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第九夜 疫病神はサイコロを振り続ける

 炎上するトラックから投げ飛ばされ、交差点の中央付近で叩きつけられる少女。美しい銀髪は煤で汚れ、切断された左腕は焼き爛れて血が止まっている。失血死ができないことで、むしろ状況を悪化させていた。蘇生による快復が封じられている。

 

「がっ……」

「おーおー、殺すのか?」

「死なせはしません。というより、死なないんですよ。この女は。どういうわけか死んだ途端に快復するもので」

「そう言えばそうじゃな。儂が斬り殺したくせして、また来おったわ」


戒律(かいりつ)』と『熾火(おきび)』が揃う。仲間、という意識は互いにない。あくまで少女を目的とする者同士利害が一致していると言うだけ。だからこそ、少女はこの状況を最悪であると評する。

 交差点の中央には細身の男と『熾火』。そのまわりに、百名以上の『戒律』が立っていた。完全な包囲網。不幸を期待しても良いが、先程の『熾火』の斬撃から、生半可なアクシデントは殺人鬼に無力であることは火を見るよりも明らかだ。

 実際、先程からいくつか火災や小規模な地震なども発生していたが、揺らぐ様子も見せない。


「さて、貴様からは聞きたいことがある」


 銀髪を握り込み、細身の男は持ち上げる。腕のある右側に重心が寄り、身体が傾いた。


「この騒動も腹立たしいものだが、どうやら『茫漠』が我々の基地局を破壊して回っているらしいじゃないか。仕掛けたタイミングからして、協力関係にあるんだろう。目的を吐いてもらおうか」

「…………」


 その質問に、少女は沈黙を返す。『戒律』が爛れた左腕を殴りつけると、うめき声を漏らす。苦し紛れにサイコロを放ってみるが、地面に着地する前に『熾火』によって三つとも両断される。出目が出ないのならば、不幸の呼び水にもならない。トラック事故程度では状況を打開するほどの力を持たない。


「言わないのならそれでもいい。『茫漠』が向かう基地局にはすでに”爪”を配置している。貴様らの好きにはさせない」

「わざわざ……一人相手に、『戒律』の戦闘担当部位を寄越したんですか……」

「あの小賢しい害虫を認めるようで癪だが、基地局の破壊を止めるにはそれくらいの戦力が打倒だと判断した」


 男は、少女の顔面を地面に叩きつけた。垂直に振り下ろされた頭部は、勢いよく激突しバウンドする。額から血が垂れ、鉄の味が口に広がる。

 強く脳をシェイクされた影響で、即座に彼女の視界は揺らいだ。眼前に立つ男の顔すら認識できていない。焦点を合わせようと痙攣する眼球を見据えると、『戒律』は呆れたように口を開いた。


「まさか、まだ意識があるのか。しぶとい女だ」

「しぶ、とさには……自信がありますので」


 だが、意識が落ちる寸前であることはその場の誰もが、何より少女本人がよく理解していた。何度も死に続け、意識をあの世に飛ばしてきた彼女だからこそ、よく理解していた。気絶すれば打つ手はない。今度こそ、『戒律』に捕縛され、延々と死に続ける。いわゆる実験動物。

 そんな彼女の胸にあったのは──諦念。

 こんなとき、正義のヒーローならば都合よく助けに来てくれるだろう。この状況ならば、『茫漠』がそのヒーローに当たるのかもしれない。だが、彼は殺人鬼だ。どこまでも、人とは相容れない殺人鬼。


『俺らで『戒律』を殺さないか?』


 その言葉が、少女の始まりだった。彼と出会って、死の象徴たる『盈月』への足がかりを手に入れた。そして、『盈月』にたどり着くためには、『戒律』が邪魔だった。

『茫漠』も、六人目の殺人鬼を名乗って、『戒律』に狙われ、それを疎ましく思った。

 言ってしまえば、ただの利害の一致。ヒーローとヒロインのようなドラマチックな関係性はそこにない。二人の関係性は、容易く切って捨てられる。


(でも、それでも、あの人は……)


 視界はとうに黒く染まっている。すでに思考だけがそこにある。視界が奪われたぶん、その思考時間がやけに長く引き伸ばされていた。引き伸ばされた思考を打開策の考案に回そうにも、うまく頭が働かない。いつの間にか、少女の脳裏には走馬灯が垣間見えていた。

