少年と猫と箱詰め地球の旅
僕は、線の上を旅する冒険者。
人々は僕を「オンライン・ケアテイカー」と呼んでいる。
足元には、二本の細い線が並んで張られている。どこまでも真っすぐ、視界の果てまで。
その上下は、果てしなく広がる真っ白な空間。落ちれば永遠に落ち続ける――と噂されているが、本当は底がある。ただ、知っている者がいないだけだ。
この空間にあるのは僕と二本の線だけ。
もう少し進めば緑豊かな国境地帯にたどり着くが、今日は時間切れ。ここで野宿だ。
「……よいしょ」
黒いマントを脱いで線の上に広げ、四隅に簡単な魔法をかけて固定し、その上に腰を下ろす。
ショルダーバッグからホットドッグとミュージックプレイヤーを取り出してイヤホンを耳に差し込み、スイッチを入れるとシャカシャカと音が響いた。
「いただきまーす」
ホットドッグにかぶりつくと、ウィンナーの旨み、ケチャップの酸味、マスタードの辛味が口いっぱいに広がる。
「やっぱり昔の地球食は最高だなぁ」
頬を緩ませて夢中で食べていると、ショルダーバッグから猫が顔を出し、呆れたようにため息をついた。
[……よくそんなもの食べれるよね]
「美味しいからね」
[それにまた野宿だし。たまにはふかふかのベッドで寝たいよ]
「いいじゃない野宿。昔の地球食を味わいながら昔の音楽を聴く……至福だよ」
[……昔の地球なんて気味悪いだけでしょ。“箱詰め”される前なんて特に]
「僕は逆に、箱詰め後のほうが気味悪いけど」
数千年前、地球は青く丸かった――そう歴史書は語る。
けれど突然、地球は宇宙の果てから現れた謎の“箱”によって飲み込まれ、長い眠りののち「箱詰め地球」として生まれ変わった。四角く変形した大地は国ごとに区画され、その間を真っ白な空間が隔て、天井近くを走る二本の線がすべてを支えている。
丸かった頃には、今は失われた食べ物や乗り物があふれていたという。僕が食べているホットドッグのほかにも、ハンバーグやパンケーキ、ポテトフライ……。
どんな味かは知らないけど、ホットドッグがこれだけ美味しいならきっとどれも絶品だったに違いない。
「……はぁ。一度でいいから箱詰め前の地球に行ってみたいなぁ」
[……こんなのが“カッコいい”って噂のオンライン・ケアテイカーとはね。世間が知ったら幻滅するよ]
「別に管理してるつもりはないよ」
[線の上にばっかいるから勘違いされるんだよ。たまには降りてベッドで寝ろ]
「僕だって寝たいけど、そうすると箱詰め地球料理が出てくるから」
[わがまま。今じゃ貴重な食料なのに]
「今の地球も昔みたいにホットドッグ作ればいいのにね」
[材料がないっての。お前のだって今の材料で作った偽物でしょ]
「だからこそレシピを古代文献所から掘り出して作るんだよ。そうすればベッドでもホットドッグ生活だ」
最後の一口を食べ、イヤホンを外して猫の耳に差し込む。
音量に驚いた猫が、ぎにゃあと叫んだ。
[うるさっ!? なんだこれ!?]
「たしか……ヘビメタって言ったかな」
[へび……?]
「ヘビーメタルの略。昔の地球で人気だった音楽だよ」
僕はそれほど好きじゃないけど。
そう言って、耳にイヤホンを戻す。
[……昔の地球人は変わってるな]
「ロック、ジャズ、オーケストラ……音楽の種類は数えきれないよ。その中で僕が一番好きなのは……あー、ボサノバかな」
[わからん単語ばっかだな。地球語で頼む]
「全部地球語だよ」
猫にはまだ理解できないだろう。でも、いつかきっと彼にも魅力がわかる日が来る。
「じゃあ、寝ようか」
[……次はマジでふかふかベッドがいい]
「明日は次の国に着くように頑張るよ」
[絶対だぞ]
「オンライン・ケアテイカーに二言はない」
笑いながら、僕は音楽を聴きつつ目を閉じる。猫も傍らで丸くなり、眠りについた。
+
僕は線の上の冒険者。
ーそして「線の上の管理人」。
オンライン・ケアテイカー。
これからも線の上を歩き、さまざまな国と人に出会うだろう。
……この旅を通して、昔の地球のことをもっと知れたらいいな。