見えない少女・こぼれ話
『ミルクをご所望』
昼下がりの街は、人工太陽の光に照らされて白い石畳がまぶしく光っていた。商人たちの声や人々の足音が混じり合い、広場の方からは香ばしい匂いが漂ってくる。
「ふぅ。やっと街に着いたな」
額の汗を拭いながら、ジンが息を吐いた。
「結構活気のある街だね。散策したら面白そう」
僕はきょろきょろと周囲を見回し、露店の並びに目を輝かせる。
「ここに1人目が居るのか? 捜すの苦労しそうだな」
「まずは情報収集だね。手分けしようか」
「だな」
そのとき、ジンの足元で黒い影が動いた。
[にゃあ]
「?」
「クロ?どうしたの?」
[腹減った。ミルク飲みたいって伝えてくれ]
「あ、うん」
「ん?」
「クロがミルク飲みたいって」
「は?」
[この前のおいらのミルクを溢した恨みだ。たくさん奢れ!]
「……なぁ、こいつ牙剥いてくるんだけど。やっぱ俺これ嫌われてるよな?」
「はは……。クロは今お腹が空いてるんだよ。ジンにミルクをご馳走して欲しいって」
「………何で俺が?」
[ミルクの恨みだからだよコノヤロウ!]
クロは尻尾をぶんぶん振りながら、まるで威嚇するようにジンを見上げていた。
「ジ、ジンと仲良くしたいんだよ!ほら、これから長い間旅する仲間だしさ!」
[シャーッ!]
「……(そんな風には見えんが)。まぁ、友好を築くのは大切だよな。たとえ猫でも」
「う、うん!そうだね!築きは大切!良かったね、クロ。仲良くなれるよ!」
[ミルク3杯で手を打ってやる!]
「………(まったく友好を築こうとしてる雰囲気じゃねぇ)」
+
『シュリーナお嬢様』
舗装の甘い道を、三人と一匹が夜の闇を急ぎ足で進んでいた。街灯はほとんどなく、月明かりだけが足元を照らしている。
「ちょっと!歩くのが遅いわよ!何してるの!?」
先頭を行くシュリーナが振り返り、水色の髪を揺らして声を張り上げた。
「はぁ、はぁ……」
僕は額に浮かぶ汗を袖で拭いながら、必死に足を動かす。
[大丈夫かー?]
クロが肩に飛び乗り、顔を覗き込んでくる。
「はぁ。う、うん。今のところはまだ平気。……はぁ。これは、明日は筋肉痛かもしれない」
息を整えようとするが、心臓は早鐘を打ったままだ。
「もおおお!おっそいってば!!もっとシャキッと歩きなさいよ!!」
シュリーナの声は、夜空に響いてやけに目立つ。
[無理言うなよ!こっちはでっかいの抱えてんだぞ!…つーかてめぇもちったぁ手伝えよ!!]
クロが小さな前足をバタバタさせながら抗議する。
「シュリーナには聞こえないよクロ。……ごめん!なるべくペース早めるから!」
僕は苦笑いを浮かべつつ、さらに足に力を込める。
「早くしてよね!私は疲れてるんだから!早くふかふかなベッドで寝たいの!」
シュリーナは顎を上げ、背筋をぴんと伸ばしたまま足取りだけは軽い。
[ぐ、ぬぬぬ……っ!なんなんだあの生意気なガキは……!お育ち悪いぞ!!]
「……まぁまぁ」
[お前も少しは怒れよ!ああいうのはビシッと言わねぇと!!]
「ビシッと怒るのはクロの役目だから……。それに僕、怒るのは苦手だし」
[ぬーっ!!]
クロは不満げに尻尾を膨らませた。
「ちょっと!歩くの更に遅くなってるじゃない!!さっさと来なさいよ!!」
「!ご、ごめん!」
シュリーナの鋭い声に僕は反射的に背筋を伸ばす。
「もお!こんな調子じゃ夜が明けてしまうじゃない!ぐっすり寝られなかったらあんたのせいだからね!!」
「え、そんな……。酷い」
「ふんっ!」
シュリーナはつんと顔を背ける。
[おい!超ムカつくんだけど! あの顔爪研ぎに使っていいか!?]
「駄目だよクロ。一応お嬢様らしいし、訴えられるよ」
[ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!]
クロは地面に爪を立てて小さく威嚇音を漏らした。
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『呪いの魔物、スライム』
「ジン!スライムを早く追わないと!」
スライムが逃げた方向を見つめ、僕はジンに言った。
「ああ! ……って、スライム?」
ジンは力強く頷くけれど、僕の言葉に疑問を持ったのか眉をひそめる。
「うん。スライム。あの魔物の名前。僕が考えたんだ。なかなか良いでしょ?」
「あー、……あぁ、スライム。確かに見た目ぐちゃぐちゃしてたが、他になかったのか?」
「? スライム以外に何て付ければいいの?」
「普通に"ヘドロ"でよくね?」
「えー。スライムの方がいいよ。ヘドロだと気持ち悪いじゃん」
「気持ち悪くていいんだよ気持ち悪いんだから。それにスライムって付けると、イメージ的になんだかちょっと可愛くならないか?」
ジンは、笑いを含んだ声を投げる。
「? だってスライムって気持ち悪い物の代表みたいなものでしょ? だから付けたんだけど……」
「お前の中のスライムのイメージどうなってんだよ」
「物語の中だったら気持ち悪いものは全般通してスライムなんだけど。……僕間違ってる?」
「いや、まぁ、間違ってはないが……。そうか。お前のスライムの知識は物語から来てるんだな」
「? ジンは違うの?」
「まったく。俺、物語とか全然読まないからさ。ほとんど人伝。人伝で聞くとさ、スライムって可愛いの代表みたいになってんだよ。お前のとは真逆だな」
「そうなんだ。物語はいいよ。面白いし、楽しいし。今度お薦めの物語紹介してあげるね。気持ち悪いスライムが出てくるやつ」
「あー、えと、……うん。楽しみにしてる。……それより、早く墓地に行くぞ! 死神にもスライムの事伝えねぇと!」
「! あ、うん。そうだね!」
+
『壁を直そう』
「よーしお前ら。頑張って壁直していくぞー!」
ジンが腕をぶんと振り上げて気合を入れる。その声に、僕は大きく片手を上げて応えた。
「おー!」
「壁を直すのはいいが、役割分担はどうする?」
死神さんが淡々と尋ねる。冷静な声音に、ジンは腕を組みながら少し考え込んだ。
「そうだな。……じゃあケアテイカーがレンガを積む役。で、死神がその積んだレンガ同士をくっつけて固めていく役。そんで俺は、その固めたレンガをコンクリートで埋めていく役だな」
指を一本ずつ立てながら、ジンは簡単な図を空中に描くように説明する。
「道具は?」
「道具はこれから買いに行くんだよ。店に行ってさ」
ジンは当然だろ、と笑みを浮かべた。
「金はどうするんだ? 私たちは持ってないぞ?」
「シュレードさんが出してくれるって言ってたから、大丈夫かと」
「そうなんだ。なら問題ないね」
「うっし! そんじゃあ各自行動開始だ! 買い出しは俺が行くから、お前らはすぐに作業が出来るように準備を頼む」
ジンは勢いよく宣言し、軽く拳を突き上げた。
「わかった。いってらっしゃい」
「寄り道するなよ」
「わかってるって」
[にゃー]
走っていくジンを見送ると、足元でクロが短く鳴き、尻尾を揺らした。




