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【修正中】線の上の冒険者ーSの日記ー  作者: aki.
第2章「見えない少女」
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大きいお家





「それで、死神さん。呪いはどこに?」

「墓地だ。街の外れにある」



 街の外れにある墓地。


 死神さんによると、呪いはそこにある洞窟へ逃げ込んだらしい。朝までじっと待ってみたものの、呪いは洞窟から出てくる気配はなかったという。


 危険はないと判断した死神さんは、ひとまずここへ戻ってきた――そういうことらしい。


「墓地?この街に墓地なんてないわ」


 腕を組みながら、シュリーナが言う。

 だが確かに、死神さんは呪いを追ってその場所へ行ったのだ。死神さんは「私は嘘は吐かない」と首を振った。


「見間違いじゃないのか?」

「いや。確かにあそこは墓地だった。見間違えるはずはない」

「いいえ!絶対に墓地なんてないわ!あり得ないもの!」


 街の外れには大きな湖があるだけ――そう言って、シュリーナは眉をひそめる。この街に住む彼女が言うなら、それは間違いないのだろう。

 けれど、死神さんの言葉も嘘ではないはずだ。呪いがその場所へ逃げ込んだ以上、僕たちもそこへ行かなければならない。


 墓地があるのかないのか、その真相は行ってみてのお楽しみだ。



「死神さん。このまま呪いのところに行って、出てこないか見張ってもらえる?」

「お前はどうするんだ?」

「僕は手紙を送らなきゃ。それとスコーンも」

「そうか、わかった。……ジンはどうする?」

「俺?……俺はケアテイカーについて行って、シュリーナを家まで送る」

「わかった。では行ってくる」


 頷いた死神さんは宿を出て、呪いの元へ戻っていった。僕は鞄の中の手紙とスコーンの箱を確認し、立ち上がる。

 ジンは"シュリーナを家に送る"と言っていたけれど、僕も一緒に行ったほうがいいだろうか。


「ジン、お腹空いた。ここ、ビュッフェとかないの?」

「高級ホテルじゃねぇんだから、そんなもんはねぇよ」

「じゃああんたが作って。……そうね、ハムと卵のバタートーストがいいわ」

「そんなん俺が作れると思うか?」


 ジンとシュリーナのやり取りを聞いていると、どこか楽しげな空気が漂っている。

 僕とクロは顔を見合わせ、首を傾げた。


[なぁ、あれ何だ?]

「いつの間にか仲良くなってるね」

[あいつらが仲良くなる時間なんてあったか?]

「さぁ?……なかったような気がするけど」


 昨日の夜のことを思い返す。

 僕たちとシュリーナが出会ったのは広場で少し話をしたときだ。その後、彼女の中から呪いを取り出し、死神さんが追いかけ、ジンは眠り込み、僕たちはジンを宿まで運び……そのまま全員ぐっすり寝た。


 ……あれ?

