暇潰し
「……私の“呪い子”が一つ、死んだ」
某国――神華城。
かつては神威城と呼ばれたその城の最上階、長い廊下の果てにある玉座の間。
数十本の蝋燭が照らす王の椅子に、紫の髪の女――レアフィリス・スォールは頬杖をついて座っていた。
視線の先では、銀色の鎧を纏った男が静かに跪いている。
「おぬしには、わかっておろう。"誰が"呪いを祓ったのか」
低く問いかける声に、男は沈黙で応じた。
「あれは私の最後の暇潰しだった。あと数刻もすれば自我を持ち、宿主を喰らうはずだったのだ。それを……ほんの寸前で祓われてしまった」
冷ややかな声音が玉座の間に落ちる。
呪いを祓ったのは三人の男女。
その中に、男がよく知る人物の顔があった。
ジン・レスター。
男の息子であり、同じく魔封術を得意とする青年。
古より伝わるその術で、彼は仲間と共に呪いを断ち切ったのだ。
男は奥歯を噛みしめる。まったく予想外の展開だった。
「……何故こんなことが起きたか、理由はわかっておる。我が兄の差し金だ」
レアフィリスの眉間に皺が寄る。
遠い昔、自分の元を去った兄。その命令で誰かが呪いを祓ったのだろう。
宿主ごと葬ったのか――それとも、別の手段か。
あの兄ならば、確実に呪いを解く方法を見つけ出していてもおかしくはない。
そうでなければ、私の呪いが破られるはずがない。
「……まぁ、構わん。まだ残っておる」
短く息を吐き、彼女は薄く笑った。
「どうするかは――貴様が決めろ。よいな?」
「……は」
男はようやく口を開き、立ち上がると背を向けた。
蝋燭の揺らめきに影が長く伸びる中、彼は静かに玉座の間を去っていった。
+
「……………」
部屋を出た男の脳裏に浮かんだのは、自分の息子の顔だった。
なぜ、あいつが呪いを祓うような真似をしているのか――その経緯はわからない。
たまたま、そうなっただけなのか。
それとも、呪いという存在を知ったうえでの行動なのか。
できれば前者であってほしい。だが、もし後者ならば――それは、男にとって非常に都合が悪い。
「……………」
懐から、一枚の札を取り出す。
両面に魔法陣が刻まれた札。その図柄を見つめながら、男は眉間に皺を寄せた。
もし、あいつが呪いを祓い、偶然にもこれを見つけてしまったら――。
裏面に描かれた魔法陣は、空間封印の術式だ。
空間封印の魔法陣が描かれているのは男が持つこの札のみ。それ故、男が持つこの札が何処かで見つかってしまった場合、わかる者が見れば一目でその札が男の物だとわかってしまう。
あの女は「最後の暇潰し」と言っていた。
つまり、あいつが祓ったのは、あの少女に宿っていた呪い。
男は札を握りしめる。
その呪いには、密かにこの札を仕込んであった。
少女の住む街には墓地がある。
そこには、男が隠した"ある物"が眠っていた。
空間封印――それは、その名の通り特定の範囲を他者から完全に隠す術だ。
特殊な力を持たぬ限り、術を見破ることも、解除することもできない。
そんなことはありえない……と信じたい。
だが、もしあいつが空間封印の存在を知り、"それ"を見つけてしまったら――。
考えを振り払い、首を振る。
いや、それは考えすぎだ。
「……………」
再び息子――ジンの顔が脳裏に浮かぶ。
もう何年も顔を合わせていない。
しかも今は、少々関係がこじれており、会おうと思っても容易にはいかないだろう。
札を懐に戻し、階段を降りる。
深く息を吐きながら、男は思案を続けていた。




