第六夜 ずさんな作戦会議
『戒律』から情報を引き抜き、『天秤』の存在と『戒律』殺害を本格的に企てた『茫漠』と少女は、『茫漠』が拠点としている家で一泊した後そのまま彼の家のダイニングに集まっていた。
少女のような体躯に、黒髪を一つにまとめた男『茫漠』。翡翠色の瞳と銀髪が特徴的な、サイコロを常備する不幸少女。利害の一致を再確認し、警察がドラマでよくやるようにホワイトボードに文字をなぐり書きしていく。
「とりあえず、『戒律』は近々殺す。『ヴィジランテ』に『盈月』がいないのなら僥倖。このまま俺らだけで『戒律』を暗殺する」
「はい先生」
「なんだね」
「『戒律』は全国各地に点在する集団を一の個として見る殺人鬼です。殺すのは実際問題不可能では?」
最初から繰り返されてきた議題ではあるが、その目処は立っていると言わんばかりに『茫漠』はホワイトボードに人体を大きく描いた。両腕に丸をつける。
「はいここ、これは俺らがこの間戦った『戒律』の”腕”だ。言わずもがなではあるが、『戒律』はその規模から全体を人体の部位に見立てて組織分けしてる。じゃあ問題だ。人体における急所とは?」
「頭部」
「正解」そういいながら大きく絵の頭部に丸をつける。
「全国規模でその人員を展開しているんだ。いくらやつとは言えども、それらを制御するための司令塔は不可欠。しかもその性質上他の組織と比べて比較的数が少ない。叩くならここ一択だ」
「”脳”を潰せば必然的に『戒律』は組織としての体裁を保てなくなり消滅。殺害に至るというわけですか。完璧ですね、その『戒律』の”脳”を特定することが尋常ではなく難しいことを除けば」
「不可能じゃない」
そう言って彼が取り出したのは、『戒律』から引き剥がした通信機器の数々だった。服の下にも仕込んでいたのか、それらだけで人一人分の重量を誇るおびただしい数の小型通信機。その一つをつまみ上げる。
「それで逆探知でもするんですか?」
「そんな器用なことはできないし、させてくれない。そのくらいの対策はされてる」
「じゃあなんのためにそれがあるんですか」
「こっちから通信をする」
「それはできませんよ」
先んじて少女はその可能性を否定する。
『戒律』が使用している通信機は、外部から干渉を受けないローカル回線。加えて、内容も複雑で独自の言語を用いている。例えば野球でピッチャーがサインを送るように、彼らは彼らなりの方法と合図でやり取りをする。『茫漠』が仮に通信機を手にして通信しようとも、まともなやり取りをすることはできない。こういう事態も想定して、『戒律』は通信内容をわざわざ複雑化させているのだ。
「むぅ……だが、でたらめな情報を伝達できないかと言われればそうじゃないだろ。向こうからすればくぁwせdrftgyふじこlpみたいな言葉には聞こえるだろうが」
「え、今なんて言ったんですか?」
「ともかく末端になにかしらの異常があったとわかる、だろ?」
「そりゃあそんな支離滅裂な文が送られれば、少なくとも気が触れたのかと心配になりますね」
「あとは俺の”殺意”で仕上げだな。情報の出どころに違和感を抱かせないことはできる。来るやつ全員拷問すれば誰か居場所吐くだろ」
「…………」
あまりにもずさんな手法に少女は息を吐いた。思えば、『茫漠』はあくまで知略家ではなくただの殺人鬼だ。徘徊して夜出歩く人間を殺すだけ。『戒律』殺しを提案したのも、『戒律』が『茫漠』を品定め……と言う名の殺しを目論んできたから。ようは、邪魔だから殺そうとしている。思ったよりも情動的なのかもしれない。
ひとまず、と言ってから少女はホワイトボードに指を向ける。
「『茫漠』さんの”殺意”ってなんですか。それを知らないと、作戦の立案に協力もできません」
「あぁ、そう言えば言い忘れていたね。とりあえず、殺人鬼たちが言うところの”殺意”の意味はわかる?」
「殺人鬼たちが掲げる、あるべき殺しの姿」
”一糸乱れぬ殺意”を掲げる『戒律』はその統率力でもって、圧倒的な物量を。
”揺らぐ殺意”を掲げる『茫漠』はその不完全さでもって、何者にも悟られぬ隠密を。
個々人に沿った殺しの理想であり、能力を反映したもの。殺人鬼たちが磨き上げてきた、殺しのために得た超越的な技術。
「俺の”殺意”は”揺るぎない殺意”──無意識に潜り込む技術だ」
それが、彼の”殺意”。
そう大仰なものではない。他人の無意識へと、自分の存在を落とし込むことができる。目の前に立とうが、声を発そうが、彼が無意識に潜り込んでいる間はただの石と変わらない、そよ風の音と変わらない。誰も、彼を気にしない。認識できなくなる。
他人の意識の死角へ入る。それは当然記憶にも適応され、思い出そうとしても──いや、思い出そうとすらできない。『茫漠』という人間など最初からいなかったと言わんばかりに、存在が抹消される。
