呪われた者 ※アレス視点
♪~…
歌声が、耳に届く。
それは懐かしくて、胸の奥がじんわりと温まるような響きだった。
心が自然と静まっていく、不思議な力を持った声。
♪~…
その声は、俺の幼馴染が歌っていたものによく似ていた。
昔、弟と一緒によく聞いたあの歌だ。
村の外れ、大きな木のそば──。
三人で夢中になって、遊び疲れて地面に転がった頃に、弟が「歌って」とお願いする。
幼馴染は渋い顔をしながらも、結局は歌ってくれた。
それがいつもの流れで、あの頃は毎日が眩しいほど楽しかった。
弟は剣の才能を見込まれ、国の騎士になるために村を去った。
それでも、俺は幼馴染の歌声を聞き続け──そしていつしか、歌声だけでなく、その人自身を好きになっていた。
「兄さんも騎士になろう」
そう誘われた時、俺は迷いながらも決意し、幼馴染にそれを伝えた。
……幼馴染の答えは──。
+
♪~…
「……………」
ゆっくりとまぶたを開ける。
目の前には、柔らかな表情で歌を口ずさむ誰かがいた。
心地よい音の波が、まだぼんやりとした意識を包み込む。
──ここは、どこだ?
ぼんやりと歌声を聞いていると、その奥から別の声が混じってくる。
三人……いや、四人か?
まだ上手く動かない頭で必死に数えていると、不意に歌が止んだ。
どうした、と視線を動かす。
その瞬間、歌声の主と目が合った。
「……シャー、リー?」
「……っ、目が覚めた? アレス?」
今にも泣きそうな顔をした幼馴染──シャーリーが、すぐそばにいた。
俺は思わず手を伸ばし、その頬に触れる。
……久しぶりに、触れた気がする。
「だから、何言ってるかわかんねぇっての」
[ピービー。ワカリヤスクシテル。ジン。アタマワルイ]
「あん!?」
「ジン、落ち着いて」
聞き慣れないやり取りに顔を向けると、見知らぬ顔の人物が数人。
ただ、その中に一人──よく知る顔を見つけ、思わず息を呑んだ。
「……クレイズ?」
「クレイズがここまで貴方を運んできてくれたのよ」
「あいつが?」
信じられない気持ちで弟を見やる。
見知らぬ仲間たちと笑い合っているその顔は、俺の記憶の中の弟よりずっと穏やかだった。
「……………」
……俺は、今まで何をしていた?
巫女──ミュレスに勇者としての任を受けてからの記憶が、霧の中のように曖昧だ。
額に手を当てる俺を、シャーリーが心配そうに覗き込む。
「アレス、大丈夫?」
「ああ……大丈夫。心配かけて、ごめん」
そう笑い返した時、自分の身体が傷だらけなことに気付く。
「アレス!」
クレイズが大股で近付いてきたかと思うと、胸ぐらを掴み上げられた。
傷口がズキリと疼く。
「お前、どんだけ馬鹿なんだよ!巫女なんかに誑かされやがって!」
「……は?」
意味がわからず固まる俺の前に、少年が慌てて割って入る。
「ク、クレイズさん! 落ち着いて!」
「止めるな! もう一発殴らないと気が済まねぇ!」
[クレイズ。クレイズ。ナグル。ヨクナイ。ヨクナイ]
少年が抱える小さな球体が、甲高い声で喋る。
舌打ちして手を離す弟を見ながら、俺は少年の方へ視線を向ける。
「ジンー! アレスさんの傷、治せない?」
「俺は攻撃と防御専門!回復は無理!」
少年は残念そうに肩を落とした。
軽く首を傾げて、この少年たちが何者か尋ねると、「ただの旅人だよ」と返ってきた。
どうやら、この国で偶然シャーリーとクレイズに出会ったらしい。
頷きながら考えていると、足元に白いうさぎが近寄ってくる。
「あ……」
「もふちゃん、おいで」
シャーリーが抱き上げたそのうさぎは、昔、俺が村を出る時に贈ったものだった。
ずっと大事にしてくれていたのか。胸の奥が少し温かくなる。
「クレイズさん。短気は嫌われますよ」
