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第七夜 作戦開始

 報告は遅れていた。

 街北東部にある高層ビル。都市部に近いので、発展しいくつも建てられたビル群のその一つ。基地局が設置されている屋上に、扉を壊しそうな勢いで入ってきたのは『戒律』の一人。夜風が屋上にやってきた男を殴りつけ、思わず男は腕で顔を隠す。


「どうした」


 低い声で、筋肉質な男が問う。通常、なにか緊急の連絡があれば通信機によって行われる。だが、男は慌ただしくやって来た。息を切らしてはいないが、ゆっくりしてきたというわけではなく、鍛えられた持久力によるものだろう。

 夜風に声を巻き込まれないよう、整然とした声で、叫ぶ。


「基地局が、三ヶ所ほど機能しなくなりました! 原因は小規模な爆発や出火、あるいは外部から槌のようなもので叩き壊されていました!」

「人為的なものか。相手は」

「不明です……!」


 あまりにも、報告が遅すぎる。本来ならば一ヶ所基地局が破壊された時点で何かしらの伝令があるはずだ。三ヶ所も破壊されているというのは、異常だった。


「上の判断は」

「おそらく、いえ、間違いなく『茫漠』の仕業だろうと」

「奴が相手か。なら──」


 筋肉質な男の背後で、音がした。報告に来た男は、ただただ唖然としている。

 ──アンテナが破壊された。基地局が落とされた。

 ”揺るぎない殺意”の『茫漠』による、最速隠密の襲撃。察知不可能回避不能の必殺。筋肉質な男は、すぐさま手榴弾を投げ上げる。同時に、近くにいた男の胸ぐらを掴み、盾に。爆発の衝撃を肉壁で緩和し、爆風を防ぐ。焼け焦げ、命が絶えた盾を捨て置くと、姿を表した華奢な体格の”ソレ”に視線を飛ばした。


「おいおい嘘でしょ。まさかお仲間を盾にするとか、クレイジーだぜ、マジで」

「いくら貴様だろうが、こういう範囲攻撃を回避する手段はないのだろう? これが最善だ。我々は、我々のためにあるのだからな」


『茫漠』が手にしていたのは、斧だった。体躯に見合わない、刃の大きく長い斧。破壊力だけを追求した一品。どうやら基地局破壊工作のためだけに持ち出された武器らしいのは、男から見ても明らかだった。手榴弾を防げたのも、その大きさが幸いしたか。

 どう見ても体格にあっていない大きさ。動きで撹乱してしまえば、すぐに封殺することができる。長物は懐に入ってさえしまえば、簡単に攻略できる。


「──あ?」


 そう思っていた男の身体は、次の瞬間には上と下が切り離されていた。腸が重力に従って引きずり出され、赤黒い血が決壊して流れ出す。『戒律』として訓練された彼は、悲鳴を上げることこそなかったものの、意味がわからないというふうに眉根を引き上げていた。

 認識ができなかった。油断などしていない。目を一瞬たりとも離したつもりはない。それでも、彼の頭から『茫漠』という存在が抜け落ちてしまった。捕まえられない。水がザルをすり抜けていくみたいに、意識の合間を縫ってくる。


「ちょっと急いでるんだ。悪いが、付き合ってやれなくてね」


 破壊工作のためだけに持ち出された斧? その認識を大きく改める。『茫漠』がわざわざそんな大仰な武器を使っているのは、見つからないから。派手な武器でも、見られない。破壊力抜群のそれならば、敵を容易く粉砕できるから。

 彼の細腕に込められた腕力ならば、その程度の斧、羽毛のように軽く振り回せるから。

 報告する余裕もなく、『戒律』はまた一人、息絶えた。


 ──同時刻、街の中心部。

 作戦通り、少女は街の中央にて『戒律』を探していた。一人見つけ、殺せば次々と増援を送るのが彼らの特性であることを熟知していたからだ。幸い、『戒律』も銀髪の少女を探している。すぐにお互い、目的の人物を見つけることに成功した。