 仲良くなる要素なんて、どこにもなかった気がする。


「しょうがないわね。じゃあ、あんたの得意料理でいいわ」

「…………」


 ジンは深くため息をついた。


 なんだか大変そうだ。



+



「…ここが、シュリーナの家?」

「らしいな」


 僕は考えた末、ジンたちと一緒に行くことにした。

 神様宛の手紙をスコーンの箱と一緒に郵便転送ポストに投函し、お昼を済ませて向かったのは、街の中央にそびえる大きな屋敷だ。


 石造りの外壁に広い庭。門の向こうに見える玄関扉までの道は、きれいに刈りそろえられた芝と花壇に縁取られている。

 これが、シュリーナの家らしい。


「…なんであんたが居るのよ」

「? ついてきたら駄目だった?」

「っ、……そ、そんな事はないけど…」


 そう言うと、彼女はふいっと顔を逸らす。

 その横顔が、わずかに赤い。緊張か、照れか――僕には判断がつかなかった。

 けれど、次に彼女が家を見上げた時の表情は、確かに迷いを含んでいた。眉を下げ、唇を固く結んでいる。


「……………」

「…怖いのか?」

「こ、怖…っ、くないわよ。あたしは、プルクフェルト家の三女シュリーナよ!?ど、堂々と帰ってやるわ!」


 鼻を鳴らして踏み出した足は力強い。

 けれど、胸の前で握りしめた拳は小さく震えていて、その背中がどこか小さく見えた。

 僕たちは顔を見合わせ、黙って後を追う。扉を開けると、広々とした玄関ホールが僕たちを迎えた。

 正面には、赤い絨毯のかかった階段が二階へと伸びている。高い天井に吊るされたシャンデリアの光が、磨き上げられた床を柔らかく照らしていた。


「「………………」」


 圧倒されて言葉が出ない。

 クロも、金色の瞳を丸くしている。


「シュリーナ!?」


 奥の階段から、落ち着いた声が響いた。

 僕たちが顔を向けると、背の高い男の人が急ぎ足で降りてくる。金茶色の髪に、深い青の瞳。服の仕立ても、なんとも貴族らしい。


「っ、兄様!」


 シュリーナの声が震える。

 男の人は彼女の肩を掴み、その顔を覗き込んだ。


「今までどこに行ってたんだ! 父さんも母さんも、みんな心配してたんだぞ!」

「兄様……あたしが見えるの?あたしを覚えてるの?」

「は?何を言ってるんだ。そんなの決まって……、?」


 兄の眉がわずかに寄る。

 言葉の続きを探そうとしたその時、彼は僕たちの存在に気付いた。


「……君たちは?」

「こんにちは。僕たちは、えっと…」


 どう説明するべきか、口が重くなる。

 "見えなくなっていた妹さんを助けました"では信じてもらえないだろう。"街で迷子になっていたところを保護しました"も、半端だ。


「待って兄様。この人たちはあたしを助けてくれたの。恩人よ」


 シュリーナが一歩前に出て言い切った。

 その声には迷いがなかった。


「……そうか。――妹がお世話になりました。私はシュリーナの兄、ルナイゼルと申します」


 兄はゆっくりと口元を緩め、深々と頭を下げた。

 その所作の丁寧さに、僕たちも思わず姿勢を正し、名前を告げて頭を下げ返す。


「お兄様。お母様とお父様は?」

「リビングに居るよ。……シュリーナの顔を見たら、きっと驚くだろうな」

「! ……早く、会いたいわ!」


 シュリーナの声が少し掠れた。

 次の瞬間、彼女はスカートを揺らして駆け出す。その背中から、ずっと押し殺していた会いたさがあふれていた。


+


 シュリーナが行ってしまったあと、僕たちはどうしようかと顔を見合わせる。

 このまま死神さんのところへ向かってもいいけれど――さよならも言わずに勝手に出ていくのは、なんだか違う気がする。


「良かったら、あなたたちも」

「え?」

「いや、俺たちは妹さんを届けに来ただけですから…」

「遠慮なさらないでください。お礼がしたいのです。どうぞ」


 優しい口調でルナイゼルさんが言う。

 僕たちは再び顔を見合わせ、どうしようと眉を下げた。

 その瞬間、ルナイゼルさんの完璧な"貴族スマイル"が、僕たちの心を射抜く。


「………じゃあ、お邪魔します」


 後頭部に手を置きながら、ジンが観念したように言った。

 それを聞くと、ルナイゼルさんは「こちらです」と背を向け、静かに歩き出す。


 僕たちは恐る恐るその後ろに続いた。

 奥へ進むにつれて、廊下には高価そうな絵画や装飾品が壁や天井に所狭しと飾られている。それを見て、僕とクロはただ呆然とするばかり。まさに"開いた口が塞がらない"状態だった。


[なぁなぁ、あそこの壁の絵、結構デカいけど…いくらすんだろ?]

「さぁ…。でも、僕たちには想像もつかないくらい高いと思うよ」


 やっぱり、貴族の家ってすごい。


「着きました。こちらがリビングです」


 案内された先、扉を開けて中に入ると――

 そこには、すでにシュリーナと見知らぬ男女の姿があった。

 おそらく、あの二人が彼女の両親なのだろう。


「シュリーナ…!ああ、シュリーナ…っ!本当に、無事で良かった…!」

「お母様ぁ…っ!」


 声を震わせ抱きしめ合う、感動的な親子の再会。

 僕とジンは顔を見合わせ、「良かったな」と心の中でつぶやきながら、自然と口元を緩めた。



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