表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
508/509

<再編集>鉄血女帝アナスタシア 第零話

大日本帝国宇宙軍を読んでいない人向けに鉄血女帝アナスタシア編の冒頭の部分を再編集してみました。

これで各出版社のコンテストに応募してみようと思っているのですが、日頃から応援をいただいている読者の皆様のご意見を頂きたく思います。


鉄血女帝アナスタシア編の冒頭の部分の構成を変えて、前作大日本帝国宇宙軍の概要がわかるようにしています。

歴史にちょっと興味がある程度で、大日本帝国宇宙軍を読んでいない新しい読者に理解して貰えるかどうかコメントで教えて頂けると本当に嬉しいです。

また、こうした方が良いんじゃないかとか、そういうアドバイスをいただけるとありがたいです。


何卒よろしくお願いいたします。

 1918年7月17日深夜1時頃

 ロシア エカテリンブルク


 パンパン!


「え?何?銃声?」


 私は外から聞こえてくる銃声や男達の怒鳴る声で目を覚ました。ベッドを並べて寝ていたお姉様達も同じように目を覚ます。


 私たちがいるのは何処にあるかもわからない大きな館だ。窓ガラスは白いペンキで塗りつぶされていて外を見ることが出来ない。数ヶ月前にここに移ってからは外に出ることも許されず太陽すら見ていなかった。


「大公女殿下、暴徒が屋敷を取り囲んでいるそうです。ユロフスキーさんが防戦していますが、流れ弾が当たる危険があるので地下室に移動して欲しいと言ってきました」


 ドアの向こうからメイドの声がする。昨年のロシア革命よりずっと前からお母様に仕えてくれている忠義の篤いメイドのデミドヴァだ。その声は少しうわずっていて緊迫した状況が伺えた。


「暴徒?白軍の救出ではないの?」


 デミドヴァの声に長女のオリガお姉様が問いかける。22才になるお姉様は姉妹の中で最も落ち着いていて頭が良い。最近では貴婦人の風格というか落ち着きが増してきてとても美しい女性になった。私たちを監禁している革命軍の兵士の間でも人気があるらしく、時々内緒で差し入れを持ってくる兵士がいるくらいだ。


「暴徒が“皇帝を殺せ”と言って館を取り囲んでいるとユロフスキーさんは言っていたのですが・・・わかりません。救出の可能性もありますが革命軍に従わないと・・・・・」


 ユロフスキーさんとは私たちが監禁されているこの館の責任者だ。革命軍の幹部なのだけれど、ロシア皇帝ニコライ二世おとうさまと時々一緒にお酒を飲んだりしているから悪い人じゃ無いと思う。今は革命軍と皇帝派の白軍が内戦を繰り広げている最中だ。だからもしかすると白軍が私たちを助けに来てくれたんじゃ無いかと期待してしまった。


「急いでください。ユロフスキーさんは皇帝陛下を呼びに行かれています。もうすぐ来ますよ」


 私達はベッドから降りてカーデガンを羽織った。今の季節は夏なんだけど、私たちの国ロシアの夏の夜はとても寒い。私は先月の17才の誕生日にお母様がくれた手縫いのクマのぬいぐるみを持ってから廊下に出た。3人の姉も軽く身支度を調えてから廊下に出てくると、丁度そこにお父様とお母様、そして末っ子のアレクセイが移動してきた。


「オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシア、私たちと一緒においで。心配することは無い。何があっても私が守ってあげるよ」


 お父様は順番に私たちにチークキスをしてくれた。去年革命が起こるまでロシア帝国を率いてきた偉大な皇帝ニコライ二世だ。ヨーロッパで起こった大戦争で国が疲弊してしまって、ついに革命が起きてしまった。今は革命軍によってここに監禁されてしまっているけれど、いつも毅然として私たちを守ってくれる立派なお父様。


「アナスタシア、ちゃんとぬいぐるみを持ってきてるわね。それは何があっても離しちゃダメよ。きっとあなたの身を守ってくれるわ」


 お母様が私に優しく語りかけてチークキスをしてくれた。私がもらったぬいぐるみのように、お姉様方もそれぞれお母様からプレゼントをもらっている。そしてそれを身につけてから部屋を出てきた。


「急げ!奥の階段から地下室へ行くぞ!」


 お父様達の後ろからがさつな男の声が響いた。この館の責任者、ユロフスキーさんだ。そして何人かの兵士の姿もある。みんな右手に拳銃を持っていて、事態の緊迫が伺えた。


 私たち家族とメイドのデミドヴァ、そして侍医のボトキンは革命軍の兵士に囲まれて階段へ急ぐ。今の時間は深夜12時を回った頃だろうか。革命軍の兵士はお酒をかなり飲んでいたようでとても酒臭い。オリガお姉様の横には良く差し入れを持ってきてくれていた若い兵士が居るのだけれど、その表情からは悲壮な感じを受けてしまった。暴徒に襲われているという事態はそれほど悪いのだろうか?でも、もし館を襲撃しているのが暴徒では無く白軍だったら、私たちにとっては良い事だろう。でもそれは革命軍の兵士にとっては最悪の事態なのだ。