[タンキハソンキ。タンキハソンキ]
「……悪い」
弟と少年が言葉を交わしている。
ふと辺りを見渡すと、そこは幼い頃、あの歌声と共に過ごした大木のある場所だった。
──だから、あんな懐かしい夢を見たのかもしれない。
「…………っ」
その瞬間、脳裏に何かが弾けるように蘇った。
眉をひそめ、こめかみを押さえる。焼けつくような鈍痛が頭を駆け抜け、息が詰まる。
異変に気付いたシャーリーが、不安げに名を呼んだ。
「アレス?」
「アレス!どうした!?」
慌てて俺の顔を覗くクレイズ。肩に置かれた手の感触が、遠く感じた。
──その時、耳の奥に囁きが滑り込んだ。
ミュレスの声だ。柔らかいのに、刃のように鋭い。
『勇者の任を果たしなさい』
胸がドクリと高鳴り、無意識に鞘から剣を抜いていた。
クレイズもシャーリーも、目を見開いて俺を見ている。
「アレス!?」
心配の声が届く。だが、その声よりも、頭の中のミュレスの声の方が鮮明だった。
俺は彼らから距離を取り、剣を構える。状況を察したのか、少年と、その仲間たちが警戒しながら近付いてくる。ジンと呼ばれた青年が険しい表情で言った。
「ケアテイカー、気を付けろ。様子がおかしい」
「え?まさかまだ呪いが?」
横で機械的な声が響く。
[ユウシャアレス。ノロイ。ハラッタ。ノロイ。ノコッテナイ]
呪い? なんのことだ。
「おいアレス!お前どういうつもりだ!まさかまだあのエセ巫女に操られてるのか!?」
クレイズの叫びが耳に刺さる。
──操られる?
ミュレスは、そんなことは……。
「アレス!」
再びシャーリーの声。
その瞬間、頭の奥でミュレスの声が重なる。
『邪魔者は、たとえ家族でも……』
胸の奥に黒い衝動が芽吹いた。
気付けば俺はシャーリーに向かって駆け出していた。
「っ!」
シャーリーの瞳が大きく見開かれ、クレイズが彼女を庇うように飛び込む。二人は勢いのまま地面に倒れ込んだ。
「クレイズさん!」
「シャーリー!」
少年たちの声が重なり、ジンが素早く懐から札のようなものを構える。
「シャル、大丈夫か?」
「……クレイズ……」
息を荒げながらも、シャーリーは小さく頷いた。
クレイズはゆっくり立ち上がり、怯える彼女を背に庇いながら俺を睨む。その姿は、まるで姫を守る勇者そのものだった。
俺の耳に、またミュレスの声が落ちる。
『邪魔者は消しなさい』
「っ!」
剣を素早く振り下ろす。
金属音が響き、クレイズが反射的に剣で受け止めた。
「封縛!」
背後からジンが迫る。札を武器のように構え、俺に向けて糸のような光を放とうとする。
咄嗟に距離を取り、かわす。糸が宙を切り裂き、ジンは小さく舌打ちした。
少年と女の仲間も武器を構えていたが、動き出すタイミングを測っているようだった。
一人対四人──さすがに分が悪い。
[アレス。ノロイ。ハラッタ。ワカラナイ。ワカラナイ]
「……呪いは、取り除いたんだよな?」
「そのはずだけど……まだ残ってるのかな?」
訳が分からない。
俺を縛る「呪い」とは、なんなんだ。
──ふと、どこからか甘い声が降る。
「ふふ……引き付けご苦労様、アレス」
振り返れば、いつの間にかそこにはシャーリーの姿があり、彼女のすぐ背後にミュレスが立っていた。微笑みを浮かべ、指先に力を集めている。
「シャーリー!」
クレイズの叫びと同時に、鋭い光が走る。
次の瞬間、ミュレスの腕がシャーリーの胸を貫いた。赤が弾ける。赤く染まった腕を引き抜き、ミュレスは俺に近付いた。
「……シャル……!」
クレイズが駆け寄るが、シャーリーは彼の腕の中で崩れ落ち、足元に血の海が広がっていく。
その光景を見つめながら、俺の胸はドクリと脈打った。
──左目から、一粒だけ涙が零れた。




