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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第3章「双神の巫女」
33/106

勇者VS魔王





 キンッ――金属が弾けるような甲高い音が、部屋の空気を震わせた。

 魔王さんと勇者さんの剣が激しくぶつかり合い、刃と刃が火花を散らす。


 目の前で繰り広げられる激しい戦闘に僕はただ眉を下げ、状況をうまく飲み込めないまま立ち尽くしていた。

 呼吸を忘れたみたいに、視線だけが二人の動きを追う。


 勇者さんがこの部屋に入ってきた直後、少しの間だけ会話が続いていた。

 何を話していたのかは聞き取れなかったけれど、そのやりとりから二人が知り合いであることだけはわかった。

 そして、言葉が途切れると同時に──二人は剣を構え、迷いなく戦いを始めた。


「…ねぇ、君」

[ボクヲサガシテル?]

「探してないよ。…君、ずっとここに居たの?」

[ボク、ナマエ、ピービー。ピービー]

「あ、ごめん。…ピービーはずっとこの城に居たの?」

[チガウ。ピービー、テンソウサレタ。ヒツヨウダカラッテ、ビーニテンソウサレタ]

「びー?」


 丸いその存在──ピービーは、ふるふると揺れながら淡々と答える。

 ビーって誰だろう?

 頭の中で疑問だけが増えていく。


「っ…いい加減、目ぇ覚ませよ!」


 魔王さんが叫び、空中に複雑な魔法陣を描き出す。

 そこから迸る光弾──無数の魔法弾が一斉に勇者さんへと放たれた。

 部屋の空気が焼けるように熱くなる。


 勇者さんは避けきれないと判断したのか、剣を正面に構え、結界を展開する。

 光弾が次々と結界に衝突し、鋭い破裂音と共にひびが走った。

 その様子を見て、勇者さんの眉間に深い皺が寄った。


 ──バキィン!


 結界が砕け散った瞬間、魔法弾が容赦なく勇者さんの全身を打ち据える。

 轟音と衝撃が部屋に響き渡り、勇者さんは背後の壁へ叩きつけられた。


 壁に背中を強打し、膝をつく勇者さん。血の混じった吐息を漏らしながらも、鋭い視線を魔王さんへと向ける。


「お前はあのエセ巫女に騙されてんだよ!なんでまだわかんないんだよ!馬鹿かよ!?」


 魔王さんは、怒気を帯びた声で応じた。

 その声には焦りと必死さが混ざっている。


[マオウクレイズ。ユウシャアレス。フタゴ。フタゴ]

