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第三夜 満月は朧を望む

「やぁ、『熾火(おきび)』。久しぶりじゃないか」


茫漠(ぼうばく)』と『熾火』の邂逅。それが果たされた直後、周囲をうろつく『熾火』に声をかけたのは一人の女性だった。モデルのような体型の良さと上品な立ち振舞。顔には仮面を着け、赤黒い髪を後ろで一つに結んでいる。よく通り、人の脳へ直接響かせるような声音。

 ──逸脱した死の予感。

 相対するだけで寿命が削られるかのような錯覚に陥る絶望感。何をしようが逃げられないだろう無力感。思考が生存に向けて動かなくなるほどの虚無感。


「『盈月(えいげつ)』……!?」


 蠱毒の絶対王者──殺人鬼五柱の頂点。何人たりとも寄せ付けぬ無敵にして無敗にして無情の女王『盈月』。

 彼女を前に『熾火』はすぐさま戦闘態勢──否、逃走経路を確認する。あくまで迎撃。襲われたときには全力で抵抗して逃げられるだけの未来を探りながら、注意深く『盈月』を観察する。一つでも間違えれば命はない。その緊張が『熾火』に大粒の汗を流させた。


「警戒するなよ。私は今日、そういう目的で来たんじゃないんだから」

「なら、なんの、目的だ」


 ぶつ切りで返答すると、『盈月』からは意外な答えが返ってくる。


「さっき『茫漠』に会ったかなと思ってね。私、”久しぶりに”彼に会いたいんだけど」

「は、『茫漠』とつながっていたのか」

「ん? いやいや、違う。私は彼のファンでね」


 そんなことはどうでもいいだろう、というと『盈月』は一歩前に出た。詰め寄るような形で『熾火』に質問を繰り返す。嘘偽りのないように、嘘偽りを述べてもすぐに見抜けるように。


「さぁ、『熾火』お前は『茫漠』とどこで会った? どこに行った?」

「さっきから、”『茫漠』と出会ったという前提で話すな”」


『熾火』は逃げるように二歩下がり距離を取る。顎を引き、刀に手をかけ相手を見据える。


「儂は『茫漠』と会っていない。なぜさっきから会ったという前提で進める?」

「……ふむ」


 面白いものを見るように、『盈月』は口元を緩めて『熾火』を見た。何度もふむ、ふむ、と頷くと小さく笑う。その所作はまるでどこかの学校の女の子みたいな、あるいは艶めかしい女性が見せる無邪気な笑顔みたいな、ある種純粋で嫌味のない笑みだった。


「あははっ、やっぱり一筋縄じゃいかないか。彼に本気で雲隠れされたら、さしもの私とて”見つけ出すのは困難を極める”からねぇ」

「……何を笑っている?」

「いや、いいよ。もういい。アテはまだある。それより『熾火』、きみもまだまだだね。『茫漠』に一杯食わされたか。もう”覚えてない”んだもの」

「さっきから、何を言っている」


 気味の悪い反応をする『盈月』に、本気で『熾火』は狼狽する。そんな彼を差し置いて、すぐに『盈月』は姿を消した。もう用はないとだけ言い残し、さらには「きみはただの被害者だから」とだけ付け加える。

 ビルの隙間を蹴り上がり、まともに下の見えない宵闇の街で『盈月』はウサギのように飛び跳ね移動する。人間離れした脚力と体幹で、素早く南下すると大通りへ飛び出す。『戒律(かいりつ)』の”腕”が配置されている場所だった。

『盈月』がわざと音を立てながら着地すると、洗練された動きでスーツ姿の男女が彼女を取り囲む。ガタイの良い大男もいれば、そこらを歩いていそうな平凡な男女もいる。共通しているのはスーツ姿であることと無機質な表情、耳元に着いたインカムだけ。

 はじめは総員武器を構えていたが、相手が『盈月』であることを確認するとすぐに武器を下げた。


「やぁ、『戒律』。えーと……久しぶり、と言えばいいのかな、それともはじめまして?」

「”お久しぶりです”『盈月』様。なにか、御用がお有りでしょうか」


 『熾火』とは違い、所詮”身体の一部”である『戒律』たちは自分が死ぬことも恐れない。メガネを掛けたスーツの男が恭しく礼をする様子を無表情で『盈月』は見下す。

 弱者のごますりで気分を良くするほど、彼女の器は小さくない。


「ん、まぁそうだね。今私は『茫漠』を探していてさ。もし情報があれば欲しいなと思って」

「申し訳ありませんが、それならお力添えできそうにはありませんね。なにせヤツの殺意は──」

「”揺らぐ殺意”だろ。”揺るぎない殺意”を掲げる私とは反対だ。そういうところが好きなんだけどね」


 意外な反応に、『戒律』は感情を一致させわずかに困惑したように目を開いた。代表して口を動かしているメガネの男は、ひるまずに質問を繰り出す。


「恐縮ながら、我々からも聞きたいのですが、”銀髪の少女”のことは見かけませんでしたか?」

「知らないな。ここ最近この街から離れることもあったしね。というか、そういうのはきみらの得意分野だろ」

「お恥ずかしながら、そちらも全く情報がなく」

「……はぁ、そうか」


 露骨に不機嫌そうな表情を『盈月』が見せる。敵対すべきではないと、『戒律』がフォローに入るがそれすら軽くあしらわれる。


「『戒律』が総力を挙げて見つからないってことは、そういうことだろ──『茫漠』」


 ”揺らぐ殺意”の『茫漠』──名に込められた意味は形なき者。型にはまることがなく、形を為すこともなく。ただただ漂うように生きて、陽炎のように人の命を攫い、朧月のように姿をくらませる。