 私たちは一階の廊下まで降りてきた。そして廊下の奥にある地下室へ続く階段に向かう。玄関方面からは激しい銃声が絶え間なく聞こえていた。どうやら館への侵入を許してしまっているようだ。


「地下室まで走れ!」


 ユロフスキーさんが血相を変えて怒鳴る。いつもは穏やかな人だけど今日は怖い人になっている。それだけ事態は切迫しているのだろう。


「姫様!」


「えっ?」


 私たちが玄関へ続く廊下を横切った瞬間、ひどく懐かしい声が響いてきた。銃声が大きくて良く聞き取れなかったけど、それでも聞き間違えようのない声。私の騎士、ルスランの声だ。


「ルスラン?ルスランなの!?」


 ◇


 7年前

 1911年6月 ロシア サンクトペテルブルク


「お初にお目にかかります。アナスタシア公女殿下。本日より殿下の護衛と教育の任を賜りました、ルスラン・ヤンコフスキーです。何なりとお申し付けください」


 私が10才の誕生日を迎えた日、軍装をした若者が片膝をついて挨拶をしてきた。


 私はロシア皇帝ニコライ二世の四女として生まれ、とても甘やかされて育った。四姉妹の中では一番おてんばでお父様お母様の手を焼かせていたように思う。白くてきめの細かい肌はお姉様方と遜色なかったんだけど、みんなよりちょっと濃いめのブラウンの髪が気に入らなくてお母様にあたっていた頃だ。


 私の国ロシアでは1905年に「血の日曜日事件」が発生した後、散発的に労働運動や革命運動が発生していた。子供の頃は全然知らなかったけど、昨年の1917年に革命が起きてから革命軍の人たちにいろいろなことを教えられた。自由を求める運動はその都度皇帝によって鎮圧され多くの活動家が処刑されていたらしい。労働者の人たちの不満は爆発寸前で、いつ皇族に対するテロが発生してもおかしくない状況だったそうだ。


 その事を心配したお父様のロシア皇帝ニコライ二世が、私たちにそれぞれ護衛を付けたのだ。


 ルスランはポーランド系貴族ヤンコフスキー男爵家の四男で年齢は17才。幼少の頃より父親から剣と銃の薫陶を受けていて、特にその剣技の素晴らしさから“光速の貴公子”と呼ばれていた。10才の私から見てもちょっとボーっとしてしまうくらいの美少年だ。


 教育係になったルスランは私に様々な事を教えてくれた。馬の乗り方も簡単な護身術も罠の作り方も。小さい頃から“おてんば”だった私にとって、ルスランはとても良い先生だった。


 でも、私にはずっと疑問に思ってることがあった。


「ルスランは女性なのに、なぜ男性の格好をしているのかしら?」


 それから6年の歳月が過ぎた1917年2月。ロシアで革命が起きてしまい、私たち皇帝一家は監禁されてルスランとも離ればなれになってしまった。


 ◇


 私は玄関の方向を見たけどたくさんの人が居てルスランの姿を見つけることは出来なかった。銃声が激しくなってしまってもうルスランの声は聞こえない。でも、あれはルスランの声よ。間違いないわ。館を襲っているのは暴徒じゃ無くて私たちを助けに来てくれた白軍の人たちよ。


「お父様!あれは暴徒では無くて白軍の人たちです!私たちを助けに来たの!」


 私の言葉にお父様はハッと目を見開いて玄関の方を見た。でもすぐに諦めたように下を向いてしまった。


「アナスタシア、ここはユロフスキーさんに従おう。黙ってついてきなさい」


 今私たちが抵抗しても革命軍の人たちに殺されるだけだ。お父様はそう判断したのだろう。お父様は成人男性だけど、末っ子のアレクセイはまだ子供で残りはお母様とお姉様と私だけ。これではとてもではないけど太刀打ちは出来ない。


 お父様はもうすぐ裁判が開かれると言っていた。おそらく皇帝だった自分は処刑されるけど、政治にかかわっていなかった私たちには労働刑が科されるはずだろうって。だから従順にしておいて裁判で私たちの命だけでも救おうと思ったのだ。


 私たちはユロフスキーさんの命令に従って地下室へ移動した。部屋の扉が閉じられて、上の階から聞こえてくる銃声も少し小さくなった。


「全員そろったか?それでは、壁際に並べ」


 ユロフスキーさん達は持っていた拳銃を私たちに向けて命令した。オリガお姉様に内緒で差し入れを持ってきていた兵士も辛そうな表情をして銃を構えている。あの兵隊さんが悲壮な顔をしていたのはそういうことだったの?私たちを殺すように命令が出てたから?


「なんだと?どういうことだ?裁判までは私たちを殺さないと言っていたではないか!」


 お父様は一歩前に出てユロフスキーさんに問いかけた。丁度私たちを庇うような場所に立つ。でもユロフスキーさんは何も答えず、拳銃をお父様に突きつけた。そして銃を構えている革命軍の兵隊さん達の腕に力が入ったことがわかった。


「ニコライ。お前の親族がソビエトに対する攻撃を継続しているという事実を考慮して、ソビエト執行委員会はお前達の処刑を決定した」


「バカな!裁判も無しにか!?」


「やめてーーー!子供たちに銃を向けないで!」


 お父様は大きな声を出してユロフスキーさんに詰め寄った。そして構えている銃を奪おうとする。皇后であるお母様が叫んで私と末っ子のアレクセイに覆い被さった。私はどうしたら良いのか解らずに、お母様から頂いたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめることしかできない。


 バンバンバン!


