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線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第3章「双神の巫女」
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巫女様の家へ





 翌日。


 朝の空気は冷たく澄んでいて、村の端まで続く小道にはまだ夜露が残っていた。僕は靴底でその水滴を踏みつけながら、巫女様の家を目指して歩く。

 目的は“村の探索”という名目だが、本当の狙いはもちろん──。


 巫女様の家は村の外れにぽつんと建っていた。シャーリーさんの家や他の家と比べるとずっと小さく、背丈の低い木柵に囲まれている。

 庭らしい庭もなく、背の高い草がまばらに生えているだけだった。


 聞いた話では、シャーリーさんは普段この家で巫女様と共に過ごしているらしい。

 その割に、外観からは“村の長”らしい威厳や豪華さはまったく感じられない。


[なんかちっちぇ家だな]

「うん。…村の長っていうくらいだから、もっと大きな家を想像してたよ」


 頭の中には、以前訪れたシュリーナの広い屋敷が浮かんでくる。

 敷地の入口をくぐり、玄関扉の前に立つ。周囲はひっそりとしていて、家の中からは物音一つ聞こえない。ジンと死神さんは別行動で、村の人から巫女様の情報を集めている最中だ。


[どっかに窓とかないのか?]

「覗くの?」

[家の中に居なければ、そこから入って家探(やさが)しできんじゃん]

「家探しって…」


 まるで空き巣だ。そう口にすると、自分で言っておいてため息が出る。

 けれどクロの言う通り、もし中に入れれば手掛かりは見つかるかもしれない──そう考え始めた、その時。


「うちに何か用?」

「!?」


 背後から声。肩が跳ね上がり、心臓が一瞬止まった気がした。

 振り向けば、そこには巫女様。昨日と同じ、不思議な衣装。近くで見ると、その瞳の奥は笑っていない。

 背の高さも相まって、圧迫感が凄まじい。


 ──声を掛けられるまで、まったく気配を感じなかった。どうやって背後に…?


「ふふっ、驚かせちゃったかしら? ごめんなさい」


 巫女様は口元だけを緩める。足元からは土の匂いと、わずかに甘い香りが漂っていた。


「貴方は確か昨日、シャーリーの家で会ったわね」

「…はい。こんにちは」


 装置が、昨日と同じようにふるふると震え始める。

 僕は慌てて両手で鞄を押さえ、その揺れが巫女様に見えないようにした。


「それで、うちに何かご用?」

「あ、えっと! その…シャーリーさんに巫女様の家を聞いたので、村の探索がてら…見に来たというか…」


 少ししどろもどろに説明すると、巫女様は静かに頷いた。

 クロが低く唸り声を上げ、牙を剥く。それを見て巫女様はくすりと笑い、手を伸ばすが、クロは頭を引いて威嚇を続けた。


「可愛い黒猫ね。…ふふ、私って昔から動物とは相性が悪いみたいで、いつもこうなっちゃうのよ」


 その声色には、なぜか“嬉しそう”というより“諦め”が滲んでいる。


「そうだ。もしお時間があるなら、うちに寄っていってくださいな。大したおもてなしは出来ませんけど…貴方とお話がしたいわ」


 そう言って、巫女様は家の中へとゆっくり歩き出す。

 その背が離れていくにつれ、装置の震えは少しずつ弱まり、やがて止まった。


[あのババアなんか怖い]

「ババアって言っちゃ駄目だよクロ」

[………で、どうすんだ? 誘われたけど、行くの?]

「うーん…」


 本来ならジンたちを呼びに行くべきだ。でも──呼びに行っている間に、巫女様が動いたら…?

 考えるほどに胸の奥がざわつく。


 もしもの時に備えて、ジンと死神さんには近くまで来てもらった方がいい。

 そう判断した僕は──。


「…クロ。ジンたち連れてきてくれない?」

[えっ、一人で行くのか?]


 クロの声に露骨な驚きと不安が滲む。

 僕は無言で頷き、眉をひそめた。


[危険だって!あのババアの中には呪いが居るんだぞ!?もしお前が呪いを倒しに来たってバレたら…!]

「大丈夫。それよりも、クロが二人を連れてきてくれれば問題ないよ」


 なるべく軽く言ったつもりだったけれど、クロはまだ納得していない顔をしていた。


[………、もし、連れてこられなかったら?]


 小さく問うその声音が、逆に僕の胸を締めつける。

 不安なのは僕も同じだ。でも今は、あえて笑うしかない。

 僕は口元を緩め、クロの柔らかな頭を撫でた。


「絶対連れてくるでしょ。僕は信じてるから、クロのこと」


 クロは一瞬、耳をぴくりと動かし、口を開きかけて──結局何も言わなかった。

 ただその目に浮かんだ一瞬の揺らぎが、余計に僕の覚悟を固めさせる。


 再び笑い掛けると、クロは未練がましく僕を見上げ、それから村の奥へと駆けていった。

 黒い影が角を曲がって消えるのを見届けると、あたりは急に静かになる。


 ……もう、戻れない。


 僕は両頬を叩き、深呼吸を一つ。


「大丈夫。大丈夫。心配するな、僕……」


 心の中で何度も唱える。鼓動がやけにうるさい。

 目の前の小さな家は、さっきよりもずっと重苦しく見えた。


「………っ、よし」


 意を決して一歩踏み出し、僕は巫女様の家の中へ足を踏み入れた。



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