9話:30代
「キーヨーコーちゃんっ!!めっちゃうまく進んでるらしいじゃん?偽装婚約?」
「・・・No.さん」
「俺、南波ね。ナンバーじゃないよ。ちょっとイントネーション違うよ?」
会社の廊下を一人で歩いていたら社内イケメンNo.2が話しかけてきた。
私は現在、経理部を助けるために経理部長の麻田さんの婚約者役を演じる事になっている。しかしそれは社外へ向けてなのだが、熊田さんの
《敵を欺くにはまず味方から!!完全に付き合ってるって公言しなくてもいいの!でも!『あの二人、社外で一緒にいるの見かけること多いけど・・・そうだったんだー!』って言うのが必要なのよ!》
って事で麻田経理部長と顔を合わせることが多いここ最近。そうすると、周囲の女性社員の目にも触れるわけです。なので、なんか会社内の今一番ホットな悪口ネタとして使われている。マジ片っ端からぶっ飛ばしたいけどまだ今じゃない・・・!!あっ!違う!聖子そんなこと出来ない!誰か助けて!
「聖子ちゃん、目で人ヤレそうだって、怖いよその目」
しまった!私としたことがハイエナ女性社員と同じ刃物に転職コースをたどっている・・・だと・・・?!
「いいえ、気のせいですよ」
「これ、拓也も偽装婚約の件知らなければ面白いのになぁー!」
「何が面白いんですか?早くお仕事された方がいいですよ、いつも遊んでいらっしゃいますよね?」
超絶可愛いスマイルで言ってやった。この人はこれくらい言ったところで問題ない。ただ私で遊んでいるだけだ。
「おぉっ!辛辣〜!言うね〜!!今の拓也が居ても言える?」
「言えますよ。だってナンバーさんがお仕事おサボりしているのが悪いんですから」
「本当、絶対ずっと俺のこと心の中で『No.2』って呼んでたでしょ」
名前が南波なのが悪いんだろ。せめて違う苗字かNo. 5以下なら話題にも登らんのに。
「っく・・!!くくっ・・・!!」
あれ、誰もいなかったはずなのに笑い声が?!後ろを向くと美井さんが居た。
「美井さん・・・」
「ごめんっ!聞くつもりはなかったんだけど・・・!南波に当たりが強い女性って見たことなかったからすごく面白くてっ・・!!」
まぁ、別に山崎さんの前で言えることだから美井さんに見られたとて問題はないんだけど、ちょっと恥ずかしい。
「別にそんな恥ずかしがらなくて大丈夫だから、むしろなんか交換持てるし」
あっ!読まれ
「あっごめん!なんか話しかけられてるような感じに思えちゃって。ごめんね、気持ち悪かったよね?」
「美井〜!それよくないぞ〜!」
「・・・びっくりはしますけど、美井さんちゃんと自己申告してくれますし、変に思われてなさそうだから私は大丈夫ですよ。まぁ、ちょっとは恥ずかしいですけど」
「聖子ちゃん美井に甘くないっ?!」
多分、この人には変に取り繕っても意味がなさそう。口と性格の悪さがバレなきゃいいだろ。
「・・・そう?そう言ってもらえるとなんか嬉しいな。萬屋さんって、何か芯が強そうな感じして良いなって思ったから仲良くなりたいんだよね」
「あっ!美井それは芯がっていうか全体的に力が強」
ギュウーーーッと踵で爪先を踏んでやった。
「いだだだっ?!聖子ちゃん?!あと美井も今本質と共にさらっと口説」
もう一回踏んだ。何言うつもりだテメェ。前言撤回。美井さん侮れねぇっ!!
・・・ーーー
例の接待が週末に迫ってきた。ここ最近はずっと熊田さんのシナリオ通りに行動したり食事に行ったりした。しかも全部どれも高級料理!!これ経費で落ちないんだから毎回四人分だなんて麻田部長かなりの高給取り・・・いやいや、部長クラスなんだからそりゃ貰ってんだろうけどそれにしてももう合計10万は軽く超えてるぞ?!仕事ばっかしてっから他金使うところないんだろう。
ところで相変わらず仕事中に山崎さんに会うことはあっても、会社には私と麻田部長がいい感じだという噂がずっと流れている。なので、事情を知っている山崎さんは麻田部長アシスト側で私との雑談も最近少ないし!!あぁ!!わかってるけど何か超寂しい!!やっぱりそう思うと10万円は妥当だ!!今日も食ってやる!!
「さて、今日は大詰めね。やっぱり二人のお出かけの思い出をとりあえず一つは作っておかないとって思ってね!今日も定時で上がれたから、これから俗に言うアフター5のデートに行ってもらいます!」
熊田さんから本日の司令が下された。ん?デート?
「熊田ぁ、流石にそりゃ萬屋に悪いだろう」
「二人っきりに見えて二人っきりではないわ。私と美井くんがちゃんと後ろからついていくから!問題ないわ」
「萬屋、本当にいいのか?まぁもう割と会社じゃ広まっちまってるけど流石にこれは」
それ、気にすんなら最初にしろよ。もう乗りかかった船どころか乗っちまって出港しとるわ。
「大丈夫です。ここまでやったんですから最後までやり切りましょうよ。ここで手を抜いて当日しくじったらそれこそ私唯の大飯ぐらいですから」
「・・・まぁ、萬屋が良いってんなら良いけどよ」
「部長!二人っきりだなんて思わないでくださいね。しっかりちゃんと見張ってますから」
「別に手なんて出さねぇよ」
「わからないですよ?部長だってまだ39歳なんですから」
「まだ38だ」
え?39歳?38・・・?
「あ、部長はこの疲れ顔のせいでよく40代半ばって見られるんだけど、実際まだ38歳。もうすぐ39歳ですけどね」
「美井、疲れ顔とは失礼だな」
「枯れ専に大人気ですけど別にまだ枯れてる歳ではないんだよ。ちゃんとすればもっとモテるのに」
「めんどくさくてしゃーない」
「この後にちゃんとしてもらいますからね?!」
きぃええええーーーーー?!嘘だろ?!ちょっとだらしない枯れイケオジは40代半ばだと思ってたのに!
初めて会った時『仕事してたらこんな年になっちまったんだよ?!』って言ったろ?!38で独身なんて山ほどいるだろ?!
まだ30代という衝撃の事実でお腹がいっぱいなんだけどっ?!
しかし、デート後の高級フレンチはしっかり食べた。




