表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第3章「双神の巫女」
25/106

迷子の三人





 森の中。


「……なぁ、さっきもここ通らなかったか?」

「ん?そう?」

「気のせいではないのか?」

「気のせいなわけあるか。ほら、この木の傷、さっきも見たぞ」


 ジンは腕を組み、眉間に皺を寄せる。


 僕たちが今いるのは、次の目的地の街の手前に広がる森。

 街の位置は上空からしっかり確認した。降り立ったのは、その真下に広がっていたこの森だ。

 そこから真っすぐ街を目指して歩き始めた──はずだった。


 この森は思っていた以上に広く、木々は密集し、枝葉が頭上を覆って昼間だというのに薄暗い。見えないわけではないけれど、光が乏しいせいで時間の感覚が狂ってしまう。

 降りたのは昼過ぎだから、たぶん今はまだ夕方前……のはず。


「本当に?嘘じゃなくて?」

「こんなんで嘘つくかよ」


 言われて木の傷を確認すると、確かに見覚えがある。……ような気がする。死神さんはよくわからないらしく、ジンと同じように腕を組んでいた。


「それに、あそこの枝。変な形してるだろ。覚えてる」

「……じゃあ僕たち、戻ってきちゃったってこと?」

「そうなんじゃねえか?」


 ジンの一言に、僕は目を見開く。


 えー……何それ、すごく時間の無駄。


[……なぁ、迷ったのか?]


 肩に乗っているクロが小声でつぶやく。

 真っすぐ進んでるつもりだったのに。どうしてこうなったんだろう。


「迷子か」


 死神さんがぽつりと呟き、ジンが大きくため息をついた。……うん、確かにその通り。今の僕たちは絶賛迷子中だ。


「なぁ、街の位置はわかってるんだよな?」

「うん。ちゃんと見たよ」

「そこに向かってたはずだよな?」

「うん。それは間違いない」

「じゃあ何で迷うの?」

「……わからない」


 地図はないし、このまま勘で進んだらもっと迷うかもしれない。最悪、遭難だってありえる。そうなったら夜を迎える前に動けなくなってしまう。


 どうしよう。

 眉間に皺を寄せ、顎に手を添えながら考え込む。ああでもない、こうでもないと頭を捻っていると──


「……ん?」


 ジンが僕の方を見ている、その時だった。ガサガサっと草をかき分ける音が聞こえた。反射的にそちらを向くと、小さな白いうさぎが足元へぴょんと跳び出してきた。鼻をひくひくと動かして、こちらを見上げている。


「うさぎ?」

「!」


 白く、垂れ耳のうさぎ。

 なんでこんな場所に……と不思議に思いつつ抱き上げた瞬間、ジンが「うおっ」と変な声を上げた。


 見ると、彼は誰かとぶつかったらしい。


「あっ、ご、ごめんなさい! 前を見てなくて……」


 ぶつかった相手は慌てて頭を下げた。声の主は若い女性のようだ。ジンの背中に思い切りぶつかったらしく、女性の額はうっすら赤くなっている。


「あの、お怪我はありませんか?」

「ああ。俺は大丈夫だけど……そっちは? 額、切れてないか?」

「え? ああ、大丈夫です。これくらい放っておけばすぐ治ります。……って、あ! やっと見つけた! もふちゃん!」


 ジンと女性のやり取りを耳にしていた僕は、突然の大声に少し肩を跳ねさせた。

 女性がぱっとこちらを向く。その目はまっすぐ僕に──いや、僕が抱えているものに注がれている。


 近寄ってきた彼女は、安心したように眉を下げる。


 ……もふちゃん?


「もう、突然いなくなるから心配したよ!」


 どうやら彼女は、僕が抱いているこの白いうさぎを探していたらしい。


「……このうさぎ、お姉さんの?」

「ええ。もふって言います。この子、目を離すとすぐどこかへ行っちゃうんです。見つけてくださって、本当にありがとうございます」


 うさぎの頭を撫でる彼女の表情は、やわらかな笑みで満ちていた。


 ……盛大な勘違いが生まれている気がするけど、今はあえて訂正しないでおこう。


 僕たちはひとまず事情を説明し、街へ向かうための道を教えてもらうことにした。


「街への行き方、ですか?」

「はい。実は僕たち、完全に迷子でして……」


 口にしてみると、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。

 着いたばかりとはいえ、情けない話だ。


「ごめんなさい。私、街へ行ったことがなくて……道はわからないんです」


 女性は申し訳なさそうに眉を下げた。

 その答えに、僕とジンは顔を見合わせる。──つまり街行きは絶望的。となれば、この森で野宿の可能性が濃厚に……。

 嫌だ。全力で嫌だ。


「あ、そうだ。もし良かったら私の住む村に来ませんか?」

「え?」

「もふちゃんを見つけてくれたお礼もしたいですし、それにもうすぐ日が暮れます。夜の森は危険ですから」


 真剣な口調だった。

 ありがたい申し出だ。断る理由は……少なくとも今の僕たちにはない。


 再びジンと視線を交わす。確かにこのまま別れて街を目指しても、今日中に着ける保証なんてない。ならば安全策を取るべきだ。


 ──リスクは全力で回避すべし。


「……いいんですか?」

「ええ、もちろん。じゃあ、ついてきてください」


 女性は微笑み、くるりと背を向けて歩き出す。

 僕たちもその背を追い、森の小道を進んだ。


 夕暮れの森は、昼間とはまるで別の顔をしていた。

 空の端は淡い茜色に染まり、木々の影が地面に長く伸びている。ときおり枝葉を揺らす風が、遠くから獣の匂いを運んできた。


「……静かだな」


 前を歩くジンがぼそりとつぶやく。


「日が沈む前って、森の動物たちも身を潜めるんですよ」


 女性は振り返らずに答えた。


「夜行性の動物も多いですし、森の奥では……あまり大きな声を出さないほうがいいです」


 その言葉に、僕の肩が跳ねる。

 足元には落ち葉が積もり、踏みしめるたびにかさりと音がする。

 薄暗がりの中、女性の背中だけが一定の速さで揺れ続けているのが心強かった。


 やがて、木々の向こうに小さな灯りが見えた。


「あれが、うちの村です」


 胸の奥にほっとした空気が広がる。


 鞄の中の呪い具現化装置は、まだ静かに眠っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