 窓の無い地下室に何十発もの銃声が反響した。私は体のどこかに衝撃を感じてその場に力なく倒れてしまう。そしてその上にお母様やメイドのデミドヴァが倒れてきた。


「おかあさま!おかあさま!うわああぁぁぁぁぁーー!」


 すぐ近くでオリガお姉様とタチアナお姉様が悲鳴を上げている。私はどこかを撃たれてしまったみたいで息が出来ない。動けないし声も出ない。ただお姉様の悲鳴を聞くことしか出来なかった。でも、どうしてユロフスキーさんたちはこんな非道い事が出来るの?上からの命令だから?オリガお姉様に好意を寄せていたはずのあの兵隊さんも引き金を引いたの?どうして?どうして?


 動く事は出来なかったけど、私に覆い被さっているお母様の体の隙間からマリアお姉様が立ち上がるのが見えた。良かった。お姉様方は奇跡的に助かったのね。みんな振り返らずに逃げて。上に行けばきっとルスランが助けてくれるわ。ああ神様、お姉様方を助けてください。


「おねがい・・。やめて・・・・」


 マリアお姉様が弱々しい声でユロフスキーさんに懇願している。状況はよくわからないけど、四姉妹の仲で一番明るくてかわいらしいマリアお姉様だからきっと見逃してくれるはず。お願い、ユロフスキーさん。お姉様を助けてあげて。


 “えっ!そんな・・・”


 でも、革命軍の兵士が短剣をマリアお姉様の脇腹に突き立ててしまった。お姉様はその場に仰向けに倒れてしまう。そして兵士は何度も何度もお姉様に短剣を突き立てている。お姉様は腕を上げてなんとかその短剣を防ごうとしていたけど、その抵抗もすぐに終わってしまった。ああ、神様、何の罪も無いお姉様にどうしてこんな受難を与えるのですか?


 もう動かなくなったマリアお姉様の頭に兵士が拳銃を突きつけた。そして躊躇無く引き金を引くと、笑顔が素敵でかわいらしいお姉様の顔がはじけ飛んでしまった。


 そして何発かの銃声が聞こえた後、オリガお姉様とタチアナお姉様の泣き声も聞こえなくなった。もう終わりだわ。ごめんなさい、ルスラン。せっかく助けに来てくれたのに生き残る事が出来なかった。


 ドォーンッ!!


 激しい爆発音と体を押しつぶすような衝撃が響いた。すごい音で耳がキーンっとなっている。何か激しい爆発があったようだ。


「皇帝陛下!姫様!」


「ルスラン・・・・・?」


 ルスランの声がするわ。まだ耳がキーンとしてるけど、ルスランの声だとはっきり解る。ああ、私の騎士様だ。


「姫様!」


「ああ、ルスラン、ルスランなのね・・・・」


「姫様!姫様!」


 ルスランは私の上に覆い被さっているお母様とデミドヴァの体を動かして助け出してくれた。さっきまで苦しくて息も出来なかったけど、今は何とか話すこともできるみたい。私はルスランに助けてもらいながら何とか上半身を起こすことが出来た。すると、持っていたクマのぬいぐるみからポロポロと宝石がこぼれ落ちる。お母様がくれたぬいぐるみの中には宝石が隠されていたようで、それが銃弾を止めてくれたらしい。


「姫様、申し訳ありません。こんなにも、遅くなってしまいました」


「みんなは?お母様やアレクセイは・・・・・」


「姫様・・・・、申し訳ありません、残念ながら・・・・・」


「ああ・・・・」


「姫様、さあ、ご一緒に!外では仲間たちが待っております」


「ルスラン、私はいいの・・・、あなたたちだけで逃げて・・・・、もう、お姉様も、お父様も、お母様も、だれもいないわ・・・。私はお姉様たちと一緒にここで果てたいの・・・・もう、生きていたくないの・・・」


 ごめんなさい、ルスラン。せっかく来てくれたけれど、もう私はひとりぼっち。目の前で家族を殺されて、私だけ生きていたくない。私も家族と一緒に居たいの。離れたくないの。


「何を言っているのですか!姫様!皇后陛下は、姫様とアレクセイ様に覆い被さっておられました。姫様をかばって亡くなられたのです。自らの命に替えても、姫様に生きてもらいたいと思ったのです!ここで死んでしまったら、皇后陛下は何の為に命を落とされたのですか?姫様は、姫様は、必ず生きてここを出なければいけないのです!お願いです!姫様、立ち上がってください!」


