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第四夜 典型的な拷問は辛味を添えて

「ね? 簡単だって言ったでしょ」

「そんな休日釣りに出かけたおじさんみたいな」


 仮の拠点として大通り沿いの繁華街にある廃店舗に瀕死の『戒律(かいりつ)』を引きずって『茫漠(ぼうばく)』が戻って来る。ひとつ結びの黒髪に赤い瞳。女性のような華奢な体躯と中性的な顔つき。細腕に込められた力はいかほどか、『戒律』を数十メートル以上運んでいたはずだが疲れが全く見られない。

 拘束済みのほぼ全裸の『戒律』を前に、銀髪のショートヘアに翡翠色の瞳の不幸少女は顔を引き攣らせていた。あいも変わらず、不幸を打ち消すために三つのサイコロを振っている。


「こいつら、色々通信手段を持っていてね。見つけたら連絡される前にパッと素早く一撃で仕留めないといけないんだよね。ちょっと面倒だったよ」

「そんなゴキブリみたいな……」

「実際そうだよ。『戒律』一匹いたら百匹いると思えってね、ははっ。ほら起きろ『戒律』、情報を吐いてもらうぞ」


 妙なテンションで『戒律』を蹴り上げると目を覚ます。急所は外し、応急処置も施してあるので少し殴打をした程度では死なない。苦しそうにうめき声を上げながら、『戒律』は顔を上げた。


「『茫漠』……」

「おはよう。いい夢は見れたか?」

「貴様……いや、待て。そこの女は……」

「あぁ、こいつ? あんたらの”目”を五人殺した大罪人」

「”腕”を捕虜にしてる人が言うのもどうかと思いますけどね」

「グルだったか、どうりで見つからないわけだ」


 危機的状況にもかかわらず、『戒律』は淡々と事実を受け入れる。その目に生気は宿っていなかった。


「さぁて、ぱっぱと作業に移ろうか。俺が聞きたい情報はただ一つ、『ヴィジランテ』の創設者と情報についてだ。『ヴィジランテ』について知っていることがあるのなら、全て吐いてもらおうか」

「舐められたものだな」


 訓練された精神、行動。『戒律』はすぐさま舌を噛み切ろうと口をわずかに開く。その隙間を見逃すまいと『茫漠』は素早く丸めたハンカチを差し込んだ。

 えづきながら、『戒律』はハンカチを吐き出そうとするが上手くいかない。奥まで押し込まれてしまっている。


「なんか……あっさりですね。ここから拷問でもするんですか?」

「あぁ。けど、口を割ることはないだろうな」

「じゃあなんのために捕縛したんですか」


 その質問に答えることもなく、『茫漠』は近くの引き出しに忍ばせておいた道具を取り出す。レンチや刃が欠けているナイフ。麻縄にスタンガンや薬効不明の錠剤にカプセル。その品々を少女の前に差し出す。


「とりあえず拷問しよう。やるのはきみに一任する」

「は?」

「色々死に方を試してきたって言ったじゃないか。腕の見せ所だぜ」


 不幸すぎるがゆえに死ぬことを許されない少女。何度も死んできた彼女に取って、どのくらいで人間が死ぬのかは手に取るようにわかる。何をすれば人体は辛いのかも。

 最初は少女もためらい様な表情を見せたが、仮にも殺人鬼の一人である『茫漠』と協力関係を結んだ身だ。その口で交わした契約とは言え、不履行には出来ない。


「あまり乗り気になれませんけど……わかりました」

「頼りにしてるぜ、相棒」


 「俺は少し用があるから席を外す」とだけ言うとどこかへ行ってしまう。取り残された少女と『戒律』だけががらんどうの部屋に残った。少女の判断で、ハンカチを取り出し手元にあった猿ぐつわのような器具を取り付ける。これで会話はできるが舌を噛み切ることはできない。

 淡々と道具を揃え、さながら夕飯を決めかねている主婦のように拷問方法を吟味している少女を見て、『戒律』は口を開いた。


「……おい、お前、名前は」

「冷徹無比な真面目人だと思ったらそういう世間話もできるんですね」

「我々に伝達できれば、有用な情報になるからな」


 どこまでも合理的な思考しかしない『戒律』に呆れ返りながら、少女はペンチを手に取った。カチャカチャと音を鳴らしながら、『戒律』に近づく。中学生か高校生かといった体格の少女でありながら、おぞましい。脅しや冗談でなく、人を殺せるだろうという確信を見るものに与えてくる。


