ケアテイカーは何処に? ※死神視点
[にゃあ]
「…………、駄目だ。全然わかんねぇ」
ケアテイカーと別れたあと、私は村の中を歩いていた。通りを抜け、井戸の脇を過ぎたところで、シャーリーと鉢合わせる。
軽く挨拶を交わすと、彼女は「ちょうど良かった」と私を誘い、巫女の家へと向かうことになった。
巫女の家の前では、ジンがしゃがみ込み、ケアテイカーの飼っている黒猫と向き合っている。
猫の足元の地面には、何やら細かい線で描かれた魔法陣。ジンはそれを睨みつけながら、何度も首をかしげていた。
「何をしている?」
[にゃあ!]
黒猫は私の姿を見るやいなや、魔法陣から離れて飛び付いてきた。しっかりと抱き止めると、その小さな顔には焦りのようなものが浮かんでいる。
「…どうかしたのか?」
「それが、さっぱりわかんねぇんだ」
ジンは立ち上がり、ため息交じりに答える。
黒猫は私の腕から飛び降り、巫女の家の木製の扉をカリカリと爪で引っ掻いた。ジンと視線を交わすが、どちらも「?」が頭に浮かぶばかりだ。
「…そういえば、ケアテイカーはどうした?」
「さぁな。それもさっぱり。巫女様のことを聞き回ってたら、あいつが慌てた様子で走ってきて、そのまま引っ張られてここに来た」
「……………」
腕を組み、思案する。
魔法陣について尋ねると、ジンはばつの悪そうな顔をした。
黒猫の言葉を理解するため、知識と想像を総動員して試みた結果がこれらしい。……結果は見ての通り失敗だが。
「猫ちゃん、そんなにカリカリしたら駄目だよ」
[にゃあ!]
シャーリーが近付き、扉を開けた瞬間、黒猫は素早く家の中へ駆け込んだ。私とジンも後に続く。
奥の部屋では、巫女が一人で腰掛けていた。私たちに気付くと、穏やかに微笑む。
「あら、シャーリー。おかえりなさい」
「ただいま戻りました、巫女様」
[にゃあ!]
「あら、お客さんも一緒なのね。何か私にご用かしら?」
黒猫は巫女に向かって低く唸り、毛を逆立てている。
ジンが抱き上げるが、猫は暴れ続けた。部屋の中を見回すと、巫女を囲むように置かれた蝋燭と、天井から吊るされた石が目に入る。それ以外に怪しい物はない。
[にゃああ!]
「っ、おい、どうしたんだよ? 暴れんなって!」
「随分と元気な黒猫ちゃんね。……誰かを探しているのかしら?」
[にゃあ!]
巫女はゆっくりと近付き、黒猫の頭を撫でようとした。
しかし、黒猫は牙を剥き出しにし、鋭い爪で彼女の手を引っ掻く。赤い線が走り、血が滴る。
「あ、おい…!」
「ふふ。本当に元気な黒猫ちゃんだこと。……先ほど来た飼い主さんとそっくり」
「? ケアテイカーがここに?」
私が問い返すと、巫女は頷き、少し楽しげに語る。
「あの子、とっても賢い子なのね。話していて面白かったわ」
「ケアテイカーはそのあとは?」
「話をしたあと、すぐに帰っていったわ。……戻っていないの?」
[にゃあ!]
巫女が首を傾げる中、黒猫はなおも威嚇を続ける。
その様子に、胸の奥に小さな違和感が芽生えた。ジンもまた、眉をひそめて黒猫を見ている。
黒猫が一匹だけでここにいること自体、おかしい。
こいつはいつも、ケアテイカーの肩か鞄の上が定位置だ。
……なぜ、一匹なんだ?
……ケアテイカーは、どこへ行った?
「…………」
巫女に悟られぬよう、私は視線をゆっくりと部屋の隅々まで巡らせた。
黒猫がいまだに巫女への威嚇を解かないのは──単なる呪いの気配だけではない。
他にも、何か理由がある。
ふと、巫女の足元に転がる小さな石が目に留まった。
二つに割れ、欠片が床に散らばっている。
「巫女。その足元の石は何だ」
「石?……ああ、これのことね」
巫女はしゃがみ込み、石を拾い上げる。
割れたそれを見つめ、眉を下げた。
「あらあら、残念。壊れてしまったのね」
「巫女様、それは?」
シャーリーが問いかける。
その瞬間、巫女はふっと口元を緩めると、石をそのまま口へ放り込んだ。
ガリ、ガリ……と、嫌な音が響く。
あまりの行動に私も、ジンも、息を呑んだ。
「! 巫女様!?何を──」
「何をって……ゴミを片付けただけよ?ほら、綺麗になったわ」
「……マジか」
ジンが呆れとも困惑ともつかぬ声を漏らす。
私は眉をひそめ、背後に槍を顕現させた。
「巫女。一つ聞きたい」
「……何かしら?」
「ケアテイカーと話をした、と言ったな。何を話した」
「何をって……ただの世間話よ?」
巫女の両目が、じわりと赤く染まり始める。
その変化に、シャーリーの肩が小さく震えた。
ジンは懐から札を取り出し、私と同じく警戒を強める。
「……巫女。もう一つ聞く」
「もう、質問が多いわね」
「……ケアテイカーをどこへやった」
声を低く落とすと、巫女は一瞬だけ無表情になり、鋭い視線を私へ突き刺した。
しかしすぐに、口の端を吊り上げる。
「あの子なら、もうこの村にはいないわ」
「!」
「あの子は今、魔王の城にいるの」
魔王の城──?
聞き覚えのない地名に、私の中で警戒が跳ね上がる。
「あの子はね、私に向かって攻撃してきたのよ。だから私は自分を守っただけ。……正当防衛よ」
「巫女様、どうしてそんなことを……」
シャーリーの前に出て、私は槍の穂先を巫女へ向けた。
「巫女。魔王の城とやらはどこにある」
「……さあ。どこだったかしら?」
「しらばっくれるな。今ここで吐けば何もしない」
「……吐かなかったら?」
「力づくで吐かせる。……口が残っていれば、の話だがな」
私の言葉に、巫女は目を細める。
そして、くすくすと笑い声を漏らした。
「何がおかしい」
「ふふ……ごめんなさい。あなたたちがあまりに真剣だから、つい」
次の瞬間、巫女の身体を赤黒い結界が覆い、宙へ持ち上げる。
天井が破れ、吊るされていた装飾品が床に散らばった。
巫女はそのまま、村の上空へと飛び去っていく。
私は小さく舌打ちをした。
「巫女様……」
シャーリーが天井の穴を見上げ、肩を落とす。
その場に崩れ込む彼女に歩み寄り、私は膝をついた。
「シャーリー、よく聞け。あの巫女は呪われている」
「……のろ、い……?」
「ああ。今から私たちは、その呪いを払いに行く。おぬしはここで待て」
「……巫女様は、助かるのですか?」
「ああ。必ず助ける。……信じて待て」
口元をわずかに緩める。
だが心の奥では、冷たい疑念がくすぶっていた。
巫女の身体から呪いを抜くには、神から授かった具現化装置が必要──それを持っているのは、今ここにいないケアテイカー。
装置がなければ、あの巫女の呪いは祓えない……。
「お願いします……!巫女様を……助けて……!」
シャーリーの懇願に頷き、私は立ち上がる。
外へ出ると、空はすでに赤黒く染まっていた。