 彼が自分から姿を見せないのなら、『熾火』にも『戒律』にも『盈月』にすら補足することはできない。


「妬ましいなぁ。私は会おうにも会えないっていうのに、その銀髪の子は一緒にいるってことね」


 小さく呟くと、『盈月』は『戒律』に背を向けた。


「今、なにか?」

「いいや、独り言。けど、そうだな。最後に一つ警告でもしておこう」


『盈月』は、人差し指で銃を作り、自分のこめかみに突きつける仕草をした。口元に一切の緩みはなく、そこにあるのは殺人鬼としての非情で無情な側面。冷徹無比の絶対女王、その警告は──


「『茫漠』を殺すため、きみらは動いているようだけれど──舐めてかからないほうがいい。もし私を殺せるのなら、彼だけだろうからね」

「…………は?」


 初めて、そこで集結した『戒律』六人の声が漏れた。同時に、『盈月』は姿を消す。完全無敵にして完全無欠の『盈月』は下されることなどない。あってはならない。街のパワーバランスを壊しているのが『盈月』だが、飛び抜けた実力を有しているからこそパワーバランスを保っているとも言える。

 そんな化け物を殺せる可能性があるのが、『茫漠』。

 『戒律』の持つ事前情報では、そこまで警戒するほどの人物ではなかった。殺人鬼六人目を名乗るだけの実力を持っていると勘違いした不法者。百歩譲って殺人鬼を名乗るに足るだけの実力を有していたとして、『戒律』に実害を及ぼすほどではないはずだった。


(『盈月』の人を見る目は本物だ。彼女がそういったのなら、そうなのだろう……だとするなら、”耳”に伝達することを優先するべきか)


 メガネの男がその場を離れると意図を理解した他の者がそれぞれの持ち場に戻る。『盈月』などいなかったかのように、即座に、迅速に、整然とした動きで散り散りになり再度捜索を続ける。本来”目”の担当ではあるが、今回は銀髪の少女が現れた最後の地点が明確だ。文字通り”手探り”で探し続ける。

 メガネの男が大通りから少し外れると、一人の人を見かけた。黒髪を後ろで縛っていて、あまり背丈の高くない華奢な体つきだった。


(ひとつ結びの黒髪に華奢な体躯……『茫漠』の特徴と一致するな)


「おい、そこの」と男とも女とも取れない眼の前の人物に声をかけると、すっと振り返った。中性的な顔つきで、これでもまだ性別を断定することができない。だが、『茫漠』の情報を持っている『戒律』からすれば、性別不詳であろうとも『茫漠』かどうかの判別は容易だ。だからこそ──


「何でしょうか」

「──あぁ、なんだ、ただの一般人か」


『戒律』は、武器を構える。袖からナイフを取り出す。一般的なナイフ。一般人を殺すのに十分な得物。殺人鬼は殺人鬼らしく。『戒律』は『戒律』らしく合理的に。姿を見た者を生かす理由もない。

 素早く距離を詰める。振り上げる。振り下ろす。淡々と、粛々と。

 血が滴る。身体が倒れる。意識が遠のく。だんだんと、混濁と。

『戒律』には手慣れている行為。殺人鬼らしく命を奪い、それが潰れていく様を見届けるだけ。片手間にできてしまうような簡単な行為。その失敗など想像もしない。人が扉を開けるとき、失敗を想像しないように。人箸を動かすときに失敗を想像しないように。いつもの手順でいつもの動きで、いつものように殺す。


「だから、読みやすい」


 『戒律』から血が滴る。『戒律』の身体が倒れる。『戒律』の意識が遠のく。どんどんと、意識が茫漠とする。

 茫漠──『茫漠』。そう、『茫漠』だ。気づかなかった気付けなかった気づけるはずもなかった。『戒律』の相対するのは形のない殺人鬼。六人目の王。同格なようにみえて、その実『盈月』を殺せる可能性を秘めているという化け物。


「”統率力”が取り柄の『戒律』は可愛そうだな。単独行動しているとこれだけ弱いのか」


 意識が遠のく『戒律』を『茫漠』は踏みつけながら見下す。正式な蠱毒の王と、新生した偽りの王。その二人の決着は、どちらも全力ではないとは言え迅速についた。

 連絡手段も、救難信号も、何もかも奪い取り孤立させる。”誰にも認識させない、認識されない”──『茫漠』は『茫漠』らしく、『戒律』の一人をこの世から消した。

実は、『戒律』の部位分けはものすごく細かいです。

便宜上彼らは”腕”と呼んでいますが、『戒律』内では右左の腕の区別もありますし、掌は含んでいません。

あまり役割は大きく変わりませんけど。

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