「私に名前はありません。施設を飛び出してきたときに名前は捨てました」

「孤児だったのか」

「親を死なせたのでね」


 含みのある言い方に、『戒律』はつけ込む隙であると判断したのか、さらに質問を繰り出す。どこの施設だったのか、親の経歴は、死に方は。だが、どれもありのままのことを無感情に少女が話すと、彼女はペンチで一枚指の爪を剥がす。

 表情一つ変えることもなく、『戒律』は猿ぐつわを噛みしめる。


「なぜ、あんなやつに協力する?」

「私は『戒律』に狙われる身ですから。彼が不安要素を”取り除く”といってくれたので、安心できる方に協力するのは必然でしょう」


 取り除くという単語に、『戒律』は反応した。よもやと思ったが、まさか『茫漠』は『戒律』を殺す気でいるのかと、本気で瞠目しているようだった。ここで初めて表情が崩れている。目を見開き、小さく声を漏らしていた。

 また、ペンチで一枚爪を剥がす。


「ならなぜ……お前は、こんなに拷問や人殺しの協力に躊躇がない?」

「私自身が死に慣れてますからね。それにこれは必要なことですから」

「気が合いそうだな、その合理的思考には大いに賛同できる」

「私には理解に苦しみますね」


 その目には、『戒律』が写っていなかった。拷問している相手の『戒律』すら、その瞳に映らない。興味がない。


「『戒律』は全体の維持のため、組織員を定期的に増減させている。さながら細胞が入れ替わるように、あなた達組織員も入れ替わる」

「……よく知っているな」


 死を求めこの街にやってきて、死を求め殺人鬼を独自に調べ上げた少女。『ヴィジランテ』内情まではもちろん手が回っているわけではないが、殺人鬼となれば彼女の庭だ。

 また、ペンチで一枚爪を剥がす。

 

「ということは、あなたは元一般人だった。哀れですね」

「哀れ……? 我々は、我々のために動く。それが至高であり至上であり至極だ」

「言葉も出ませんね。所詮あなたは『戒律』の細胞の一部。人は毛が数本抜け落ちようが対して気にしないように、どうせあなたが死のうが『戒律』はそれを歯牙にもかけない」


 呆れに呆れを重ねたように、彼女の声音には疲れのようなものがにじみ出ていた。拷問を受けているのは『戒律』のはずなのに、彼はかえって生き生きとするよう。少女の情報を引き出す。さらには彼女の口をすべらせて『茫漠』の情報を引き出すため饒舌になる。だが、瀕死に為すことが全て『戒律』という”自己中”に還元される。それを、少女は見下すようにため息を吐いた。

 ペンチを下ろし、床に放った。


「一般人なら、普通に死ねたものを。もうあなたは、誰の記憶にも残らない」

「記憶に残る死に方をする必要がどこにある」


 普通に死ねない彼女にとって、死ねるということすら羨望に当たる。それなのに、一般人らしく幸せに死ぬ権利すら放棄した『戒律』は、彼女の目にはもはや人にすら見えなかった。

 実際、彼女の感性は正しい。『戒律』はその人員全体でようやく一人なのであって、構成する人員一人一人は人間とは到底呼べない。一般人を拉致し、強制的に訓練と洗脳を施したただの傀儡。裏切ることも命令に背くこともない人形。

 人の形。そう、人をかたどっただけの、ただの肉。

 次に刃の欠けたナイフを持って、彼女は『戒律』の腕に強く当てて引いた。肉が裂ける。ノコギリのように、ブチブチと皮膚を食い破り、肉を刻んだ。

 

「そろそろ情報を吐いてほしいんですけどね」

「拷問する方というのも精神的に疲弊するだろう。わざわざ殺さずいたぶらなければならない。気を使う上に、気色の悪い光景を見続ける」

「それは大した問題じゃないんですけどね。典型的な拷問でダメなら少し趣向を変えましょうか」


 ガサゴソと、ビニール袋の中を漁る少女。たとえどんな拷問であろうと、どんな痛みであろうと耐えられる。『戒律』のその読みは正しい。訓練され洗脳された兵隊である彼は忠実に動き忠実に耐える。そこに例外はない。