 場所は開けた交差点。昼間人通りの多い場所ではあるが、夜になれば街のルールに従って人っ子一人いない静寂の舞台。周囲に住宅街もなく、屋根もビルも近くにない青天井には、美しい満点の星を見ることができる。

 少女はそこで見つけてくれと言わんばかりに佇んでいた。


「こんばんは、『戒律』さん。不運(わたし)と踊ってくれませんか」


 疫病神は、不敵に笑う。

 交差点に到着したのは、複数で行動していた『戒律』三名。北部での異変を察知して、北上していくところだったらしいところを少女が捕捉した。

 

「”銀髪の少女”か。ちょうどいい、ここで捕獲する。大人しく投降しろ」


 あぁ、この人たちは、と憐れむように少女は視線を落とす。『戒律』の”脳”によって傀儡にされているただの一般人。しかも、目の前にいる少女は『戒律』をすでに複数人殺したことのある悪魔。それにもかかわらず、いや、だからこそこうして捨て駒として使われているのかもしれない。少女の実力を測るためだけの、ただの計測器。

 少女は、サイコロを地面に落とす。出目は一二三。最弱の役だ。そして、最弱の”役”は最強の”厄”へと、緩やかに変化を遂げていく。まだ、不幸は降り注がない。死刑を執行する前の執行官のような気持ちで、少女は優しく言葉を投げかけた。


「他の『戒律』は?」

「貴様に教えてやる情報など微塵もない」

「つまらないですね。少しくらい、お話してくれてもいいのに」

「死なないことが約束されているだけ感謝するんだな。貴様は、利用価値がある。だから生け捕りにする。逆に言えば、死なないのならば、いくらでも貴様を痛ぶれる」


 三人の『戒律』のリーダー格とも呼べるその女は、脅しと言わんばかりに刺すような物言いで彼女を威圧する。だが、言わずもがな失敗に終わる。なんせ相手は──

 

「──死なせてくださいよ。私は死にたがりなんだから」


 その瞬間、彼女を襲ったのは無人のトラックだった。理屈なんて関係ない、理解不能の不幸。『戒律』を一人巻き添えにしながら、トラックはビルに衝突する。窓ガラスをやすやすと突き破り、奥までその鉄の塊をねじ込むと、炎上し始めた。

 炎の中から、少女が出てくる。手には息絶え、身体がちぎれた『戒律』の上体が掴まれていた。


「……死んでおけよ、人として」

「あいにく、死なせてくれないんですよ。神様は」

 

 不幸は連鎖する。トラックの突っ込んだ位置が、”偶然にも”ビルの柱に直撃。ゆっくりと、ビルは傾いていく。


「嘘だろ」


 本来、少女に殺人鬼に匹敵するほどの身体能力は備わっていない。『茫漠』のように大斧を軽々と振り回せる腕力も、『熾火』が見せたような超スピードも持たない、一般的な身体性能。だが、こと”不幸”という一点においては──運という実力という点においては、誰をも凌駕する疫病神。

 ビルの倒壊を回避できない。走ろうにも、人間の走力より早いコンクリートの墜落。最後に、『戒律』二人は仲間へ情報を残す。”銀髪の少女”の脅威度を改める。真正面から『戒律』とやり合っても、打ち勝てるだけの力を有している。

 肉体が押し潰される。血を吹き出すだけの余裕もないまま、取り残された二人の『戒律』は下敷きに。大地を揺るがす轟音。巻き上げられる砂塵と黒煙。その異常事態は、街中に伝わった。戦いの火蓋が、切って落とされる。ひしゃげたコンクリートと鉄筋の間を縫って、少女はゆっくりと顔を出す。世紀末を彷彿とさせる光景を背に、灰色の山で見下ろす形で、騒ぎを聞いて即座に駆けつけた五人の『戒律』を見つめる。先頭に立っていた眼鏡の男が口を開いた。


