巫女様
「ここが、私の住む村です」
クリーム色の髪をした女性──シャーリーさんに案内され、僕たちは森を抜けた。
木々の間から覗く空は、すでに夜の色に染まっている。濃い藍色に沈む世界の中で、わずかな人工星の光が揺れていた。
足元の土道は暗く、踏みしめるたびに乾いた音を立てる。村の入口は、まるで森の懐に抱かれているかのようにひっそりと佇んでいた。
シャーリーさんの住むのは、小さな村──いや、集落と言った方が近いかもしれない。並ぶ家は十軒にも満たず、木造の屋根が月明かりを受けて柔らかく光っている。
思わず口を開けて、僕は「はー」と小さく声を漏らした。
「珍しいですか?」
不意に尋ねられ、慌てて姿勢を正す。
「えっ、あ…ええと」
「ふふ。大丈夫です。初めて見る方は驚かれるでしょうね」
笑みを浮かべるシャーリーさん。その横で、クロも興味津々といった様子で首をキョロキョロさせていた。
「地球が箱に包まれてから、こういう村は他の国では無くなったと聞いています。だからこの村には時々、物珍しさから貴方たちみたいな旅人がやって来るんですよ」
言われてみれば、確かに他の国でこうした素朴な村は見かけない。本で読んで「本当にあるのだろうか」と半信半疑だった光景が、今こうして目の前にある。
…あとで、少し歩き回ってみたい。
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案内されたのは、村の中心に建つ一軒の家。家というよりも、こぢんまりとした小屋の方がしっくりくる。木の扉をくぐると、鼻をくすぐる木材の匂いと、ほんのりとした暖かさに包まれた。
奥の部屋へと通され、シャーリーさんは「ご飯を用意しますね」と言って台所へ向かう。
奥の部屋には、木製のテーブルと椅子が一組、壁際にはベッドと背の低い棚が一つ。生活感はあるが、物は少なく整っている。
ここが、彼女の暮らす場所なのだろうか。
「…………ん?」
棚の上に、小さな写真立てが置かれていた。指先でそっと持ち上げると、うっすら埃が積もっている。拭い取って覗き込むと、シャーリーさんと、二人の男性が並んで写っていた。三人とも笑顔で肩を寄せ合っている。
「その人たちは私の幼馴染です」
「!」
振り返ると、いつの間にかシャーリーさんが戻ってきていた。手には湯気の立つスープやパンの乗ったトレイ。彼女は写真を見ている僕の隣に立ち、少し寂しげに目を細める。
眉を下げた表情が気になり、僕は首を傾げた。
──その時。
「こんばんは。シャーリー」
僕たちの声ではない、誰かの声が窓の外から聞こえてきた。視線を向けると、黒髪の女性が月明かりを背に立っている。彼女は軽く窓ガラスをコンコンと叩き、開けてほしいと合図した。
窓を押し開けると、両足で縁を跨ぎ、しなやかな動きで部屋に入ってくる。
「こんばんは。シャーリー」
改めてそう告げると、シャーリーさんは深々と頭を下げた。
「巫女様。…訪ねてきてくれるのは結構ですけど、窓から入ってくるのはどうかと」
「あら、いいじゃない。普通に扉から入るより面白いわ」
黒髪の女性──巫女様と呼ばれたその人は、唇を隠してくすくす笑う。その視線がやがて僕たちに向き、少し首を傾げた。
「この子は? それに、あの人たちも。…お客様かしら?」
「あ、はい。えと、森の中で迷子になってしまったらしくて。もふちゃんを見つけてくれたお礼も兼ねて連れてきたんです」
「…そう」
短く応じた瞬間、僕の鞄の中で呪い具現化装置がブルッと震えた。外からでも分かるほどの大きな振動に、僕は肩を跳ねさせる。
ジンと死神さんも、その異変に気付いて視線を交わしていた。
「ゆっくりしていってくださいね。まぁ、と言ってもこの家には何もないけれど」
そう言い残し、巫女様は音もなく部屋を出て行った。
窓から入ってきた時と同じく、去り際も不思議な軽やかさだった。
その背中が見えなくなると、シャーリーさんは深く息を吐き、ゆっくりと窓を閉めた。装置の震えは次第に収まり、僕も胸の奥で小さく息を吐き出す。
「…ごめんなさい。吃驚したでしょう?」
「あ、いえ…」
──別の意味で吃驚しましたけど。
「さっきの方はミュレス様。この村の長を務める巫女様です」
「巫女…?」
「ええ。私は巫女様の側近で……だから、こうしてたまに彼女が訪ねてくるんですよ」
そう言いながらも、シャーリーさんは小さく肩を竦める。
窓から入ってきたのは、今回が初めてらしい。眉を下げて苦笑する。
「昔から、ちょっとトリッキーなことが大好きな方なんです。おかげで、私も驚かされることには慣れました」
「はぁ…」
「……思えば、そのおかげで、突然の……彼の旅立ちにも驚かずに済んだのかもしれません」
そう言って、視線が自然と棚の上の写真へ向かう。写真立ての中の笑顔を、指先でそっとなぞるように見つめるシャーリーさん。
その表情に何か言いかけたけれど、彼女は小さく首を振り、すぐに立ち上がった。
「では、少し巫女様のお相手をしてきますね」
そう告げて部屋を出ていく。扉が閉まったのを確かめると、ジンと死神さんがこちらに歩み寄ってきた。
「ケアテイカー。装置に反応があったのか?」
「うん。さっきの震え……凄かった」
「ということは、呪いは」
「あの“巫女様”っていう人の中にいる」
言い切ると、三人の間に短い沈黙が落ちる。
互いに顔を見合わせ、頷き合う。
──巫女様が呪いにかかっているとわかった以上、予定は変更だ。
街へ向かうのは中止。まずは彼女に近付き、呪いを具現化させる方法を探らなければならない。
「どうする?今回は、シュリーナの時のようにはいかなそうだぞ」
「……うーん」
頭の中でいくつもの案を組み立てては崩す。
窓から現れるような自由奔放な人を、どうやって自然に引き寄せればいいのか──。
とにかく、何か方法を考えなくては。