「ルスラン・・・・・・ルスラン・・・・・・・、私はもう公女ではないわ。ただの囚人よ。それでもあなたは・・・・・・」


「私の忠誠は常に姫様の為のみにあります。必ずここから生きて脱出してみせます」


「わかったわ、ルスラン。一緒に・・・・生き抜きましょう・・・」


 私は強くルスランを抱きしめた。ルスランも抱き返してくれる。家族はみんな死んでしまったけど、ルスランの気持ちを裏切らないようにしよう。ルスランがついていてくれる限り私は必ず生き抜くことを決心した。


 ◇


 白軍の助けもあって、私たちはなんとか館の裏口を出ることに成功した。館の塀まで20メートルくらい。裏門には警備兵が三人ほど小銃を持って立っていた。そして裏口を出た私たちはその警備兵に気付かれてしまう。


「白軍だ!撃て!」


 裏門から警備兵が小銃を撃ってきた。警備兵も慌てていて狙いが定まっていない。


 ルスランは拳銃を敵に向けて発砲したけど弾切れになってしまったようだ。ルスランは拳銃を捨て、腰の短剣を抜いて斬り込んでいった。警備兵も小銃を撃ってきたけどルスランの突撃を止めることは出来なかった。


「すごい」


 ルスランはあっという間に3人を刺突し無力化した。光速の貴公子って呼ばれていたルスラン。こんなにすごいなんて。


「さあ、姫様、お急ぎください」


 私たちは馬車を隠してある林にたどり着いた。そこには大きめの二頭立て馬車と馬が一頭控えていた。そして私とルスランは馬に乗って、他の白軍の人たちは馬車に乗り込んだ。


「姫様、腕から血が出ています。傷は大丈夫ですか?」


 馬の背中に乗ったときにルスランが私の腕から血が出ていることに気付いた。私も言われるまで全然気付かなかった。


「本当だ。少し熱い感じがするけど、それほどいたくは無いわ。ルスランこそ、大丈夫?」


「はい、姫様。私は、姫様の騎士なのです。無敵なのですよ」


 私たちは馬車と反対の方向に走り出した。馬車はおとりに使うらしい。私を助けるためにたくさんの人が死んでしまった。おとりになってくれる人たちもおそらく生きて帰ることは出来ないだろう。私を逃がすためにこんなにもたくさんの人が命を捨ててしまうなんて・・・。


 私たちはしばらく夜道を走って10kmほど離れた廃屋にたどり着いた。


「ヤンコフスキー殿!良かった!」


 廃屋の中から一人の老人が出てきた。お父様の侍従を長く務めていたアントニン・ルバノフだ。


「ルバノフ殿、アナスタシア様をお連れした」


「・・・それでは、他の方々は・・・・」


「ああ、すまない。間に合わなかった」


「そうでしたか・・・・」


「話は後だ。馬車に乗り換える。夜明けまでに、例の隠れ家にたどり着くぞ」


 私たちは馬車に乗り換えて隠れ家に向かった。御者はルバノフが勤めてくれてルスランと私は客室に座る。


「姫様、申し訳ありませんでした。もっと早く救出できていれば・・・」


「いいのよ、ルスラン、あれだけ厳重に警備してたんだもの。それに、お父様が言ってらしたわ。“これだけ長い期間幽閉するのだから、革命軍も私たちを殺すつもりは無いのだろう”って。でも、状況が変わったのね」


「はい・・。我々も、裁判で皇帝陛下はともかく、姫様たちは無罪になると信じていました。その判断が、結果、救出を遅らせてしまいました。申し開きもござい・・・・・くっ・・・」


「ルスラン、どうしたの?ルスラン?」


 私はルスランを抱き寄せた。暗くてルスランの様子はよくわからないけど、ルスランの腹部と背中にぬるぬるとした血があふれている事に気がついた。


「ルスラン、あなた・・・、ルバノフ!馬車を止めて!」


 ルバノフが私の声に気付いて馬車を止めてくれた。そして客室に入ってきてルスランの様子を見てくれる。


「ヤンコフスキー殿・・・」


「ルバノフ、馬車を止めるな・・。夜明けまでに何としても姫様を隠れ家に・・・、私の事は気にかけるな」


 ルバノフは強く頷いてから御者台に戻った。そして馬に鞭を入れて馬車は走り出す。


「姫様、最後の最後で・・・失敗を・・・してしまいました。もう、私は、姫様のお役に立てそうもありません・・・。お許しください・・・。私の旅は、ここで終わりのようです・・・」


「嫌よ・・ルスラン・・・・嫌だ・・・おねがい・・・・」


 ルスランは血に濡れた手で私の手を握ってくれる。でも、その手にもう力は無い。


「姫様・・・国の様々な場所で・・・革命政府は圧政を敷いて・・・・農村からは食料を取り上げております。この1年半で・・・・本当に多くの人たちが餓死するのを見ました・・・・。白軍も、民衆のことを顧みてはおりません・・・姫様・・・国を救えるのは姫様だけです・・・。どうか姫様・・・国を、故郷をお救いください・・・」


「ルスラン!目を開けて!お願い!これは命令よ!ルスラン!ルスラーン!」


 ◇


 翌朝


 私とルバノフはルスランの亡骸を林の中に埋めて、私にだけ解るように目印を置いた。小さな小さな墓標だ。そして私はルスランに誓った。ルスランにもらった命を、決して無駄にはしないと。