「極端に影が薄いみたいな認識で良いんですかね」
「ひどい言いようだけど、まぁ、そうだね」
不定形にして不完全。形なき者は、自嘲気味に笑った。
「ふむ……暗殺向きの技術ですね。なら、私と手分けして電波塔を落とすのはどうでしょう」
「電波塔?」
『茫漠』は首をこてんと傾ける。
「ほら、『戒律』はローカルな回線で通信手段を確保していると言ったでしょう。この街にも彼ら専用に建てられた電波塔があるんですよ。その回線用の」
「すごいな。そんな事も知ってるのか」
「命だけはいくつあっても足りたので」
もちろん、と言って少女は街の地図を簡易的に書き起こしながら続ける。
「電波塔を破壊すれば、『戒律』たちは”脳”からの命令を受け取れません。そうなれば、伝令に”脳”と関わりの深い者を寄越すか、上手く行けば”脳”が直々に来てくれるでしょう」
だがそれには問題があった。書き起こした街の地図に、少女が無数の点を打つ。数にして三十程だろうか。
「ここにあるのが、その通信の要になる基地局です。これら全てを潰せば、目論見どおり”脳”への手がかりが手に入るかもしれませんけど、難しくはあります」
「電波塔や基地局を守る『戒律』がなぁ」
「あなたはそれを全無視で突破して機器を破壊してきてください」
「三十ヶ所全部か」
負担が偏る配役ではあるが、合理的だった。基地局や電波塔に配置されている『戒律』は先日二人が会敵した人員よりもずっと強力だ。通信の要を守るため、少数精鋭で配置されている。それを三十ヶ所。長引けばさらなる増援が送られ、突破に時間がかかる。が『茫漠』の”殺意”ならばその問題を解決できる。敵は無視して適当に爆破でもしてくればいい。
「俺の負担が大きいぜ、先生。先生は何するのさ」
「私は……」
彼女が大きく点を書いたのは地図のど真ん中。街中の道や交通が集まる中心地。
「──街に群がる『戒律』を集めて殺します」
「……マジか」
その目は驕りでも無謀でもなく、本気の目だった。
基地局の襲撃にあたって、最も懸念されるのが外部からの増援だ。いくら『茫漠』といえど、基地局が破壊された事態そのものを隠蔽することはできない。必ず原因究明や修復のために現地へ向かう『戒律』がいる。『茫漠』の”殺意”は無意識下に潜り込むものであって、透明になるわけでも、すり抜ける幽霊になるわけでもない。襲撃後、基地局に人がなだれ込めば移動が制限される。
(”殺意”のほどは把握できませんが、最悪の場合、人数上限で無意識下に入り込めない可能性もありますしね)
彼を観測する人数が増えれば、それだけ無意識に入り込む必要がある。そこに上限があるのか? という疑問はさておき、不安要素を取り除くことに少女は注力。
そんな彼女に、強い関心を示していたのが『茫漠』だった。
ただでさえ恐ろしい不死身の不幸。それに加えて『戒律』を複数人殺せるだけの実力。街に蔓延る『戒律』すら殺せるとの宣言。そして、それに怖気づくこともない強靭な精神力。あるいは──”狂った精神”。
「……そういえば、きみ、名前ないんだっけ」
「まぁ、ないですね」
「なら、名乗ればいい。名乗りたい時にでも」
彼は、確信していた。『茫漠』の声音には、自信が。『茫漠』の瞳には、未来が。見えているようだった。
「名乗りたいときに名乗れって……」
「好きな名前を言えば良い。名前というのは、存在を決定する。鉄の塊に金槌と名がつけば釘が打てる。鎧と名がつけば身を守ることができる。名乗りたいと感じた名前が、きみにとってのあるべき姿だから」
「はぁ、まぁ、肝に銘じておきます」
まるで別の話題を話されているかのように、理解できずに少女は首をかしげていた。とりあえずと言ってから、『茫漠』はホワイトボードにペンを走らせる。
「まぁ、最重要はこっちだ。俺は、基地局及びに電波塔の制圧を北から時計回りに行ってくる」
「どう破壊するつもりで?」
「爆薬が大量に余っててな、それでどうにかするよ」
それだけ派手な破壊工作をする以上、大勢の目が向けられる。下手をすれば、『戒律』のみならず他の殺人鬼や街の住人からも目撃される可能性が増える。だから、それを分散させるためにも少女は不幸を放出する必要がある。天変地異とも呼べるレベルの、大災害。
「実行は今夜だ。今夜、『戒律』を下す」
宣誓だった。殺人鬼らしい、突発的な犯行宣言。即座に、行動に移す。
「随分いきなりですね」
「そう? そうかもね。最近暴れたりなくてさ」
そうだ、この男は、
「そろそろ殺人鬼らしい殺しをしないとね」
この男は、殺人鬼だ。
最近の学校はホワイトボードが主流らしいですよね。
私は、黒板はノスタルジックで好きですが、チョークが手につくのが嫌いでした。
今の小学生とかにそういう話ししても通じないのかな、と思うとジェネレーションギャップを感じますね。