呪いの襲撃
「この度は、娘を助けていただきありがとうございます」
テーブル越しに、シュリーナの父親さんが深く頭を下げた。両隣にはシュリーナとルナイゼルさん。二人も同じく頭を下げる。
母親さんはキッチンに移動していて、この場にはいない。
部屋の中にも、高級そうな物がずらりと並んでいた。
座っている椅子やテーブルも、おそらく高級品。…なんだか落ち着かない。
「私はシュレード・プルクフェルトと申します。お名前を伺っても?」
「あ、はい。彼はジン・レスター。僕は――」
名乗ると、シュレードさんは首を傾げた。
「ん? レスター?…もしかしてジン殿は、あのレスターさんのご子息か?」
「?」
ジンを見ると、少しだけ目を見開いている。
「…おや、…父さんを知ってるんですか?」
「おお、やはり。昔、世話になってね。私がこうしているのは、レスターさんのおかげなんだ。…その後、お元気で?」
「……いえ。もう何年も会ってません。たぶん元気にしてると思います」
ジンはわずかに眉をひそめた。
その様子に気づいたのか、シュレードさんも話を切る。
そこへ母親さんが戻ってきた。手には高級そうなトレイ。
その上にはティーカップが二つ。
「宜しかったらどうぞ」
カップを置き、母親さんは微笑んだ。
「彼女は妻のルクリアだ」
「あたしのお母様の紅茶は美味しいのよ!」
ふふん、と胸を張るシュリーナ。
飲まない選択肢はないので、僕はカップを手に取った。
――確かに美味しい。クセになりそうな味だ。やっぱり貴族が飲むものは格が違う。地球食の好きなものリストに書き足しておこう。
その時、ジンがふと扉の方を見た。
ルナイゼルさんが声を掛けると、ジンは立ち上がり、扉へ近づく。
「ジン?」
「……ケアテイカー。シュリーナたちを部屋の隅へ」
「え?」
微かな気配が扉の向こうから漂ってくる。
言われた通り、僕はシュリーナたちを隅へ移動させた。
ジンは札を取り出し、扉に貼る。
「包月」
札が光を放ち、床全体に魔法陣が浮かぶ。
それを見たシュレードさんがつぶやいた。
「これは…魔封術? 君も魔封術師なのだな」
魔封術師――。
魔封術というものは神様から説明されて知っていたけれど、魔封術師というのは初めて聞いた。
なるほど。魔封術を操るから魔封術師か。
「……そこに居てください」
ジンはもう一枚札を取り出す。
ゆっくり扉を開けると、そこには具現化した呪いの姿。
シュリーナたちが息をのむ。
僕も右手に風を纏い、構えた。
――なぜ呪いがここに?
死神さん、見張ってるんじゃなかったの?
『!!!』
「!」
呪いはヘドロ状の身体から何本もの腕を生やし、結界を破ろうと激しく動かす。
見えない壁が衝撃で大きく波打ち、その様子を確認しながら、ジンは後方へと距離を取り、札を手のひらに乗せるように持ち替え、両足に力を込めた。
『——』
「光刃、波動!」
唱えた瞬間、札から光があふれ出す。球体だった光は、やがて先端の尖った刃へと形を変え、シュルシュルと音を立てながら巨大化していく。
呪いの身体を貫くに十分な大きさになったところで、ジンはその刃を勢いよく投げ放った。
『ッ!!』
光の刃が呪いの身体を深々と突き刺す。
悲鳴をあげる間もなく、呪いは背後の壁を粉砕し、刃を突き刺したまま外へ逃げ去った。
呪いの気配が遠のくと、シュリーナが駆け寄ってくる。ジンはその場に蹲って胸を押さえた。
「ジン! …大丈夫?」
「ああ。…急所は外したみたいだ」
ジンは舌打ちしながら、呪いが去った方角を鋭く見やる。僕も同じく視線を向けた。
「何処に逃げたんだろう?」
「さぁな。ったく、死神は何やってんだ?」
確かに、死神さんの動きが気になる。
呪いを追うより、まずは墓地で合流するべきだろう。
「ジン、墓地に行こう」
「それが最善だな」
ジンは頷き、札を懐から取り出す。その数はまだまだあるようだ。
「シュリーナたちはここに居ろ。この中なら多少は安全だ」
「………ジンたちは?」
「僕たちは墓地で死神さんと合流して、呪いの対策を考えるよ」
「……………」
シュリーナは服の端を握りしめ、肩を震わせる。
ジンはそっと彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫だ。呪いは必ず俺たちがなんとかする」
「だから、ここで待ってて。倒したら必ず戻ってくるから」
「……うん」
いつになくおとなしいシュリーナ。
不安でいっぱいなのだろう。
僕はそんな彼女に微笑みかけ、呪いが破壊した壁穴から外へ出る。ジンも彼女の頭を軽く叩き、僕の後に続いた。
——残された室内。
「……………」
[にゃあ]
「! …あんた、一緒に行かないの?」
[にゃあ]
「…そう。行っても足手まといだものね。あたしと同じで」
[にゃ!?]
「ふふ、大丈夫。馬鹿な真似はしないわ。あたしはそんな愚かな女じゃないもの」
そう言って、シュリーナはクロを抱き上げ、小さな頭を撫でながら壁穴の向こうをじっと見つめ続けた。