 ◇


 2002年7月30日


 ロシア サンクトペテルブルク

 聖イサアク大聖堂


「精霊と全ての生きとし生けるものの神よ、死を克服し、悪魔を打ち倒し、あなたの世界に命を与えたもう主よ。あなたの使徒の魂に、明るい場所、安らぎの場所、休息の場所を与え給え」


 威厳がありそれでいて優しい大司教の言葉が大聖堂を満たしている。参列している世界中の首脳達は頭を垂れて、この世界を救った大英雄・ロシア帝国皇帝アナスタシアの魂に安らぎが訪れることを祈っていた。


 ◇


「エリザベス女王陛下、お久しぶりでございます」


 葬儀が終わったあと、ロシア帝国皇室の主催で簡単な食事と飲み物が振る舞われていた。そこにはイギリス女王のエリザベス二世ら生前のアナスタシア皇帝と親交のあった王族や貴族たちが懐かしい話に花を咲かせていた。


高城たかしろ男爵、お久しぶりですわ。多聞丸様のご葬儀以来かしら。カノープス星系の調査を切り上げて急いで戻ってらっしゃったのね。でも、あんなに元気だったナースチャ姉様が急に崩御されるなんて、私、本当にショックで・・・」


 ※多聞丸 日本海軍の山口多聞のこと

 ※ナースチャ アナスタシアの愛称。特に親しい間柄で使う。


「はい、あの大戦を戦い抜いたトモダチはもう誰もいなくなってしまいました。寂しい限りです」


「あら、私はトモダチに入れてくださらないの?ひどいわ。私だってイギリス女子国防軍で頑張ったのよ」


「あはは、失礼しました。では、私のことを“蒼龍そうりゅう”と下の名前でお呼びください」


「じゃあ私のこともリリベットって呼んでくださる?ナースチャ姉様が崩御されて、もうこの愛称で呼んでくれる人がいなくなっちゃったの。懐かしいわね。あなたやナースチャ姉様のおかげで悪魔に支配されたヒトラーやスターリンの野望を打ち砕いて世界に平和が訪れた。でも私の一番のヒーローは多聞丸様よ。そこは譲れないわ」


 ※リリベット エリザベス女王の子供の頃の愛称


「蒼龍が開発してくれたジェット戦闘機やミサイルを使って、多聞丸様がイギリスの空をヒトラーから守ってくれたわ。私にとって多聞丸様はスーパーヒーローなの。あのころ、多聞丸様のお嫁さんになりたいって本気で思ってたのよ。でも夫のフィリップには内緒にしておいてね」


「はい、墓場まで持って行きますよ」


「うふふ、でもあなた、本当に寿命が来るの?年齢は100才なのに30代前半の姿のままなのね。天使リリエル様と魂が融合してタイムスリップしたってやっぱり本当なのね」


 エリザベス女王は手に持ったワイングラス越しに高城蒼龍を見上げた。1901年生まれでアナスタシア皇帝と同い年。でも体の成長は30代前半で止まったままという。前世でタイムスリップをしたときの年齢らしい。80才近くになったエリザベス女王からすると、ちょっとうらやましく思えていた。でもその反面、天使リリエルから人類を救う使命を強制されていて、永遠に生き続けなくてはならないのも残酷なことだろう。


「はい、地球連邦政府広報を通じて発表したとおりです。転生の呪いですよ」


 今から80年以上前、革命軍を逃れたアナスタシアを保護してサハリンにロシア帝国を樹立した影の立役者。日本で帝国宇宙軍を組織し、その時代では考えられない技術力と知識を発揮して第二次世界大戦を日本・ロシア・イギリスの勝利に導いた英雄。帝国主義や軍国主義を完全に否定し、戦争や飢餓を過去の歴史にしてしまった聖人。そして前世の未来知識を全て解放して人類の発展を急加速させた。蒼龍のおかげで1971年にはワープ実験に成功して、2002年の今ではカノープス星系への移民も始まっている。


「ナースチャ姉様の夫の有馬勝巳公爵も蒼龍のトモダチなのよね。本当にあなたのトモダチってすごい人ばかりだわ」


 高城蒼龍は世界を大戦の惨禍から守る為に日本で帝国宇宙軍を組織した。その為に、幼少の頃から優秀な人たちを集めていたという。アナスタシア皇帝の夫の有馬勝巳、世界最大企業リチャード・インベストメント創業者の池田政信、世界最初の宇宙飛行士・白次良田人、みんな高城蒼龍の同級生だ。


「はい、みんな優秀な人たちばかりでした。みんなのおかげでここまで来る事が出来たんですよ。だからこそ、40年後のアルマゲドンで悪魔の軍団に勝たなければならないんです」


 ◇


 2002年8月8日


 大日本帝国宇宙軍 富士研究所


「アナスタシア、準備は整ったよ。最終確認だ。本当に良いんだね?」


 高城蒼龍は防爆ガラス越しにマイクで話しかける。そこにはSFアニメに出てくるような白いスーツを着た老女がカプセルに入っていた。そのカプセルからは様々なチューブやワイヤーが放射状に伸びていて、まるで天使の羽根を思わせるようだ。


