鉄血女帝アナスタシア 第七十二話
1915年2月13日
イギリス
「キッチナー元帥、こちらがロシア軍のナナヨンスキー戦車の写真です」
イギリス陸軍元帥のキッチナー伯爵の前には、ベルリンで撮影されたロシア軍のナナヨンスキー戦車の写真や、ロシア兵の持っている短機関銃の写真が並べられていた。
「ハンキー大佐が提案していた戦車と同じようなものか。しかし、こんな物が本当に役に立つとは」
国防委員のハンキー大佐が無限軌道を持ったトラクターに装甲を施した戦車を提案してきていたのだが、つい一ヶ月前にキッチナー元帥はそれを却下していたのだ。
「はい、しかしハンキー大佐の提案だと速度は最大で5キロ/hほどでしたが、このナナヨンスキーは平地で50キロ、不整地でも30キロ以上速度が出るそうです。装甲はドイツ軍の7.7cm榴弾砲の至近距離からの直撃でも傷一つ付かなかったことが確認されています。おそらく100mmから150mmの装甲を持っているものと思われます」
ロシアの電撃作戦によってドイツが降伏したことは全世界に衝撃を走らせた。そして降伏をしたと言う事実以上に、ロシア軍の使用した新兵器は列強各国に言いようのない恐怖を与えていたのだ。
「海軍のバッテンベルク前元帥によれば、ロシアの女帝アナスタシアはイギリスに植民地の放棄を迫ってきているというのだろう?海を隔てているのは僥倖としか言えないが、それでもロシアは高性能な航空機を開発している。ロンドンが爆撃される可能性もあるか。DMI(軍情報総局)から何か報告は無いのか?」
「はい、元帥。ロシア・ウラル地方の外国人の立ち入りが制限されている地域で、プロペラの無い航空機の目撃情報があります。現地の猟師からの情報ですが、信じられないほどの轟音と速度だったとのことです。現在追跡調査中です」
「信じられないほどの速度?しかし山奥の猟師ならそもそも航空機自体見たこともないだろう。あてにならんな」
「はい、しかし広範囲な立ち入り制限地区を設けておりますので、何かしらの開発を行っているのは間違いないかと」
「確かにな。ロシアの増長をこれ以上放置は出来ん。情報収集は強化しろ」
◇
1915年2月14日
ドイツ ベルリン シャルロッテンブルク宮殿
占領軍本部
「お久しぶりですわ、ヴィルヘルム皇帝」
ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世を占領軍本部で迎えた私はつま先立ちになってチークキスをした。新聞記者も呼んでるからね。とりあえずは友好的なムードを作っておかないと。
この会談の前に、戦争を指揮したモルトケやファルケンハインは既に逮捕している。特にファルケンハインは電話局の職員を見殺しにした罪を加えてやったわ。あの電話局には100人くらいの若い女性が交換手として働いていたのよ。だから事前に爆撃を予告したのにファルケンハインは避難をさせなかった。私はベルリンに入ってすぐに電話局に花束を捧げたのよ。そして新聞にも大々的に記事を書かせたわ。愚かな戦争指導者によって見殺しにされた少女達の魂に聖女レーニナが涙を流したってね。ブランデンブルグ門前での焼き印の件と合わせて、ドイツの国民感情は決して悪くは無いわ。まだ、今はね。
ヴィルヘルム二世の逮捕状については、私の権限で一時停止しているのよ。私の要求を飲むのであれば取り消しても良いわ。
しかしチークキスで顔を近づけてみて気付いたけど、ヴィルヘルム二世の髭ってワックスでガチガチに固めてるのね。日本ではカイゼル髭って言うんだっけ。見れば見るほど変な髭だわ。ドイツって変な髭をした人がトップになると滅びる法則でもあるのかしら?チョビ髭の時もそうだったし。ドイツの新憲法には変な髭禁止条項を入れないとね。
「お久しぶりです、アナスタシア皇帝陛下。この度はドイツ国民に小麦を提供してくださり感謝いたします」
ドイツって小麦と大麦の消費量の20%以上をロシアからの輸入に頼ってたのに、よくロシアと戦争する気になったわよね。戦争が始まってからドイツのパンは“Kパン”って呼ばれるジャガイモ粉を30%入れたパンが戦時標準になってる。それでも配給がままならなくなって子供たちの栄養状態は危険な水準なのよ。そういえば蒼龍の前世の日本は石油と鉄の90%をアメリカに依存してたのに、そのアメリカと戦争したって言ってたわね。為政者って時々とんでもなく非合理な決断をしちゃうのは何故なのかしら?