「ふたご?」


 ピービーの言葉に、僕の脳裏に巫女様の声がよみがえる。

 ──彼を勇者にして、弟を魔王にした。

 もしそれが本当なら、この二人は……。


「うるさい! 誰が貴様の話など信じるか!」


 勇者──アレスさんが立ち上がる。

 その身体は傷だらけで、剣を杖代わりにしなければ立っていられないほどだ。


 魔王──クレイズさんは舌打ちし、歯を食いしばった。

 互いの視線が、剣より鋭く交わる。


「もう一度言う!お前たちはあのエセ巫女に騙されてる!儀式も勇者も魔王も全部嘘っぱちなんだ!全部あの巫女の妄言なんだよ!」


 クレイズさんが再び魔法陣を描く。

 もし、満身創痍のアレスさんがもう一度あの魔法弾を浴びれば、命はない。


 僕は息を呑み、拳を握りしめた。

 横で、ピービーが小刻みに震えている。


「それに、俺はあんたの弟だ!顔見りゃわかるだろ!同じ顔なんだから!!」

「黙れ!弟は死んだ!貴様が殺したんだろ!」

「死んでない!ピンピンしてる! お前の目の前で、こうして元気に会話してるだろうが!頭沸いてんのか!!」

「弟を殺しといて何を……っ!国を滅ぼそうなんて、何を考えている!?」

「考えてない!考えるわけないだろ!俺はこの国が大好きだ!お前と同じでな!」

「なら何故滅ぼそうとする!」

「だから!滅ぼそうだなんてしてないっての!どんな耳してんだ!!」


 二人のやり取りは、もはや会話ではなく激しい口論だった。

 アレスさんは勇者として、クレイズさんは魔王ではなく弟として、それぞれ別の立場から叫んでいる。

 だからこそ、言葉が微妙に噛み合わない。


 火花を散らす剣戟と、ぶつかり合う言葉。

 その応酬は、まだ終わりそうになかった。


 そして──。



「だあああ! もおおお! めんどくせぇ!!」


 不毛な口論の末、痺れを切らしたクレイズさんが描きっぱなしの魔法陣に魔力を叩き込み、勢い任せに魔法弾を放った。


 再び迫る光弾に、アレスさんは目を見開き結界を張ろうとするが間に合わない。

 魔法弾は一発も外れることなく、全弾が彼の身体に直撃した。


「ぐあああっ!!」


 衝撃音と共にアレスさんは崩れ落ち、そのまま動かなくなる。

 クレイズさんは眉をひそめ、ため息をひとつ吐いて剣を鞘に収めた。


 これが、魔王の力。

 僕は呆然と、倒れたままのアレスさんを見つめ続ける。


「おい!」

「は、はいっ!?」


 ビクリと肩を震わせて顔を向けると、クレイズさんが顎をしゃくった。


「これから村に行く。お前は人質として俺についてこい」

「……え?」


 ひ、と小さく息が詰まる。


「巫女に会いに行く。……どこから来たかは知らねぇが、この状況だ。利用させてもらうぜ」


 ゆっくりと近づいてきた彼が、口の端を吊り上げる。──顔が近い、そして怖い。


[クレイズ。クレイズ]

「ん?…ああ、そういや居たな、こいつ」


 軽く頭をかくと、クレイズさんはピービーの頭をポンと叩いた。ピービーは僕の腕からぴょんと飛び降り、コロコロとアレスさんの元へ転がっていく。


[アレス。アレス。ユウシャ。ユウシャ]

「そいつ、しばらくは起きねぇぞ!」

[アレス。アレス。ノロイ。ノロイ]

「!」


 ピービーがアレスさんの周囲をぐるぐる回りながら、妙な言葉を繰り返す。

 僕はその意味を考えながら彼に近づいた。


 鞄の中、呪い具現化装置が小さく震えている。

 ピービーが反応し、「ソウチヲツカエ」と短く促した。


 僕は装置を取り出し、アレスさんの胸の上にそっと置く。

 装置はじわじわと彼の身体に沈み込み、数秒後、カチリと音を立てて吐き出された。

 その表面からは、かすかに黒い靄が立ち上っている。


「呪い……?」

[ミコカラノノロイ。ノロイ、デンセンスル。デンセンスル]

「伝染……?」


 呪いが伝染する──?

 一瞬、意味が飲み込めない。


「おい、今アレスに何した?」


 クレイズさんが近づき、眉をひそめて覗き込む。

 僕は一瞬迷ったが、装置を見せながら簡単に説明した。


「呪い…か。それがアレスに憑いてたってわけだな」

「はい。理由はまだ……」

[ミコカラノロイガデンセンスル。シタ。ヤッツケル。ノロイ]


 ピービーの平板な声が部屋に響く。

 クレイズさんは小さく舌打ちし、アレスさんの身体をひょいと担ぎ上げた。


「やっぱり、あのエセ巫女が黒幕ってことだな。なら話は早ぇ。村に行ってぶっ飛ばせばいい」

「ぶっ飛ばすって……巫女様は呪われているだけです。中から呪いを抜けば──」

[ミコカラノロイヲトル。モウフカノウ。フカノウ。ノロイ、ミコクッタ]

「え……?」


 巫女を食べた?呪いが?


[ノロイハイキテル。ノロイモイキテル。タベナケレバソンザイガナクナル]


 生きている呪い――存在を維持するために“食べる”……?

 胸の奥がひやりとしたが、今は考えている暇はない。


「とにかく、今は村だ。余計なことは後回しだ」

「……はい」


 クレイズさんは部屋を飛び出し、僕もピービーを抱き上げて後を追った。


 ジンさんと死神さん、無事だろうか。


[ピービー。ノロイ。ミコ。アレス。クレイズ。ケアテイカー。ノロイ。ケス。ヤッツケル。ヤッツケル]

「ピービー、ちょっと静かにして……」




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