神さんは槍の切っ先を突きつけ、低く告げた。
「縛られ心地はどうだ、巫女」
「…………」
「その術は並大抵では破れん。私も経験済みだ」
「…………」
「シャーリーを殺した理由は何だ」
「…………」
「……答えぬか。まぁいい。理由など、おぬしら呪いにとっては一つだろう」
巫女様は沈黙を貫く。その様子に、死神さんは舌打ちをした。
「命乞いすらせんとはな。いいだろう――その魂、貰い受ける」
「待て、死神!」
「……なんだ、止めるな」
「様子がおかしい」
ジンの声に、死神さんは槍を止めた。その瞬間──巫女様の身体が小刻みに震え、黒い靄がにじみ出す。
次第にその靄は形を持ち、人影へと変わっていった。空気が歪み、嫌な気配が辺りに満ちていく。
装置なしで出てきた──!?
『――』
巫女様の中から現れた“それ”は、まるで引き寄せられるように巫女様をじっと見つめていた。
ジンと死神さんは即座に武器を構え、鋭い眼差しを向ける。
『――、……――』
……何か、喋ってる?
人の形をした“それ”は、口をパクパクと動かしている。だが、僕にはその声も意味も届かない。
隣の死神さんも同じく首を傾げていたが、ジンだけは目を細め、視線を逸らさず“それ”を睨み続けている。
『――』
「…お前は誰だ?」
『――』
「巫女の……姉?」
『――』
「…………」
え、会話できてるの?
僕と死神さんは顔を見合わせ、半信半疑のまま耳を澄ます。
『――』
「お前……そいつを喰ったのか?」
『――』
「っ……」
『―――』
ジンの目がわずかに見開かれる。
何を言われたのかは分からないが、その反応から事態の重さだけは察せられた。
ジンは静かに札を構え、“それ”へと狙いを定める。
対する“それ”はゆっくりと両手を広げ、歩みを進めた。
『――』
「………、」
『――』
互いに動きを探るような沈黙が数秒続く。やがて、“それ”が一歩、また一歩とジンへ近付いてきた瞬間――。
「止まれ、死神!」
「っ、だが!」
「大丈夫……こいつは危険じゃない」
「何を言って……?」
死神さんは眉をひそめ、納得できない様子で足を止める。
ジンは懐から札を一枚取り出し、間近に来た“それ”の額へ迷いなく貼り付けた。
「封印――能力呪縛」
札が紫色の光を放ち、“それ”の全身を包み込む。
やがて光が強く収束し、パンッと弾けた瞬間、“それ”の姿は煙のように掻き消えた。
床に落ちた札をジンが拾い上げる。その手元を、僕は呆然と見つめた。
「……今の、何?」
答えは返ってこない。
代わりに死神さんが近付き、低く問いかける。
「ジン。何があった?」
僕はジンの返事を待たず、倒れている巫女様のもとへ駆け寄る。
その身体を反転させた瞬間――息がないことに気付いた。
[ミコ。ノロイ、ナクナッタ。ナクナッタカラ、シンダ。イノチナクナッタ。カナシイ]
「………うん」
ピービーの言葉に、胸が締め付けられる。
肩に飛び乗ってきたクロが頬をすり寄せてくるのを感じながら、そっと撫でる。
[アレス。ミコトオナジ。タスカラナイ。タスカラナイ]
「……え?」
その言葉に血の気が引く。
僕は思わず、戦いの音が響く方向へ顔を向けた。
視線の先――クレイズさんの剣が、アレスさんの胸を貫く瞬間だった。