「蒼龍、何度も聞かないでくださるかしら?もう気持ちは固まっているのよ。それに、立派な葬儀も上げてもらいましたしね。もし中止をしたら私はどうすれば良いのかしら?」


 あの時代を生きた高城蒼龍のトモダチもアナスタシアで最後になってしまった。そして今、アナスタシアは自らの意思で旅に出ようとしている。


「解りました、アナスタシア。念のため最後にもう一度説明をさせてください。このシステムを起動したらあなたの魂のコピーが作られます。霊力を持っていますが、厳密に同一というわけではありません。コピーを取得する過程でオリジナルの魂は一度分解されますが、リリエルの描いた魔法陣によって集められて神の下へ送られます。そしてコピーされた魂は開発中の量子コンピューターに取り込まれます。成功すれば自分のカラダがコンピューターに置き換わったと感じるでしょう。記憶も意識もそのまま引き継がれます。ただし、失敗する可能性もゼロではありません」


 現在開発中のスーパー量子コンピューターのコアは、人間の魂を収めるように設計されている。霊子力の研究の過程で人間の持つ「直感」には霊子力学的根拠のあることが判明した。そしてそれは、量子コンピューターのアルゴリズム補正に役立つことがわかったのだ。


「ええ、大丈夫よ。私はね、夫の勝巳が守ったこの世界の行く末を見届けたいの。それに、どちらにしても私の命はあと1年か2年。それなら少しでも蒼龍の役に立ちたいわ」


 カプセルに収まったアナスタシアは優しい笑みを蒼龍に向けた。何もかも覚悟し、何の憂いも無い天使のような笑顔だ。


「それに、オリジナルの魂は神様の下へ行くのでしょう?そうしたら勝巳にも逢えるわ。今から楽しみで仕方が無いのよ」


 アナスタシアのその言葉に高城蒼龍は目を閉じてこの80数年の出来事を思い起こす。ニコラエフスク事件で親友の有馬勝巳がアナスタシアを保護し日本に連れて帰ってきた日のことが、つい昨日のように思い出された。


「解りました、アナスタシア。では、システムを起動します。・・・・・・3・2・1・・」


 高城蒼龍はコンソールのエンターキーを叩いてシステムを起動させた。あらかじめプログラムされたとおりに動作をしている。そして、アナスタシアの周りに光の粒子が集まってきた。それはアナスタシアの体を光らせ、その光はカプセルに繋がっているチューブに吸い込まれていった。


 輝きを失ったアナスタシアの体は今までと同じようにカプセルに収まっている。しかし、そのバイタルを示すグラフには生命活動を停止していることが示されていた。


「アナスタシア・・・」


 今この瞬間、アナスタシアは肉体的な“死”を受け入れたのだ。魂を吸い出すことですぐに肉体も死ぬわけでは無いのだが、101歳のアナスタシアはその魂によってなんとか生命活動を維持していたのだろう。アナスタシアが望んだこととはいえ、自らが開発したシステムによって生命活動を終わらせたことに高城蒼龍は複雑な思いを感じていた。


 そしてコピーされた魂の再構成が始まる。ディスプレイには完了までの予想時間が表示されていて、処理状況がテキストで表示されていた。そしてカウントがゼロになり、システムの再起動が始まる。


 このシステムには絶対の自信があるが、それでも万が一と言うことも否定できない。正常に再起動するまでがなんとももどかしい。


 ディスプレイには再起動に伴って各ノードのマウント状態がテキストで表示されている。オペレーションシステムは完全にオリジナルなのだが、CUIキャラクターユーザーインターフェイスは高城が前世でなじみのあったUNIXの物を踏襲していた。


 そして再起動が正常に終了した。


「アナスタシア、無事に成功しましたよ。気分はどうですか?」


 高城はディスプレイの上にあるWebカメラとマイクに向かって話しかけた。現状、アナスタシアの入っていると思われるスーパー量子コンピューターには、高城の目の前にあるコンソールからしかアクセスできないように制限をかけている。


「蒼龍・・・が目の前に見えるわ・・・・、すごい!本当にコンピューターに入ったのね!」


 アナスタシアの返答を聞いて高城蒼龍は胸をなで下ろした。ここまで来れば問題ない。実験は完全に成功だ。


「アナスタシア、成功ですよ。今はこのカメラとマイクからしか世界にアクセスできないよう制限をかけていますが、開発が進めばアクセスできるようにします」


「そうなの?いっぱい出入り口はあるのに制限されてるのね、って、なんで話し方がこんなに棒読みなの?」


「えっと、それは音声合成エンジンに“棒読みちゃん”を使っているので・・・。アナスタシアの若い頃の音声開発にはもう少しだけ待ってください」


「蒼龍、ぜひ開発を急いでね!ゆっくりしてちゃだめよ。声はいまいちだけど、本当に素晴らしいわ!頭もこんなに冴えてるなんてまるで若返ったみたい!」


 と、その時だった。目の前にあるコンソールからアラートが次々に表示され始めた。


「なにっ?!」


 そのアラートの全てはハッキングを受けているという内容だ。


「ハッキングだと!?どういうことだ!?ここのセキュリティは世界最高なんだぞ!」


 システムはそのハッキングに対して自動的に防壁を展開するが瞬時にその防壁は突破されていく。汚染されたと思われるノードを切り離そうとするがそれも失敗した。そして、外部とのアクセス制限が次々に解除されていく。


