真っ直ぐ。真っ直ぐ。
街を抜け、神華城へと続く大通りを僕たちは迷うことなく進んでいった。
その道は不気味なほど真っ直ぐで、まるで城へと導くためにわざと造られたかのようだった。左右の建物は崩れ落ち、瓦礫の隙間からは黒い靄が漏れ出している。息をするたび胸の奥にひりつくような痛みが広がった。
「……来たぞ」
死神さんの低い声が響いた直後、地面がぶくりと泡立ち、人の形をした黒影がずるずると這い出してきた。
目も口もなく、ただ歪んだ輪郭だけを持つ人型の呪い。無数の腕が地を掴み、次々と地面から湧き上がるその光景は、悪夢以外の何物でもない。
「お前ら、武器を抜け。傷を作る事は許さんぞ」
アルベールさんが先導して、呪いに剣を振るっていく。彼に続いて、タルオスオールさんとファムもそれぞれ武器を振るった。
僕たちも互いに武器を持って、呪いに立ち向かう。
「この!」
クレイズさんが剣を振るうたび、黒影は裂けて霧散する。だが消えた場所からまた別の影が溢れ出して、すぐに数を取り戻す。
タルオスオールさんは拳で地面ごと叩き割り、ファムは広範囲を焼き尽くすように炎を放った。けれども、倒しても倒しても、呪いはまるで際限を知らなかった。
「おい!全然減らねぇんだけど!」
「……このままじゃ、埒が明かないよ」
僕が息を整えながら呟いた時だった。
「タルちゃん」
「……ま、しゃーなしだな」
隣にいたファムがふとタルオスオールさんと視線を交わす。その表情は、いつもの快活なものとは違い、強い決意を秘めた静けさを帯びていた。
「たいちょー!」
「ん?」
「ここはあたしたちに任せて、たいちょーたちは先に行ってください!」
ファムの声は驚くほどまっすぐで、揺るぎがなかった。
同じようにタルオスオールさんも頷き、拳を鳴らして笑う。
「そういうことっス。こいつらは俺たちが食い止めます。たいちょーたちは神華城へ」
「なっ……!?二人だけで、そんなこと――!」
言いかけた僕の声を、ファムが遮った。
彼女は一瞬だけ振り返り、微笑んだ。戦場の只中だというのに、不思議と柔らかい笑みだった。
「大丈夫。あたし強いから!」
「でも……、」
胸が痛んだ。心配でならなかった。
ファムは強い。タルオスオールさんだって同じだ。それでも、この無限に湧き出る呪いの群れを相手にするのは無謀に思えて仕方がなかった。
僕の逡巡を見透かしたように、彼女は小さく口を動かした。――「信じて」。
「……っ!」
黒影の群れが再び迫る。
タルオスオールさんが咆哮を上げ、巨岩を砕くような蹴りで呪いの壁を裂いた。その瞬間できた一筋の隙間に、ファムがチャクラムを放って通路を作る。
「今っス! 隊長!早く!」
「ここは任せる。……死ぬなよ」
「そんなフラグはいいので、早く行ってください!」
僕たちは息を呑みながら、その隙を縫って走り抜けた。振り返れば、背後で炎と轟音が交錯し、二人の背中が影の群れに埋もれていく。
その光景が胸に焼き付いて離れなかった。
+
走り続けた先、巨大な影が視界に立ち塞がった。
漆黒の門――神華城の正門。その前に、一人の少年が虚ろな瞳で立っていた。
「……あれは」
アルベールさんが足を止める。
そこにいたのは、カイスト・オベイロン…カイストさんだった。だが、その姿は以前に会った時よりもどこか人ならざるもののようで、意識の奥を呪いに食われているのが一目でわかった。
「どうして……彼がここに?」
問いかけると、アルベールさんは苦渋に満ちた顔で答えた。
「……俺が、ここで待機しているようにと命令した。カイスト、頼む」
アルベールさんが指示すると、カイストさんはゆっくりと僕たちの方へ歩み寄り、まっすぐにジンの前に立つ。彼の瞳に意志はほとんど残っていなかった。
何をするのだろうと、首を傾げながら見ていると、彼はジンの左肘に手を伸ばして触れる。
「っ……!」
次の瞬間、カイストさんの左肘から下が黒く変色し、靄となって溶け出した。その黒い靄はまるで生き物のように蠢き、ジンの左肘へと移動していく。
ジンが驚きで目を見開いている一方で、カイストさんの腕は跡形もなく消え去り、残されたのは肩口から先の空虚だけだった。
「カイストさん…!一体、何を!」
「こいつの中にある呪いの一部を、ジンに移した。これから先の戦いで不利にならないようにな」
[ジン。手、真っ黒。手、真っ黒]
「これ、大丈夫なのか?」
「問題はない。お前の身体には害はないから安心しろ」
ここから先へは、もしもの時のための保険としてカイストさんも付いてくるという。
神華城の中枢、最上階にレアフィリスとセレーナがいる――そう告げると、アルベールさんは歩き出した。
「…ここに、おるのじゃな」
「神様。神様は、妹さんに会うの、怖いですか?」
聞くと、神様は僕の方に顔を向けて首を横に振る。
「いいや。怖くはないぞ。たとえこの先、どんな結果が待っていようとも、わしはもう覚悟は出来ておるわ。……レスター殿も、そうじゃろ?」
「……ああ」
[ジン。ジン。不安。不安]
「…、大丈夫だ、ピービー。俺も、覚悟は出来てる」
「ジン」
「ん?」
「僕の使命は、ジンを守る事。だから、たとえどんな事があったとしても、僕はジンを守るからね!絶対!」
ジンの方を向いて、力強く言い放つ。
一瞬だけ驚いた表情を見せたジンだけど、僕の決意に満ちた表情を見て、口元を緩ませた。
僕の今回の使命は、ジン・レスターを守る事。
この世界を滅びから救うためには、セレーナさんの子供であるジンの力が必要なんだ。だから、こんなところで彼を死なせるわけにはいかない。
僕たちは、顔を見合わせてうなずき合い、城門をくぐる。
靄はますます濃く、空気は重く、呼吸するたびに身体が軋む。
それでも、もう立ち止まるわけにはいかなかった。
仲間を信じ、仲間の想いを背負って、僕たちは神華城の奥へと足を踏み入れた。