「貴様……が、これをやったのか」

「えぇ、まぁ、そうですね」


 少女は、サイコロをポケットから取り出す。常備している、三つのサイコロ。常に一二三を出し続けることで、不幸を消費して相殺するためのお守り。だが、すでに不幸を大幅に消費して、その身に受けた彼女のサイコロは、バラバラな数字を出した。相対的に運が良くなっている証拠だ。


「なるほどな、先程の報告通り、貴様への警戒を改めなければならないらしい」

「報告? あぁ、さっき死んだ人たちですか」

「他人事だな。貴様が殺したのだろう」

「不幸に巻き込まれて死んだんですよ。トラックに巻き込まれた人たちで、生き残った一人が殺したんだ! とはならないでしょう」


 少女の言い分に、わずかだが『戒律』は冷めた感情を抱いた。思考回路が一般人のソレではなかったからだ。明確な殺意をもって、その不幸に巻き込んだことをまるで悪く思っていない。一抹の罪悪感さえ抱かず、自分は悪くないと言い放つその胆力に、『戒律』は殺人鬼に相対したような心持ちだった。


「チンチロリン、ってやりますか」

「我々に娯楽は必要ない」

「そうですか」


 チャラチャラと、正面の『戒律』を気にせず彼女はサイコロを振り続ける。手のひらでいくら確認しても、一二三も何も出ない。バラバラな出目が、それぞれ違う人の目をもっているかのように彼女を睨み返した。

 

「このサイコロが、爆弾だといったら信じますか」

「その程度の火薬では致命傷になり得ない。まさか、武器はそれだけか?」


 武器とすら呼べないだろうその玩具に、『戒律』は侮蔑的な感情を込めながら指を指した。少女は、わずかに微笑む。


「そうですね。私に武器はありません。強いて言うのならこれだけです」

「なら、もう大人しく投降するんだな。しないのなら、実力行使だ」

「さっき三人死んだのに、五人で変わると思ってるんですか?」

「我々は”腕”だ。先程のように行くと思うな」


 少女は、サイコロを握り込んだ。振ることをやめ、『戒律』と初めて目線を合わせる。


「不幸の前には、誰でもみんな無力ですよ」


 サイコロを投げた。『戒律』へ向け、大きく一投。扱いに慣れているからか、三つのサイコロは直線上に飛び、先頭に立ち問答をしていた『戒律』めがけて進む。彼がキャッチすると、「なんのつもりだ」と吐き捨てる。


「出目、いくつです?」

「は?」


 手のひらを開けると、三つのサイコロが四五六の目を上に向けていた。チンチロ最強の”役”の一つ、シゴロだ。

 ラッキーというのはそう長く続かないもので、一度大きな幸運を身に受けると不幸を連発してしまうものである。少女は、不幸体質。それも極度の。そんな彼女が、それだけの幸運を使った。

 光が、両者を包んだ。目がくらみ、爆音から鼓膜が裂ける。落雷だった。サイコロを渡された『戒律』にも、不幸の象徴である少女にも落ちる平等無比な神の怒り。

 雨も降っていなかったはずの交差点は、すぐに大豪雨に包まれる。炎上するビルの炎を鎮火しながら水たまりを作る。

 先に復帰したのは少女だった。一度命絶えるものの、すぐに蘇生。生き続けるという不幸を背負い、生き返った。


「はぁ……また、死ねませんでしたね」


 一撃必殺。五人の『戒律』は、なすすべなく焼き焦げていた。雷特有の傷跡を全身に残しながら、一つの黒い肉塊となって息絶える。


「神はサイコロを振らない、ですか」


 理屈のない不死身の身体に、いわれのない不幸。果たして本当に、神はサイコロを振らないのか。少女は、抗議するようにポケットからまたサイコロを取り出し、振り始めた。

『お前なんだか』

『サイコロとか武器にして戦いそうな顔だよな(笑)』

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