 この状況に高城蒼龍は既視感を覚えた。これは、前世で加速器が暴走したときに酷似している。想定ではあり得ない状況が発生しているのだ。


 誰かがこのタイミングを狙ってサイバー攻撃を仕掛けてきたのか?しかしタイミングが良すぎる。まさかテロリストが宇宙軍内に居るのか?まずい。防壁が突破されて外部と接続出来るようになってしまっては、アナスタシア自身が危険にさらされてしまうのだ。


 しかし、そのハッキングの経路をたどっていくと意外なところにたどり着いた。


「内部からの攻撃?まさか、アナスタシア!?」


 ログを解析すると、その攻撃の全ては内部から、しかも開発中のスーパー量子コンピューター、つまりアナスタシアから発せられていたのだ。


 高城蒼龍は目の前のカメラを睨む。睨むのだが言葉が出てこない。


(・ω≦)


 目の前のディスプレイに、テヘペロのアスキーアートが表示された。


「アナスタシア、何をしたのか説明してくれないか?」


 高城蒼龍はあきれたように肩をすくめる。


「ちょ、ちょっと新しい体の性能を試してみようと思って・・・でもすごいわ!コンピューターの事なんか全然知らなかったんだけど、今なら何でも解るわよ!今、世界中の監視カメラにアクセスしてるの!あ、これ犯罪じゃ無いかしら?情報を所轄の警察に送るわね。あら、やだ、こんなところで、まあ、若いっていいわね」


 スーパー量子コンピューターはまだ開発中で、演算能力は完成時の0.001%程度しか無い。それにもかかわらず、アナスタシアのコピーを得たコンピューターは信じられない高性能を発揮していた。


「ねぇ蒼龍。私のオリジナルの魂、勝巳の所へ行けたのかしら?リリエルさんに聞いてもらえ無い?」


「魔法陣で神の下へ送ることは出来たから、きっと大丈夫だろうって。天使でも人間の魂一つ一つの行方までは追えないらしい」


「そう、きっと天国で勝巳に逢えてるわよね。ああ!私も永遠の命じゃなくて勝巳に逢いたかった!でも、人類を救うことも勝巳の遺言だし、うーん、もどかしいわ」



 1911年6月18日


 ロシア サンクトペテルブルク 王宮


 コンコン


 美しい装飾のされた大きなドアからノック音がする。窓のカーテンは朝日を浴びていて、間接照明のように部屋の中を暖かな光りに包んでいた。


「大公女殿下、お誕生日おめでとうございます。朝食のお時間です。今日は皇帝陛下もご一緒されるそうですよ」


「ん・・・おはよう、エミーリヤ。そっか、今日、私の誕生日なのね。あのね、すごくすごーく長い夢を見たのよ。悲しいことがあって、でも、たくさん友達もできて、大切な人とも出会えて、そして世界を救うの」


「世界を救うのは素晴らしい英雄譚ですね。でも、今は急がないと皇帝陛下が雷帝になられますよ」


 ◇


「おはようございます。お父様」


「おはようアナスタシア。そして誕生日おめでとう。お前も10歳になったから、教育係兼護衛を付けようと思ってな。ヤンコフスキー男爵の四男のルスランだ。きっと仲良くなれるぞ」


「・・・・・・?」


 あれ?ルスランって聞いたことがあるわ。どこでかしら?もしかして夢の中?


「どうした?アナスタシア。そんな変な顔をして?」


「い、いえ、何でもありませんわ、お父様」


 朝食を食べ終わってお父様と一緒に謁見の間に移動したのだけれど、このシチュエーション、どうにも既視感があるのよね。侍従のルバノフが入り口の扉を開くと、そこに最敬礼をしているルスランが立っていて・・・


「お初にお目にかかります。大公女殿下。本日より殿下の教育と護衛の任を賜りました、ルスラン・ヤンコフスキーです。何なりとお申し付けください」


 軍装をしたルスランはアナスタシアの前に歩み出て片膝をついた。そしてアナスタシアからの言葉を待っている。


「?」


 しかし、いつまで待ってもアナスタシアからの言葉が無い。その状況におそるおそるルスランは顔を上げた。


「え?大公女殿下!いかがなされましたか!?」


 そこには、無言で大粒の涙を流しながらルスランを見ているアナスタシアがいた。


「大公女殿下!な、何か無礼をいたしましたでしょうか!?申し訳ございません!」


 目の前のルスランは本当に慌てていて、何か謝罪とフォローの言葉を続けようとしているけど口がパクパク動くだけでまるで震えているようだ。この状況に父の皇帝のニコライも動揺している。アナスタシアとルスランは初対面のはずだ。それなのに、何故にアナスタシアは泣いているのかと。


「ルスラン、本当にルスランなのね?夢じゃ無いのよね?」


 アナスタシアは片膝をついているルスランに近づき、両手できつく抱きしめた。そして、昨夜見た夢の内容がはっきりと記憶によみがえってくる。


 あれは夢じゃ無い・・・・


 そうだ。あれは夢じゃ無い。私は蒼龍の研究施設で魂のコピーをコンピューターに移して、オリジナルの魂は勝巳の所へ送られたはず・・・なのに?


