双子の兄弟
その双子は、とある辺境の村で生まれ育った。
幼いころから何をするにも一緒で、互いを唯一無二の存在だと思っていた。
やがて二人は王都の騎士を志し、同じ夢を胸に剣を振るい合う日々を過ごす。
ある日、兄のアレスが村で行われた双神の巫女を中心とする儀式のあと、国を守る勇者に選ばれた。
その瞬間、二人の未来は静かに分かたれる。
アレスは騎士になる夢を捨て、復活した魔王を討つために旅立つ決意を固めた。
その翌日、弟のクレイズは忽然と姿を消した。
気づけば、彼は魔王の城に立っていた。巫女の力によって魔王と化し、胸には魔王の証──十字架の刺青が刻まれていた。
兄を奪った巫女を深く憎み、その命を奪うことだけを願うようになる。
アレスは逆に、魔王を激しく憎んだ。
巫女から「弟は魔王に殺された」と告げられていたからだ。
クレイズはやがて知る。村に古くから伝わる儀式が、巫女の自己満足のために存在しているという真実を。
──その日から、双子の運命は音を立てて崩れ始めた。
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「……っ、待て!待ってくれ!」
アレス・デュラストは森を駆けていた。
追いかけるのは白いうさぎ。小さな口にチェーン付きの懐中時計をくわえ、ひらひらと尻尾を揺らしながら走っていく。
「頼む、それを返してくれ!」
もちろん、うさぎは耳をぴくりとも動かすだけで答えない。
やがて二又の道に差し掛かり、右へと身を翻した。
──右だ。この先には巨大な大木があったはず。
息を整え、アレスは再び駆け出す。
辿り着いたのは拓けた空間。中央には幹の太さが人十人でも抱えきれないほどの大木が立っていた。枝先には、陽を浴びて淡い桃色の花が揺れている。
その根元で、うさぎが懐中時計をくわえたまま首を左右に動かしていた。
アレスは慎重に近づき、そっと抱き上げる。懐中時計を取り戻し、胸を撫で下ろす。腕の中のうさぎは、不思議なくらいおとなしかった。
そのとき──。
♪~……
花の香りを乗せた風とは違う、柔らかな音が耳に届いた。歌声だ。
アレスは顔を上げ、大木の奥に視線を向ける。音はそこから流れてきていた。
うさぎを放し、音に導かれるように歩みを進める。
♪~……
やがて、歌声の主の後ろ姿が見えた瞬間──足元で小枝を踏み、乾いた音が響く。
歌が途切れ、彼女が振り返る。
アレスも思わず声を漏らした。
視線が合った瞬間、胸が強く脈打つ。
彼女は目を見開き、慌てて立ち上がって距離を取ろうとする。
だが、アレスの手が先に伸びた。手首を掴んだ自分に、心の奥で戸惑いが広がる。
──どうして、俺は彼女を止めた?
二人の間に、重く静かな空気が流れる。
お互いの呼吸の音だけが聞こえる中、視線は離れず、言葉も出ないまま時が止まった。
そこで、ふと彼女の視線がアレスの腰元へ向いた。
ズボンのベルトに吊るされた、あのうさぎから取り返した懐中時計──。
目に留めた瞬間、彼女の肩が小さく震える。
「……それ」
「…?」
「その時計…」
「時計?」
不思議そうに眉を寄せ、アレスも視線を落とす。
銀色の懐中時計。小傷は多いが、磨かれた表面はまだ鈍く光を返す。幼い頃からずっと手放さず、唯一無二の思い出を刻み続けてきた宝物だ。
そのことを簡単に話すと、彼女はふっと口元を緩めた。ほんの一瞬、柔らかい笑みが零れる。
それを見た途端、アレスの胸の奥で何かが静かに跳ねた。
──不思議だ。
この笑顔を見ていると、荒れていた心が水面のように静まり返っていく。
「……あっ」
「!」
「そろそろ帰らなきゃ。ミュ……巫女様に怒られちゃう」
「巫女様?」
その呼び方に、アレスは思わず眉をひそめる。
彼女は慌ててぺこりと頭を下げると、振り返る間もなく駆け出していった。
遠ざかる背中を見送りながら、アレスは呟く。
(巫女様に……仕えているのか?)
思考が絡み合う前に、我に返る。
(……俺も、そろそろ出発しないとな)
歩き出しかけたところで、ふと足が止まる。
「あ……名前、聞きそびれた」
どこかでもう一度会えるだろうか──そんな淡い願いを胸に抱き、踵を返す。
あのうさぎに足を止められなければ、この出会いはなかっただろう。
妙な縁に、ほんの少しだけ感謝する。
アレスは静かな足取りで来た道を戻っていった。
……次に向かうべき目的地は、すでに決まっている。




