後悔、先に立たず
「お、お邪魔しまーす……」
完全に腰が引けている。
──こういうの、本当に僕には向いてない。
自分に言い聞かせつつ、巫女様の家に足を踏み入れ、彼女が居る部屋へと進む。
部屋の中央には巫女様が座り込み、じっと天井を見つめていた。
その周囲には等間隔で蝋燭が並び、炎がゆらゆらと揺れている。
天井からは、言葉にしづらい形状の何かが紐で吊るされていた。
それを見た瞬間、思わず口から漏れる。
「うわ……」
僕の声に気付いた巫女様が、ゆっくりと顔を向けた。
さっきはなかった──二本の赤い線が、彼女の頬にくっきりと描かれている。
「ああ。来たのね。……どうぞ、その辺に座って?」
「ど、どうも……」
入ったことを、早くも後悔していた。
恐る恐る足を運び、出入口からできるだけ離れない位置に腰を下ろす。
……この部屋、なんなんだ。
暗い、怖い、妙な圧迫感。
こんな場所で、シャーリーさんはいつも巫女様と一緒に過ごしているのか。僕なら一日も持たない。
「神秘的でしょう? この部屋」
「え?」
巫女様は微笑みながらそう言った。
僕は周囲を見回し、口をつぐむ。
──神秘的、?
「私はね、この部屋に“彼”を連れてきたの」
「……?」
「それでね。私、彼を勇者にしたの」
「………はぁ」
何の話なのかよくわからないまま、僕は黙って耳を傾ける。
巫女様はまた天井を仰ぎ、黒く艶やかな髪が蝋燭の光を反射する。服装と相まって、不気味さすら漂わせていた。
「私は、彼を自分のものにしたかったの。昔から。……でも、彼は私よりもあの娘に夢中だった」
「………………」
「シャーリー。……あの娘と彼は幼馴染で、互いに想い合っていた。それが許せなかったのよ」
──あの写真だ。
昨日、シャーリーさんの家で見たあの写真の人たち。
「どうしても私は彼を……アレスを手に入れたかった。だから私はね、彼の記憶からあの娘の存在を消したの」
「…………は?」
耳を疑った。
記憶を……消す?
「私は巫女だから、それくらいのことはできる。そして彼を村から出し、この国を滅ぼそうとする魔王と戦わせたの」
あー……うん。
正直、何を聞かされているのか全然わからない。
「それからね、彼には双子の弟がいた。……名前は忘れてしまったけど」
巫女様がゆっくりと僕の方を向く。
その瞳が──ぞっとするほど、赤く光っていた。
背筋に冷たいものが走り、思わず息を呑む。
「その弟をね……どうしたと思う?…魔王にしたのよ。アレスが勇者になったあと、私は弟くんを魔王にして、国の端っこにあるお城へ飛ばしてしまったの」
ふふふ……と、喉の奥から不気味な笑いが漏れる。
巫女様はゆっくりと立ち上がり、天井から吊るされた奇妙な物の中から、小さな石を一つ手に取った。緑色の光が脈打つように明滅している。
「弟くんが突然いなくなった時、アレスは私に言ったわ。…弟が行方不明になったって。私は彼に嘘を吐いたの。『弟くんは魔王に殺された』ってね」
「………………」
「そうしたら彼、『魔王を殺す』って言ったのよ。ふふ……滑稽でしょう?憎しみを抱えたまま、まっすぐ魔王の元へ向かって行ったの」
巫女様は言いながら、その石を僕の足元へ放った。
床を転がるにつれて光は強まり、目を細めなければ直視できないほどになる。
「シャーリーは泣いていたわ。昨日まで笑っていた大好きな人が、翌日には自分を忘れ、他人行儀になったんですもの」
何も言えなかった。
──いや、言ってはいけないと直感した。
この話に踏み込めば、何か取り返しのつかないことになる。巫女様の放つ圧は、そう警告していた。
「……ねぇ、その石、何かわかる?」
「?」
「それはね、転送石。指定した人物をここから別の場所に送る、優れものよ」
「転送石……?」
「光を放ってから数秒で発動するわ。命令ひとつで、近くの者を遠くへ送れるの」
「!」
その瞬間、悟った。
──この人、僕をどこかへ飛ばすつもりだ。
「ふふ……私が気づかないとでも思ったの?ケアテイカーさん」
「……っ」
不気味な笑みが再び浮かぶ。
反射的に立ち上がり、手のひらに風を纏わせる。勢いよく巫女様へと放つが──
瞬間、彼女の身体が何かの膜のようなものに包まれ、風は触れる前に霧散した。
「!」
「無駄よ。あなたごときに、私が倒せるはずないでしょう?」
ぶるぶると呪い具現化装置が大きく震える。赤く光る巫女様の瞳に、背筋が凍りつく。
──これは、シュリーナの時とは明らかに違う。
本当に、あれが巫女様なの?
「さようなら、ケアテイカーさん。魔王によろしく」
「……っ、ま──!」
巫女様が手を伸ばし、石に命令を与える。光は一気に強まり、僕の身体を包み込んだ。
抗う間もなく、意識が遠のく。
──そして僕は、石の導くまま、この場から引き剥がされ、別のどこかへと送られてしまった。




