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第十夜 獅子は惜しまず狩りをする

 『戒律(かいりつ)』の司令塔──“脳”。少数精鋭で構成され、全国に点在する『戒律』を全てまとめ上げる、『戒律』において絶対の組織。その“脳”を誘き出すため始めた『茫漠(ぼうばく)』と銀髪の不幸少女による電波塔、及びに基地局の破壊作戦。

 残り、五カ所。街の中央では、少女が『戒律』を少しでも多く引きつけ、数を減らすために奮闘。不幸によって起こされる現象は大きく、街全体に轟く。無論、『茫漠』にも聞こえ、見えていた。

 腕の痛みを気にしながら、『茫漠』はスーパーボールのように路地を跳ね進んでいく。


 (……思っていたよりも、奴らの自爆特攻が厄介だな)


『戒律』は基地局を半分以上破壊された段階で『茫漠』を徹底的に殺す方針へとシフト。緊急用の無線機器を通じて行われるので、統率力は落ちるものの、自爆による“揺らぐ殺意”の無効化で少なからず『茫漠』の手を煩わせることに成功していた。

 最初は手榴弾ひとつ程度だったが、配置される『戒律』の数に比例して増大。炸裂する手榴弾を掻い潜って基地局に辿り着く必要性があった。


 (だが、確実に“脳”は近くまで来ている。それは間違いないはずだ)


『茫漠』の“殺意“で、自爆要員の『戒律』の意識から逃げ切ることは可能だ。合理的な判断を得意とする彼らは、“敵がいない状況では自爆を選択するわけがない”。『茫漠』を認識できない状況下で自爆を選択するほどの愚かさを持ち合わせていない。

 だが、先ほどから基地局に配置されている『戒律』は即座に自爆を選択している。考えられる可能性としてはひとつ。“脳”が遠巻きに『茫漠』の動向を観察し、無線で指示を下している。司令塔である“脳”からの指示を『戒律』は無視できない。不可解な指示にも疑問を持たずに遂行する。


 (無差別に“殺意”を振り撒いて、誰彼構わず俺を認識させないようにすることもできるが……それをやれば“あの子“からも忘れられちゃうからなぁ……中央の『戒律』が一気にこっちに来るだろうし)


 特段対処法を思いつくこともなく、また新たな基地局へと『茫漠』は到着する。電波塔だ。大きく聳え立った塔の麓には、『戒律』の軍隊。武装し、無線機器と手榴弾を全員が握りしめていた。

 ──戦う気がない。配置されている『戒律』は、全員自爆要員。あくまで『茫漠』を見つけられたのならば儲け物というだけ。その狙いは自爆による広範囲攻撃。『茫漠』の“殺意”を突破するためだけの攻撃。


 (面倒だが……やるか)


『茫漠』が“殺意”を解き、彼らの前に現れる。わざと負傷したかのようなふらつき具合で、持っていた巨大な斧を引き摺りながら睨みつけた。


「手負いの『茫漠』だ。一部戦闘員は前へ、それ以外は塔を死守しろ」


 隣の人間に話しかけるかのような声量。だが、『戒律』はその指示を拾い上げ、洗練された無駄のない動きで『茫漠』へと向かう。電波塔に配置された三分の一ほどが銃を放ちつつ前へと進軍する。さすが集団で一とする殺人鬼といったところか、“一糸乱れぬ殺意”の殺人鬼といったところか、味方を撃ち抜くようなミスはない。前方の『戒律』の脇や耳の上、股下などを銃弾がすり抜けていく。完璧に統率された動きによって作られた弾幕は、『茫漠』の前に展開され──


「……やつの“殺意”だ。総員備えろ」


 直前まであったはずの『茫漠』の姿は、彼ら全員の視界から消え失せていた。“揺らぐ殺意”による人間の無意識に入り込む技術。駅のホームを歩くかのように、『茫漠』はスルスルと彼らの間を通って電波塔に近づく。

 数歩進んだところで、『戒律』のうち三名が手榴弾のピンを抜く。改造されたその手榴弾は、猶予を与えることもなく即座に爆発。手榴弾を使用した倍以上の人数を巻き込みながら、爆炎を撒き散らした。


 (やっぱり……“見てる”な。間違いない)


 危なげなく後方へ飛び退いた『茫漠』は、爆発位置を見定める。電波塔を破壊しないような絶妙な位置。『茫漠』が姿を消したにも関わらず、最適なタイミングでの爆発。仮説通り“脳”がすぐそこまできているのは確定的だった。