「私にとってロシアの子供たちもドイツの子供たちも等しく愛すべき子供たちですの。それとこれはわたくしからのプレゼントですわ」
傍らのルスランがボンボニエール(装飾されたお菓子の容器)を私に差し出した。それを受け取ってヴィルヘルム皇帝に手渡す。
「これは・・・チョコレート・・・ですか?」
「はい、義理チョコです」
◇
新聞記者を下がらせた後、私たちはチョコレートを食べながら昔話にちょっとだけ花を咲かせた。最初から大げんかしても生産的な話は出来ないからね。最後にヴィルヘルム二世に会ったのは私が5才くらいの時なんだけど、全然覚えてないわ。
「ではヴィルヘルム皇帝陛下。ご自身の決断でお孫さんのヴィルヘルムくんに帝位を譲ると言うことでよろしいかしら。そして、ヴィルヘルムくんの摂政として私が就任しますわ」
ヴィルヘルムくんは今8才でとっても可愛いのよね。育て甲斐があるわ。立派な立憲君主にしてみせるわよ。しかしドイツ皇帝の家系って、長男の名前が全部ヴィルヘルムなのよね。この皇帝ヴィルヘルム二世の長男もヴィルヘルムだし、そのまた長男(ヴィルヘルム二世の孫)もヴィルヘルムくんなのよ。呼ぶときに紛らわしくないのかしら?
「8才の幼帝の摂政が13才のアナスタシア皇帝か・・・・。もしそれを拒否したら?」
この期に及んでまだ私を試すつもりかしら?最近ちょっと短気になってきてるのよね。イラッときたわ。
「ルスラン、皇帝陛下は遺言に署名なされるそうよ。遺言とペン、それに自決用のピストルを出してちょうだい」
ルスランは後ろに置いてあるアタッシュケースから鷲の紋章の入った紙を取り出した。そしてそれをヴィルヘルム二世の書記官に渡す。
「この遺書には帝国を敗戦に導いた責任を取って自決すると書いてありますわ。帝位はヴィルヘルムくんに譲るとも。皇帝陛下の名誉は最低限お守りするので安心してヴァルハラに行っちゃってください。あ、それとこれを聞いちゃった書記官さんには申し訳ないんですが皇帝陛下のお供をしてくださいね。ヴァルハラまで」
ヴィルヘルム二世と書記官の顔色が真っ青になったわね。まさか遺言まであらかじめ用意していたのは驚きでしょう。これも蒼龍のアドバイスなんだけどね。蒼龍の言ったとおり、ヴィルヘルム二世はあきらめの悪いおじいちゃんだわ。
「・・・・わかった・・・退位しよう。それと、これだけは約束してくれ。家族の命は保証すると」
◇
「ねぇ、蒼龍。このプレスリリース、あのじじい(ヴィルヘルム二世)が言ったことと違うんだけど?これ、あなたの差し金よね?」
翌朝の新聞には、ヴィルヘルム二世が私(アナスタシア皇帝)に「国民にはいかなる罪も無い。国民を飢えさせないで欲しい」って懇願したって書いてあるんだけど、こんな事一言も言ってないわよ。
「いいんですよ。人間は信じたいものを信じますからね。ヴィルヘルム二世の英断で戦争が終わって、しかも民族の一体性が保たれたって思わせておけば戦後秩序の構築に役立ちますよ。実利を取りましょう」
相変わらず合理主義の塊みたいな男よね。こういうのってマキャベリズムって言うのかしら?ちょっと違うかな?
「ドイツが降伏したのにオーストリアとオスマンは降伏勧告を拒否したわね。しかも“博愛的中立”をルーマニアには強く要請していたのにオーストリアに宣戦布告するなんて、どうしてみんなこんなに戦争が好きなのかしら」
ドイツが降伏したからオーストリア帝国とオスマン帝国も諦めて降伏するかと思ったんだけど、強行に拒絶してきたのよね。まあ降伏勧告に“最終的な領土はロシア(私)が決定する”って文言を入れてるから無理も無いんだけど。
「中途半端な停戦だと意味がありませんからね。基本的には各民族の居住地で国境線を引き直しましょう。一部植民が進んでいる地域は強制移住も仕方がありません」
国境線を画定しても、国境線の向こうに同胞が居住してると領土的野心に繋がるのよね。チェコのズデーテン地方をナチスが強制併合したのも、その地域にドイツ人が300万人も住んでたからよ。そこに住んでたドイツ人って、ナチス崩壊後には財産を全て没収されたあげく虐殺や強制追放で数万人から10万人くらいが死んじゃったのよね。こんな不幸の火種を残しておくわけにはいかないわ。
「イタリアの動きも気になるのよね。イギリスとフランスはイタリアに協商国側で参戦するように要請してるし。もう、ホントに嫌になるわ」
「イタリアも参戦するでしょうね。"未回収のイタリア“問題を抱えてますし。ロシアがドイツに圧勝したからみんな”バスに乗り遅れるのはイヤ“って意識なんですよ。良いじゃないですか。バスに乗りたいヤツは乗せてやりましょう。そして後で気付くんですよ。そのバスが地獄行きだったって事にね」
第零話のアドバイスへのお礼
いろいろな方にアドバイスを頂きとても感謝しております。
大日本帝国宇宙軍の概要を全部入れようとするとやっぱり時間軸が前後したりわかりにくい部分があると認識できました。
それと、読者の皆さんの歴史知識に頼った構成になっていると改めて思い知らされました。
”全部詰め込む”のではなく”必要最小限”にして、物語の途中で本来の歴史をひもといていくと言う形が良いのかなぁと思っています。
個別にお礼のコメントを入れる事が出来ずに申し訳ありません。アドバイスやコメントは全部読んで参考にさせていただいております。
これからも応援を何卒よろしくお願いいたします。




