第十一夜 蠱毒の夜はより深く
『戒律』の戦闘担当部位である”爪”総勢十九名と『茫漠』の戦いは、『戒律』が有利に動いていた。『茫漠』の特攻により、”爪”の数名は負傷しているものの、戦闘不能と言うほどではない。依然として戦力を保ち、連携を調整しながら『茫漠』へと迫る。
遠巻きに状況を俯瞰している”脳”は、『茫漠』の”揺らぐ殺意”による隠密を許さず、的確な指示を飛ばす。ときには『茫漠』の動きを分析し、先手を取り続けていた。
さながらコマが自由に動くチェス。だが、プレイヤーがいるのは『戒律』側だけであり、コマ数も圧倒的な差がある。『茫漠』が──クイーンがいくら強力なコマであろうが、単騎だけでは制圧不可能。埋めようのない差が、彼を徐々に疲弊させていく。
(面倒だな……いっそ無差別に”殺意”を振りまいても──とは考えたが、できない。”脳”がすぐそこまできてるんだ。こんなところで取り逃がしたら、千載一遇のチャンスをみすみす逃すことになる)
ただでさえ表舞台に姿を表すことのない『戒律』の”脳”だ。仕留めるなら今しかないと、猛撃を捌きながら『茫漠』は走り続ける。あたりを捜索しながら走り回っていたが、ここまでそれらしい人影は一切見当たらなかった。それどころか、”爪”が”脳”を隠したり守ったりするような動きすら見受けられない。どの方角に近づいても、彼らが司令塔を気にする様子すらなかった。洗練された統率。大将を一切気取らせない動きに、『茫漠』は翻弄され続ける。
接近するのは隻眼の少女。先程”処理”したトンファーをもった老齢の男に代わり、別の四肢の”爪”の男が加勢する。両者ともナイフを取り出し、当たれば必死の頸動脈やみぞおちなどを的確に狙う。後方からの弾幕も健在。手の空いた人員は、”脳”の指示により先回りをして罠を張り巡らせる。
そこまでして、やはりおかしいと『戒律』は分析した。
(これでもなお死なないなんて……こいつ、どうなってるんだ?)
十九名による総攻撃。接近戦では二人以上の攻撃を常に回避し続ける必要があり、後方からの銃弾も無視はできない。回避だけに気を回していれば、今度は仕掛けた罠が作動する。かの最強、『盈月』ですらこの包囲網は一筋縄ではいかないというのが『戒律』の”脳”の見解。それを紙一重で回避し続ける。単に神業という単語に収めて良い動きではない。
例えるなら、超悪天候の中暴風吹き荒れ、雨は殴りつけ、視界は最悪。その状態で行う屋外卓球のようなものだ。すべての悪条件を見極め、ピンポン玉を相手のコートに打ち込む必要がある。コンマ数秒で代わる環境の流れをすべて読み取る神業は、もはや超能力に近い。
(それに、先程から動きがおかしい時があるな。追い詰められたとき、その一瞬だけ見られる動き)
不可解は解消する。完璧だと思われていたこの包囲網に穴があるというのなら、それを修正する必要がある。隻眼の少女が『茫漠』を大きく弾き飛ばした。鍔迫り合いで押し負けるほど、彼は弱っているらしい。その隙を見て、意見を求めるように、”脳”は”爪”を介して質問を繰り出した。
「先程からの妙な動きは何だ。さっき、我々の首を刎ねたときもそうだ。尋常ならざる、人を超えた動きの正体を言え」
「……は? 知らないね。というかさっさと殺しなよ。俺の負けだ」
あくまでシラを切り、『茫漠』は大斧を捨てた。すでに攻撃を捌き続けてきた影響で、ボロボロになっている。柄は次振るっただけで折れそうなほどに細く削れ、刃は銃弾をいくつも弾いてきたせいで歪みに歪んでいた。その刃に反射する『茫漠』の顔も、ひどく歪んでいる。