 (だけどどうやってあそこに到達したもんかな……近づいたら自爆。遠くからじゃそもそも破壊困難。電波塔を駆け上がってもいいけど、監視されてるんじゃそれもほぼ不可能)


 地道に数を減らしていくしかないだろうと判断した『茫漠』は、斧を構え、突撃した。

 ──周囲の『戒律』から見れば、その光景は地獄だ。訓練されていなければ、恐怖に支配されていただろう。何者かも認識できず、動きすら知覚できない“ソレ”に、前方の仲間が両断されていく。敵がそこにいるはずなのは間違いないのに、姿も音も認識できない。

 垂れ流れる血が地面を伝い、電波塔に近づくように伸びていく。足元からは鉄の匂い。周囲は闇と“殺意”で絶対に認識することができない最悪の殺人鬼。“脳”からの指示も、結局はコンマ数秒遅れの命令だ。正面から突撃する『茫漠』を撃ち抜けといったところで、その数瞬後には『茫漠』の軌道は変化している。


 みるみるうちに数が減り、残り十名ほどになったところで事態は一変した。


 包囲網の穴を見つけ、電波塔に『茫漠』が、さながら木を伐採する木こりの如く斧を振ろうとしたとところで全員が手榴弾のピンを抜いたのだ。電波塔への被害を全く考えない一斉自爆。そびえ立っていたその建造物は、大きく角度を傾け、隣のビルへと突っ込んだ。ウェディングケーキに入刀するように、細長い先端がコンクリートを切り裂く。


「……は!? いやいやいや、どういうことだよ……『戒律』がなんで後生大事にしてた電波塔を──」


 背筋に、冷たい感覚。それを何者かの殺意であると認識した『茫漠』は、すぐに斧で防御を取った。赤い火花が暗闇を照らす。彼が振り返り、目にしたのはたった五人の『戒律』。老齢でトンファーを持つ男、髪で目元が隠れている青年、双子の若い姉妹、そして『茫漠』へ奇襲を仕掛けた隻眼の少女。

『茫漠』が距離を取ることも許さず、彼女はナイフで連撃。斧と衝突するたびに、甲高い金属音が周囲に鳴り響いた。


「はァ!? 誰誰誰……! 色々ありすぎるでしょ、少しくらい空白の美ってもんを理解してこいって……」


 壁際に押し込むと、他四人の『戒律』が攻める。老齢の男性は接近し隻眼の少女と共闘。これまたお互いの攻撃がかちあうこともなく、まるで舞のように高密度な攻撃で『茫漠』を追い詰める。残りの三名は銃による援護射撃。先ほどの『戒律』と同じく、紙一重の弾道。男性と少女の皮膚を掠っていくようなギリギリの狙いだ。


「雑兵だけじゃないってことか」


 明らかに他の『戒律』とは一線を画す動き。全ての動作の隙間に命を脅かす攻撃が織り込まれている。だが『茫漠』も尋常ならざる斧捌きと体術でいなす。斧の柄でトンファーを弾き、隻眼の少女へとそのベクトルを変える。極力接近戦をする二人と重なり、銃を撃たせない。撃たれたとしても弾丸は刃で防ぐ。


「仕方あるまい」


 隻眼の少女の声だった。喉が枯れているのか、ハスキーな低音が地面を擦るように空気を揺らす。

 ──懐から取り出したのは、一つの手榴弾。幾度も『茫漠』が手をこまねいてきた、即起爆する改造が施されたもの。回避不能。できるだけダメージを軽減するために、多少の被弾を覚悟で『茫漠』は壁を駆け上がり、その場から離脱しようとする。

 追従するように、老齢の男性がトンファーを振り回し駆け上がる。空中戦に持ち込まれる。


 (こいつ……そうか、あの手榴弾、“デコイ”だな)


 今まで即起爆していた手榴弾は、一向に爆発する気配はない。やられた、と『茫漠』は大きく舌打ちをした。無茶な回避で軽傷を負ったた上に、小回りの効くトンファーとの空中戦。さらに地上からは残りの四名からの一斉射撃。老齢の男を撃ち抜くようなミスなどなく、正確に『茫漠』だけを狙い打つ。


「捉えた」


 大斧での空中戦をする『茫漠』を追い詰めるのは容易かった。トンファーが大斧を挟み込むようにして拘束。動きが鈍ったところで、隻眼の少女が放った弾丸が彼の胸へと目掛けて飛び込む。穿てば絶命必至の一撃。確実に『茫漠』を殺した。誰もがそう判断した。