「それは想定内ですからね。痛みとはいっても、訓練されていないタイプでいきましょう」


 彼女の手にあったのはわさびと辛子。それに真っ赤な液体や香辛料など様々な刺激物が山盛りに抱えられていた。それをチョイスしたことにも驚きではあるが、それを用意した『茫漠』も驚きである。

 ある種それも”典型的な”拷問ではある。『戒律』は鼻で笑い飛ばした。


「ここを漫画の世界かなにかだと思っているのか? その程度で我々が情報を吐くと?」

「チキチキ、必中ロシアンルーレット~」

「は?」

「飽きたんですよ拷問とか。てかあんたの話がつまらない。そろそろ良い悲鳴を聞かせてくださいよ。私、あなたみたいなすました人が痛みと恥辱と苦しみで悶える姿を想像するのが好きなんですよね」

「何を言って……」


 ビニール手袋を装着し、少女は辛子をシャリに、わさびをネタに見立てて寿司を握る。最低最悪の必中ロシアンルーレット。辛味の根源を隠す気もない看破上等のドッキリ。

 猿ぐつわで完全に口が締まりきらないのを良いことに、少女はそれをねじ込んだ。さすがといったところか、これにも『戒律』は動じなかった。ただ、少しむせた。

 その隙を見逃さずに、少女は赤い液体を流し込む。口で中和されないよう、喉奥に全てをねじ込む。流し込む。鼻もつまみ頭を掴み揺する揺する。気道に入ったのか、大きく『戒律』がむせる。鼻に入る。からしも、わさびも全てが鼻に向かう。

 シェイクされた『戒律』の目には、抗いようのない涙が浮かんでいた。反射的に、生理反応として出てくる涙。久しく涙を流していなかった『戒律』の数少ない泣き所である。


「ごぼっ!? ごばぁっ!! アっ……おぉえ!」

「まぁこれくらいなら情報を吐くことはないでしょう」

「え”……」

「今からあなたのパンツを下ろします。尿道に塗りたくってみましょう。古今東西誰かがやったとかも知らないから、どのくらいの痛みなのかわからないのが怖いですね。ぽっくりショック死しないようにしてください」

「はぁっ!?」


 少女には理解できない。理解しない。その痛みを知ることもないし、知る余地も知る方法もない。だからこそ移せる手段。

 その夜、声の主の場所を特定できないほど大きな悲鳴が街に響いたという。


 □□□


「ただいま」


 繁華街の廃店舗にて、銀髪のショートへアの少女が拷問を終わらせてほどなくした頃。黒髪を後ろで一つに結んだ女性的な男性、『茫漠』が戻ってきた。

 その右手にはまた別の『戒律』が掴まれている。引きずるような形で少女のいた部屋へと入場してきた。最初と同様に瀕死の状態で『戒律』は拘束されたうえで気絶している。

 

「えと、こりゃひどいな」


 部屋を一望すると同時に『茫漠』はそう口にした。部屋に転がるのは白目を剥き、完全に全裸に剥かれている『戒律』。顔はあらゆる体液でびしょ濡れになっており、唾液なのか涙なのか鼻水なのか汗なのか混ざって判別などできない。極めつけは下半身だった。形容しがたい、口にするのもおぞましいような無惨な状況だった。

 少女は、気絶した『戒律』を置いて『茫漠』の元へと近づく。

 

「情報を引き出せました」

「マジか……正直、驚きだよ。絶対無理だと思ってた。なんなら殺すと思ってたから二人目連れてきちゃったよ。邪魔だしコレは処分するか」


 サクッと頸動脈を傷つけると、『茫漠』は手元に握っていた『戒律』を放り投げた。

 彼の想定よりもずっと優秀……ではなく残忍な彼女の本性にある意味感心しながら「で、情報は?」と促す。


「まず、『ヴィジランテ』の創設者は『天秤(てんびん)』と呼ばれる男です。素性は不明ですが、仮面をつけているのが特徴的だとか」

「……仮面の男」


 情報屋のメイルから伝えられていたことだ。それもその名──殺人鬼の名乗りと同様のもの。七人目の出現を念頭に置きつつ、『茫漠』は続きを促した。

『戒律』殺害において、最大の障壁となるのは『盈月』だ。仮に、『ヴィジランテ』の誰か──有力なのは『天秤』が『盈月(えいげつ)』と内通していた場合、むやみに手を出すことはできない。そのつながりを探る。