両手を上げる。まぶたすら閉じて、ただ粛々と死を待っているかのような姿勢。見え見えな嘘に警戒を最大まで引き上げながら、『戒律』は武器を向け徐々に近づく。
「ならば、あの”銀髪の少女”の正体は何だ。どうして貴様と行動をともにしている」
「アレは拾った疫病神だ。利用価値があるから、使わせてもらってる」
「不可解な力は何だ。超常現象を、意図的に引き起こしているのか?」
「知らない。本人に聞いてくれ」
後一歩というところまで、三人の”爪”が近づいた。それぞれ武器を向けている。両サイドの二人は銃を向け、挟み込むような形に。正面からは片手に銃、もう一方には金槌のような鈍器を持った男。
「……一つ、俺からも聞きたいんだけど」
「何だ、遺言くらいなら聞いてやろう」
「”脳”、四人いるよね」
「あぁ」
隠すつもりもなく、男は明かした。両手両足の一切無駄のない動き。そして、絶対にお互いがぶつかり合わない統率。『戒律』はどこまで言っても人体を模した殺人鬼だ。両手両足、さらにその指すべてを稼働させたなら、脳一つでは処理が追いつかない。だからこそ、”脳”は複数人いる。大勢の『戒律』をまとめ上げるには、頭ひとつではまだ足りない。二つ、三つと増やし、今ここに集結しているだけでも最低四人。四肢をそれぞれ動かせるだけの処理能力によって為された、ワルツのような攻防一体の動き。
”爪”の三人は、残り半歩というところまで迫る。この距離なら、どう抵抗されようが殺せる。
「ほんと、最悪だよ。やっぱり俺は正面戦闘じゃ勝てない。また、負けた」
「またか。この街にはお人好しもいたものだな。敗北した相手を逃した奴がいるのか。それとも──ご自慢の影の薄さで命からがら逃げ帰ってきたというところか?」
「いや、逃しちゃったんだよ。俺がね。あれは負けと言っても良かった。あのまま殺しあってたら、どちらも死んでいたかもしれない」
「ネズミとでも殺し合っていたのか?」
馬鹿にするように、『戒律』は言った。言葉の裏には嘲りが見え隠れしていたが、その表情は無表情。機械的な人間。
「ネズミ……そうだね。大きくて、恐ろしい──そして美しいネズミだったよ。赤い髪で、強かな女性だった。いわく、彼女は芸術が好きらしくてね。どうも殺人行為に美を見出していたらしい。俺も三年前狙われたよ」
赤い髪に、芸術家気質。三年前殺人行為に積極的。その情報から導き出されるのは、たった一人しかいなかった。『戒律』の“脳”のみならず、末端である“爪”でさえ、すぐに思い当たる街の恐怖の象徴。
最強の殺人鬼──『盈月』。
「まさか、貴様は──」
動いたのは『茫漠』。”揺らぐ殺意”による隠密すら捨て、爆発的な瞬発力を見せつける。先ほどから発揮していた、神速。たとえ戦闘要員の”爪”だろうと反応を許さない。素手のまま、その膂力と握力だけで首をねじ切れる。
「何やら、騒がしいですねぇ」
──その男は、礼儀正しく割り込んできた。『茫漠』の手刀を見切り、死が目前にまで迫っていた『戒律』を弾き飛ばす。結果的に『茫漠』の腕は空を切り、目の前の男に視線を移さざるを得なくなる。
仮面を着けた長身の男。華奢な『茫漠』とすれば、その身長差は二倍近くもある。見下ろすように立つその様は、ハットが落とす影も相まって妖怪のような不気味ささえ纏っている。印象で言えば、英国紳士だろうか。とにかく実直で誠実そうな雰囲気を感じ取れる。トレンチコートから覗かせた腕を胸に当てると、男は恭しく礼をした。
「始めまして『茫漠』様。私と取引をいたしませんか」
「詐欺師ってのはどいつもこいつも小綺麗だよな。おい『天秤』その耳が腐り落ちそうな胡散臭いセリフと口調をやめてはくれないかな」