 ──瞬きをした直後には、老齢の男性の首が刎ね飛ばされていた。拘束されていたはずの大斧は軽快に振り回され、心臓を貫くはずだった弾丸は、いつの間にか姿を消している。


 (『茫漠』は、正面戦闘を不得手としていたはず)


 “揺らぐ殺意”は人の無意識下に潜り込む殺意。暗殺向きであり、意識外から一撃を見舞う技術。だが、弾丸を防ぎ、男の首を刎ねた動きは『盈月(えいげつ)』に迫るものさえある。

 噴き出る血と共に落下した男の体に一瞬気を取られた。『戒律』の意識が思わずそちらに向いた一秒にも満たない時間で、『茫漠』は姿を消した。遠くから状況を伝達していた“脳”ですら見逃した。現場の『戒律』に情報が入らない。どこから『茫漠』が襲ってくるかわからない状況に、総員が集中し警戒を張り巡らせる。


「あのさ、きみら“腕”じゃないよね。どこの部位?」


『茫漠』を認識できた頃には遅かった。すでに、青年を人質にして背後に立っていた。わずかに斧の刃が食い込み、首元から血が垂れているのが見える。


「きみら、殺されたら困るんだろ。さっきの手榴弾はデコイじゃなくて本物を使っていればよかった。吹き飛ばされた俺を、後ろの三人が撃てばもしかしたら殺せたのかもしれないのに。けどやらなかった。それは、きみらが失ったら困る駒だからじゃないの?」


 あ、そっかと『茫漠』は納得したかのように調子のいい声を上げる。


「きみら、“爪”だな。五人一組で、戦闘に長けている。獣が狩りをするなら爪か牙だろうしね。自爆しなかったのも数が少ないからか。いやいや、まさか“腕”と“爪”が分けられているとは思わなかったよ。細かいねぇ。で、さっき殺した爺さんは何指担当?」

「随分と、口の回るやつだな」

「きみらが寡黙なだけじゃない?」


 不遜な笑みを浮かべながら、さらに『茫漠』は大斧を食い込ませた。


「さて、俺からの要求は一つだ。きみらの統率をしている“脳”を差し出せ」

「断る」

「どうせ“爪”なんて総勢二十人くらいだろ? いいの? 五人失いたくないでしょ」

「殺し合いをする気なら応じよう。ただし、死ぬのは貴様一人だ」


 『戒律』の勝算は皆無と言ってもよかった。戦闘や殺しの専門である”爪”五人の奇襲でも殺せない。その上、一人は死にもう一人は人質に取られ、即座に始末されるだろう。残りは三人。先程の”不可解な動き”を参考にすれば、正面戦闘でも殺し負けるだろう。

 ──それが、三人なら。


「じゃあ、今夜”爪”は五人殺し──」

「やれるのなら、二十人でも殺せば良い」


 ドスの効いた声。『茫漠』の上方から飛びかかってきたのは、大柄の男だった。人二人分はあろうという体格と大ぶりのナタが二丁。なまはげを連想させる武器から放たれる斬撃を大斧で弾くと、『茫漠』は青年を捨て距離を取った。


「新手か。誰?」

「我々は、”爪”。総勢二十名でもって、貴様を狩る」

「十九だけどね」

 

 ”一糸乱れぬ殺意”の『戒律』──合理的で、理性的で、理知的な殺人鬼は常に最悪を想定する。圧倒的な手数。片腕で狩れないのなら、両腕で。両腕で足りないのなら、両足も。四肢に備わった鋭利な”爪”は、相手を斬り裂く得物になる。獅子に備わった闘争本能は、ネズミを狩るのにも全力を出す。


 全国に点在する『戒律』の、殺しの頂点。二十名が集結する総力戦。

 

 圧倒的戦力差。単純な戦力だけを見れば、『戒律』は五人の殺人鬼の中でも上位に食い込む。一転した状況。『茫漠』の”殺意”は”脳”に監視され封じられている。

 その絶望的な状況で──『茫漠』は単身切り込みを選択する。


 ”揺らぐ殺意”は相手を選ばない。ただただ海流に身を任せるクラゲのように、あふれる殺人衝動に身を任せるだけ。

 鮮血が、夜を染め上げる。

『茫漠』さんの正面戦闘能力はだいたい五人の殺人鬼と比較すると下から二、三番目くらいですかね。平等な空間と条件で、『茫漠』が”殺意”による圧倒的な暗殺を封じ、ナイフと小銃のみを与えられるという場合で考慮した場合ですけど。

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