「『ヴィジランテ』の目的そのものは不明です。というより、謎がより深まったという感じでしょうか」

「どういうこと?」

「どうやら、『ヴィジランテ』と大層な名前を掲げている割には、殺人鬼に対する牽制はほとんど行っていないようです。というより、仕組みが少し……」

「少し、なんだ」

「いえ、宗教的だなと」


 聞けば、『ヴィジランテ』の主な活動は上層部のみが行っているとのこと。いわゆる下層部──民間人で固められた部隊は積極的に夜の街に繰り出して行動することはない。殺人鬼と遭遇した場合、デモや抗議など聞く耳持たずで殺しに来るからだ。

 では下層部は何をしているのかと言うと、”お布施”をしているのだという。実力のある上層部に資金を献上し、夜の街で行動できる上層部の人間がその資金で活動する。


「そんな組織が成立するわけないだろ。絶対に下層部から反感を買う」

「それが、そうでもないんです」


 得られる恩恵は上層部からの護衛や支援。短い距離であれば上層部がお布施をした人間の護衛につき、比較的ローリスクで移動ができる。さらに、夜間限定ではあるが格安で市場を開いている闇マーケットから商品を安く仕入れる事もできる。

 民間人にとって、夜に買い物や移動ができるというのは行動範囲、時間の拡大。人生をそのまま長く使えることに直結する。

 時間を買うため、洗濯機や掃除機などが流行したように、この街の人間は夜の時間を買うため『ヴィジランテ』にお布施をする。支払いに応じただけの支援を受けられるのだから、当然やる。


「ふーむ……てことは──」

「『ヴィジランテ』に所属する民間人は全員ただの資金源ってことですね」

「しかも、あっちには統率力と洗脳が十八番の『戒律』が着いている。おそらく『天秤』が『ヴィジランテ』を設立。最初は同志を引き込みある程度拡大したところで貯めていた資金を使い『戒律』と取引。その後は『戒律』の助力もあって急速に拡大……って流れだろうな」


 だが、これでだいたい想像はついた、と『茫漠』は頷く。


「おそらくだが、『ヴィジランテ』のバックに『盈月』なんていない」

「……え」


 少女が唖然とするのも無理はなかった。メイルとの話だと、『ヴィジランテ』という自警団が形成されてもなおその体裁を保っていられたのは、『盈月』の後ろ盾があるからだろうという話だった。

 『盈月』含む殺人鬼たちが、『ヴィジランテ』を歯牙にもかけない理由はその『盈月』自身がつながっていると踏んでいたから。


「だが、実際『ヴィジランテ』は上層部しか動いていないんだろ?」

「えぇまぁ……それも、大抵は街の調査やパトロール、出歩いている人の呼びかけらしいですよ」

「ならなおさらだ」


 その程度の組織、殺人鬼にとっては脅威でもなんでもない。つまり──


「ただ”めんどくさかっただけ”だな」

「はぁ?」

「そりゃあそうだ。いつでも潰せるけど対して脅威にならない組織で、かつ『戒律』がいる。そんな組織に手を出す必要はない。リターンが極小なのに『戒律』に目をつけられるとかいう最悪のオマケがついてくる」


『盈月』ほどではないにしろ、『戒律』という面倒極まりない殺人鬼を後ろ盾に得ているのだ。それだけで十分だったのだろう。『ヴィジランテ』はただただ取るに足らない組織だと認識されていただけ。

 だが、だからこそ警戒しなければならない。

 

「今ならメイルの警告の意味がわかるな」


 ”殺人鬼全員を欺き、『ヴィジランテ』を拡大させ、『戒律』を手中に収めた”。

 ただただ、誰も関心を示さなかっただけと言えばそれまでだが、言い方を変えればそれだけの偉業がなされている。ありもしない最強の後ろ盾をちらつかせ、まるで”『戒律』との契約のためだけに仕組まれたような『ヴィジランテ』の集金システム”を用意して仮初の後ろ盾を確固たるものにした。

 他の殺人鬼たちにはない用意周到さ。『ヴィジランテ』創設者にて七人目を予感させる『天秤』──


「思ったより、厄介な話になりそうだ」

男女関係なく、尿道にカラシとか考えたくもないですね。

泌尿器科に行ったらなんて言って診断を受ければ良いんでしょうね。

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