 ダイジェストで、夢を見るみたいに。一シーン一シーンが流水の如く流れていく。

 

 ──少女は不幸体質というものだった。アニメや漫画でよく見られる、犬の糞を踏んだりトラブルに巻き込まれる体質。それを限りなく悪化させたものだ。

 物心ついたときには両親を殺した悪魔として悪名高く。施設では誰からも疎ましく思われていた。

 まるで『戒律』に囲まれ殺されかけているように、施設では同世代の子どもたちから罵詈雑言を囲まれ浴びせられていた。


 周囲の状況が、走馬灯と重なる。


(あぁ、そうだ。昔も、こうやって私はいじめられていた)


 理解者はたった一人、彼女を拾った女性だけ。そしてその唯一心を開いていた女性でさえ、少女が引き起こした不幸に巻き込まれて亡くなった。泣く暇すらなく、施設を追い出され各地を転々とするだけの毎日。そのどこでも、必ず不幸を呼び寄せ、周囲すらも不幸にしてきた。

 ──相容れない。どこまでも、人とも、世界とも、運命とも、ありとあらゆる全てと相容れない。ずっと、少女は独りを噛み締め、その味は無味になっていた。吐き捨てようにもへばりついて離れないガムみたいに、不幸はいつもつきまとう。


(あの時と、何も変わっていない)


 殺人鬼が蔓延る街があると聞いて来訪し、早数ヶ月。少女の考え方も、大きく変わり始めていた。『茫漠』との出会いはもちろんのことだが、殺人鬼たちと相対することで得られるその異常性。

 人の命を重んじてきた──不幸で巻き込んでしまったことに罪悪感を抱いていた少女の価値観を、塗り替えた。親すら殺し、大切な人すら奪った。今になって考えれば、きっと、もう、価値観の土台は揺らいでいたのだろう。

 誰よりも大切な人を自分の不幸で殺し、果てには自分の命を紙切れよりも軽いものとして扱った。そういう経験の重なりで、命というものを知らず知らずのうちに軽視するようになっていた。

 この街へやってきて、それは決定的になる。少女の死生観は崩壊し──その本質は、より殺人鬼に近いソレに。

 

「……はは」


 触覚だけを頼りに、右ポケットに仕込んでいたサイコロを握りしめる。放れば両断されるだけの、武器にすらならないただの玩具。斬られるのなら、斬られてしまえ。そういうふうな、やけになったとも捉えられるような大ぶりで、それを空高く投げ上げた。


「は? 何がしたい?」


『熾火』は閉口しつつ刀を抜いて静かに構える。落下してきたサイコロを斬れば、出目などは関係ない。万が一『熾火』がしくじっても良いように、『戒律』たちも銃を向けていた。誰もがそのサイコロを警戒している最中、少女は不敵に笑う。

 ──手品の基本は、視線誘導。

 さり気なくポケットから取り出したサイコロは、誰にも気づかれず地面に落ちる。『茫漠』が無意識に滑り込む技術を有するように、少女は似通った技で彼に迫る。

 強い役を引き当て、相応の不幸を溜めれば相応の事故を引き起こせる。長年愛用し続けてきた、否、それ以外に不幸を回避する手段を持たなかった少女にとって、サイコロの扱いなどお手のもの。ある程度なら、出目を調整することだって不可能じゃない。だから、今、狙うは──


「最大打点──ピンゾロ」


 神はサイコロを振らない。皮肉なことに、神から見放された少女は、疫病神を自称し、代わってサイコロを振り続ける。回転する六面体は、鏡のように周囲の光を反射する。炎の赤色、アスファルトの藍色、空の藍色、少女の髪の銀色。相容れない運命、相容れない人生。誰からも愛容れない、愛情を知らない人生。土壇場で信じられるのは、己の不幸ただ一つ。


 (少女)が振り下ろしたサイコロは、三つの赤い目を空に向ける。血の滲む瞳で、()を睨みつける。

正直、サイコロで戦う薄幸少女ちゃんすごい好き。もっと曇ってもらっても可愛いかも。


それと、いいところですが、そろそろ次回は『茫漠』サイドのお話になります。

『戒律』戦闘担当部位の“爪”と、バチバチにやり合ってもらう予定。

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