vs.レアフィリス&セレーナ
神華城の最上階。
その扉を押し開いた瞬間、僕の目に映ったのは、冷たい光を放つ広間だった。
高い天井、壁一面に広がる鏡のような石壁。その中央に、二人の姿が静かに佇んでいる。
一人は、紫の髪を揺らし、純白のワンピースを纏った少女――レアフィリス。
もう一人は、黒い靄を身体に纏わせた少女。ジンの母親でもあるセレーナさん。彼女の瞳は黒い闇に沈み、まるで人ではないものに見えた。
僕らが足を踏み入れた瞬間、空気は張り詰め、喉の奥が凍りついたように感じた。
「……ふふ。いらっしゃい」
先に口を開いたのはレアフィリスだった。淡々とした声。それなのに、全身を圧迫するような重みを帯びていた。
「レアフィリス……!」
神様が一歩踏み出す。
その足は震えていた。
「今頃、何しに戻ってきたの?お兄様?」
「もちろん、おぬしを止めるためじゃ」
「止める?…いいえ、お兄様。もう遅いの。止めるなんて不可能だわ。私の願いは、呪いと共に成された。あとは――壊すだけ」
「いいや……!まだ、戻れるはずじゃ!呪いになんて負けるでない!」
「戻れないって言ってるでしょ。聞き分けのないお兄様ね」
冷ややかに告げるその声に、僕の背筋はぞくりと震えた。
そこへセレーナさんが進み出る。
「ジン。会いに来てくれたのね。嬉しいわ」
その声は柔らかく響いたが、その瞳は確かに狂気に染まっていた。
ジンは一歩前へ出る。隣にはアルベールさん。彼の表情は、言葉にできないほど複雑だった。
「……セレーナ」
アルベールさんの声は低く、震えていた。
愛していたのに、止められなかった。その後悔が、彼の全てを縛っていた。
セレーナさんは、そんな彼を一瞥して、笑う。
[アルベール。ジンを渡して]
「渡すものか。俺は、俺の息子を絶対に呪いに支配させたりはしない」
「親父…」
[……そう。なら、力づくで奪ってみせるだけだわ。行くわよ、フィル]
「私に命令しないで」
その瞬間、重苦しい沈黙を切り裂くように、広間全体が揺れた。
黒い瘴気が渦を巻き、僕らの周囲を飲み込む。
――そして、戦いの火蓋が切って落とされた。
+
これまでの呪いとの戦いとは明らかに違った。
レアフィリスが振るう魔力の一撃は、一度の爆風で城の床石を砕き、僕らを数メートルも吹き飛ばした。
セレーナさんは無数の闇の矢を生み、まるで避けることすら許さぬ速さで僕らを追い詰める。
「風よ!」
風の魔法を放ち、矢を弾き飛ばす。
神様は防御の結界を張るけれど、それすらも次の瞬間にはひび割れて崩れていった。
僕は歯を食いしばり、ただ押し寄せる力を耐えるしかなかった。
防戦一方。
攻撃に転じる余裕など、一瞬たりとも与えられない。
それでも、後退するわけにはいかなかった。
+
幾度目かの衝撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた時、血の味が口に広がった。
「っ、」
視界が霞む。
[おい、大丈夫か?]
「だい…じょうぶだよ、クロ。危ないから、顔出さないで」
ショルダーバッグから顔を覗かせて、クロが心配そうに僕を見つめる。
本当は身体中凄く痛いけれど、僕は口元を緩ませて強がってみせた。立ち上がって足元に魔法陣を展開する。
無理するなよ。そう言って、クロは鞄の中に戻った。
その時――
「今だ、死神!」
クレイズさんの声が響く。
同時に、死神さんが放った槍の刃が、レアフィリスの魔力の隙を切り裂いた。その瞬間を逃さず、ジンが魔封術で拘束の鎖を叩きつける。
激しい轟音。レアフィリスの身体が後方に吹き飛び、床に叩きつけられた。
彼女はしばらく動けない。
「っ……今が好機だ!」
誰かの叫びに、全員が一斉に息を呑んだ。
しかし――
[まったく、しょうがない子]
「ジン!」
セレーナさんが疾風のように駆け出す。
狙いはただ一人、ジン。
彼女の手が伸びる。
だが、その前にアルベールさんが立ちはだかった。
「させんッ!」
二人の身体がぶつかり合い、床に転げ落ちる。
セレーナさんは暴れる。アルベールさんは必死に押さえ込み、口を開いた。
[くっ!放せ!]
「やめろ、セレーナ!これ以上は――!」
[黙れ!私はあの子を、ジンを手に入れなきゃならないのよ!私の代わりにっ、世界を!!]
「お前の願いは、そんな事じゃなかっただろ!いい加減、目を覚ませ!」
[うるさいッ!黙れ!!]
アルベールさんの声は震えていた。
セレーナさんは苦しげに笑い、そして叫ぶ。
[私の願いは昔から変わらない!世界の崩壊!それだけ!こんな…っ!こんな呪いまみれの世界なんて、滅びた方がいいに決まってる!!]
セレーナさんは涙を流していた。
それを見て、アルベールさんは歯を食いしばり、札を取り出す。
魔封術師の札――。
それをセレーナさんの胸に叩きつけた瞬間、彼女の体を縛る光の鎖が広間に展開した。
[ぐっ……あぁぁッ!]
セレーナさんが悲鳴を上げる。
その姿を押さえつけながら、アルベールさんは目を伏せた。
[っ、わ…たしは…、ぜったいに、ゆるさ…な……っ]
「………すまない。どうかこの中で安らかに眠れ…っ」
彼女の身体は力を失い、床に沈む。そしてセレーナさんの身体は札の中に吸収され、消えていった。
「っ、……」
残るは、レアフィリス。
紫の髪が乱れ、床に伏せる彼女がゆっくりと顔を上げた。
その瞳に宿るのは、人ではない何か――呪いそのもの。
「……セレーナが堕ちたか。まぁ、いい。奴が居ようが居まいが変わらん」
「お前たち、仲間ではないのか!」
「仲間だと?笑わせてくれるな。私はあの女を利用していただけだ。そして、あの女も私を利用していた。それだけだ」
「レアフィリス、」
「…さぁ、ここからが本番だ。せいぜい楽しませてくれよ?」
その言葉が広間に響いた時、僕は改めて覚悟し、自身の身体に治癒魔法を放った。