『天秤』──『ヴィジランテ』の創設者であり、組織に『戒律』を引き入れた敏腕。情報屋メイルから聞いていた外見の特徴だけでも判別が容易なほどそれらしい男だった。
「おお恐ろしい。やはり、殺人鬼は好戦的な方が多いようで」
「お互い様だね。わざわざこんな面倒ごとの渦中に来るとか、あんた、だいぶ頭おかしいよ」
『天秤』の登場と同時、『戒律』の動きが大人しくなる。『ヴィジランテ』という組織の枠組みにとらわれているからか、それとも『天秤』と『戒律』の間には特別な契約があるのからか。
「それより取引の話をば。どうです? この状況を見ていただけたらわかるとは思いますが、私の意思の次第では、あなたをこのままなぶり殺しにすることもできます。その逆もまた然り」
「何を要求するつもりだ?」
「簡単な話ですよ」
これまた礼儀正しく、にこやかに口元をほころばせて条件を提示した。
「──いかがです? 『ヴィジランテ』に加入していただくというのは?」
「取引というか脅しだよなぁ、おい」
『茫漠』は、返答を引き伸ばしながら周囲の状況を確認する。
(”爪”はどうとでもなる。俺の”奥の手”でいくらでも対処は可能だ……が、『天秤』はだめだ。さっきその奥の手を止められた。まだまだ俺も万策尽きたわけじゃないが、ここで万策尽かすわけには行かない)
『ヴィジランテ』の加入を拒否すれば、その全員が『茫漠』を殺しにかかるだろう。しかし、加入を飲めば『天秤』の傀儡になるのは目に見えている。返答を考える時間はない。
(こうなりゃ、仕方ない。今ここで全力を──)
空を、仰ぎ見ていた。『天秤』が、『戒律』が──一様に空を見ている。曇り空に、一体何があるというのか。つられるようにして『茫漠』も顔を上げる。
「なんだ……あれは」
誰かが、そう呟いた。それも無理はない。彼らの目撃した現象は、そう言わしめさせるのに十分だった。
曇り空は晴れ、“ポッカリと開いた穴”からは美しい星空が顔を覗かせている。無数の穴の中心を通り抜けるのは、光。一閃、また一閃と煌めく光が視認も難しいほどの速度で雲を突き破り通過する。
──隕石。あるいは、流れ星。天からの、ささやかな贈り物。認識した直後には、彼らの足元を揺らした。そう大きな揺れというわけではないが、確かに揺れた。どこかに着弾した。隕石が、どこかに落ちた。
「まさか……!」
『戒律』が『茫漠』を問い詰めようとした時には遅かった。元々隠密に優れた“殺意”と性格──彼はすでに姿を消していた。まさに手品。大勢の視線が誘導されたその隙に、逃走。
『天秤』は、空気を破るような大声を発する。
「場所は中央広場です! 間違いなく、やつの協力者の“銀髪の少女”がいる!」
先ほどの光の軌跡が指し示すのは、『天秤』のいう通り中央広場で間違いない。そこに、この夜の全てが集結する。『茫漠』、“銀髪の少女”、『戒律』、『天秤』──犠牲は皆無というわけにはいかないだろう。
今夜は、蠱毒の夜だ。まだまだ更ける、昏い夜。
『天秤』の初登場をいつ頃にするか迷いましたが、とりあえず登場させました。見切り発車とは恐ろしいものです。
ちなみに『天秤』の身長は"殺意"とか服装とか関係なくて、天然のものです。羨ましいですね。
それと、趣味で小説を書いている人間だからこそではありますが、また次回の構想を練っていないので投稿は少し先になりそうです。
次回は少女ちゃんサイドで一番書きたかったところをやるつもりではあるのでお楽しみに。
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