vs.巫女の呪い・1 ※死神視点
村の中心。赤黒い空の下、巫女は宙に浮かび、禍々しい瘴気を全身から噴き上げていた。
私とジンは対峙する形で立つ。黒猫は、シャーリーと共に離れた場所に避難していた。
具現化装置がない以上、巫女の身体から呪いは取り出せない。このまま一時退散という事も出来るが、簡単には逃がしてはくれない状況だ。
──私たちだけで、やれるのか。
──いや、やるしかない。か。
「……ジン、あの結界は壊せるか?」
「どうだろうな。やってみる」
返事と同時に、ジンは札を取り出し、瞬時に投げ放った。札は巫女の背後で、黒煙のような符術の刃を展開する。
私もそれに合わせて槍を顕現させ、足場を蹴った。
──一撃で仕留める。
槍の刃先が巫女へ届く刹那、巫女の瞳がこちらを捉えた。
赤い閃光。次の瞬間、衝撃波のような力が爆ぜ、私の身体は空中で弾き飛ばされる。
「……ッ!」
地面を数度転がってから立ち上がる。骨まで響く衝撃。
「死神!」
ジンの声に振り向くと、彼は既に別の札を構えていた。
「援護を頼む!」
「任せろ!」
私は再び槍を握り直し、地を蹴る。ジンの札が巫女の周囲で光の輪となって展開し、視界を覆い隠した。
その一瞬、私は巫女の背後に回り込み、槍を振り下ろす──だが。
「甘いわ」
巫女の声が耳元で響く。
背後を取ったはずが、次の瞬間には首筋に爪先が触れていた。いつの間にか、彼女は私の真後ろに移動している。
そこから放たれた衝撃で、視界が一瞬白く弾けた。
気付けば地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。
「……なんなんだ、この力は…っ」
これが呪いの力か。低く吐き捨て、私は槍を支えに立ち上がった。巫女を見ると、愉快そうに笑っている。
「ふふ。力の差は歴然ね。でも、よくやっているわ」
その言葉と共に、赤黒い鎖が地面から無数に伸び、私とジンを絡め取ろうと迫る。
私は槍で鎖を切り払い、ジンは光の壁を展開するが、鎖はまるで意思を持つ蛇のように回り込み、足を狙ってくる。
「っ、まずい!」
ジンの足首に一本が絡みついた瞬間、私は躊躇なく槍を投げた。刃が鎖を断ち切り、彼は辛うじて飛び退く。
「悪い!」
「礼はあとだ、来るぞ!」
巫女が片手を上げた。
空がさらに濃く、禍々しく染まる。次の瞬間、私たちの足元から鋭い黒い杭が幾重にも突き上がり、避ける暇も与えず全方位から襲いかかる──。
力が、あまりにも隔絶している。
このままでは、押し潰される。
黒い杭の嵐をかろうじて切り抜けた瞬間、巫女はふっと動きを止めた。
まるで、十分に遊んだ後のように。
「もういいわ。……十分に遊んだでしょう?そろそろとっておきのを見せてあげる」
その声に、背筋が氷のように冷たくなる。
巫女は両手をゆっくり広げ、空の瘴気が渦を巻きながら一点へと集束していく。
空が裂け、赤黒い光の柱が形を成す。周囲の空気が歪み、耳が軋む音が響く。
「……ッ、あれは!」
瞬時に理解した。私の槍も、ジンの札も、この規模には到底届かない。
しかし──
「死神、こっちに来い!」
ジンが短く叫ぶ。
「クロとシャーリーさんもこっちに!早く!」
「は、はい!」
[にゃあ!]
声を張り上げてクロとシャーリーも呼び寄せ、彼はその札を地面に貼り付け、呪文をとなえる。
「結界・《包月》!」
瞬間、私たちの周囲に半透明の半球が展開される。空気が重くなり、音が外界から遮断された。
直後、巫女の掌から放たれた光の柱が村を呑み込んだ。
地面が砕け、家々は跡形もなく粉砕され、熱と衝撃が一斉に押し寄せる。
結界の外側はただの光と瓦礫の奔流──まるで世界の終わりを、薄い膜一枚隔てて見ているようだった。
視界の全てが赤黒く染まり、轟音が骨を揺らす。
だが結界は破れない。ジンの額から汗が滴り落ち、唇がわずかに震えている。
「…っ、…頼む…!保ってくれ!」
やがて、光が収まり、轟音も遠ざかる。
結界が消えると、そこには……瓦礫も、家も、人影すらも、何一つ残っていなかった。
ただ、焦げた大地と、ゆらめく熱気だけが広がっている。
巫女はその光景を見下ろし、満足げに微笑んだ。
そして、ふっと空気と共に掻き消えるように姿を消した。
「っ、」
「ジン!」
[にゃあ!]
結界が消えると、力を使い果たしたジンが意識を失くし、ドサリと倒れる。
残されたのは、私たち三人と黒猫だけ。
村は──もう、どこにもなかった。