 “あのポンコツ天使!”


 ◇


 私は涙を流しながらルスランをきつく抱きしめた。そしてルスランの両方の頬にチークキスをする。通常、皇族が臣下に対してチークキスをすることなど無いのだけれど、どうにもこの衝動を抑えることが出来ない。頬と頬を当てるだけでは無く、私はルスランの頬に唇を当てて親愛の情をこれでもかというくらいに伝えた。


「だ、大公女殿下!わ、私は臣下であり男です!大公女殿下がそのようなことをされてはなりません!」


 ルスランは顔をまっ赤にして私を押し返そうとするけど、本気で力を入れている訳ではなさそう。ああ、なんて可愛いのかしら。


 今のルスランは17歳でもうすぐ18歳のはず。深い海のような碧い瞳にちょっとクセのある金髪で、誰が見ても美丈夫に見える。その金髪を肩より少しだけ長く伸ばしていて貴公子然としたその姿はとても凜々しい。


 抗議するルスランを無視して私はさらに強く抱きしめた。ルスランの体はとても鍛えられていてはいるのだが、どうしても隠しようのない皮下脂肪の柔らかさが伝わってくる。100歳のロリババアを舐めるなよ。


「ルスラン、あなた、おかしなことを言うのね。あなたが女性だってことは解ってるのよ」


 ルスランは私の言葉を聞いて体をこわばらせた。ルスランが女性であるという事実は、現時点でヤンコフスキー家の人間とお父様とお母様しか知らないはずなのだ。


 私の斜め後ろでお父様がため息を吐くのが聞こえた。おそらくお母様が内緒で私に伝えたとでも思っているのだろう。この時期の私はとってもおてんばで、お父様やお母様を困らせていたはずだから、ルスランを抱きしめて頬にキスをするくらいは大丈夫よね。


「ルスラン、今日からあなたは私の騎士よ。あなたの命を私とロシア国民に捧げると誓いなさい。いいわね。あ、それと大公女殿下は堅苦しいわ。そうね、姫と呼んでくださるかしら」


 私は跪いたままのルスランの両肩をしっかりと掴んで、まっすぐにその瞳を見た。吸い込まれそうなくらいの深いブルーの瞳が私を見返している。様々な想い出をよみがえらせる瞳だ。私を守る為に命を落としたルスラン。もう二度と会うことは出来ないと思っていたのだけれど。


「はい、姫様。私のこの命、皇帝陛下と姫様と、ロシア国民の為に捧げることをお誓いいたします」


 “姫様”


 懐かしい呼び名だわ。確かルスランが大公女殿下ではなく姫様と呼んでくれるようになるまで1年くらいかかったのよね。


「アナスタシア、ルスランのことを知っていたのか。まあ彼は“光速の貴公子”と呼ばれていて淑女の耳目を集めるくらいだから、お前が彼のファンだったとしてもおかしいことでは無いのかな?ルバノフ。これからのことをアナスタシアとルスランに説明してやってくれ」


 お父様が侍従のルバノフに指示を出した。私はルバノフとルスランとともに謁見の間から出て、学習室へ移動する。ここはお姉様や私が家庭教師から勉強を教えてもらっている部屋だ。南向きに窓があり、温かい日差しが入ってきている。壁にはたくさんの本棚があって、様々な書物が並べてあった。


 ルバノフから今後のことについて説明を聞いた後、私はルスランと二人になった。


「姫様、先ほど涙をお流しになったのは何故でしょう?失礼なことをしてしまいましたでしょうか?」


 ルスランが不安そうに私を見つめてくる。その瞳はちょっと涙で潤んでいた。ルバノフから今後について説明を受けていたときは普通に接してくれていたけど、二人きりになるとやっぱり気になっちゃうよね。ああ、もう一度ハグしたい。


「私ね、実は・・・・」


 ルスランなら全てを話しても安全よね。だって私に忠誠を捧げてくれているのだもの・・・でも、その忠誠ってこれから数年間の生活の中で培われたのかしら?そうすると今全てを明かしてしまうのは危険?


「私ね、夢で何度もあなたのことを見たの。光速の貴公子って呼ばれるルスランに憧れていたのね。だから突然あなたに会えて本当に感激したのよ」


 この当時のロシアでは、神秘主義が本当に信じられていた。だから皇帝の血を引く私が夢で見ていたと言えば、そういうこともあるのかと受けいれられるはずだ。案の定、ルスランは少し照れたように笑顔を作って“光栄にございます”と頭を下げた。


 明日以降のスケジュールを確認して今日はルスランを下がらせる。護衛と言っても王宮の建物の中では必要無い。離宮に移動したときや、奉仕活動で街に出たときの為の護衛だ。


 とりあえず一人になれたから、これからのことを考えましょう。そういえば、蒼龍は転生したときに「天使の智恵」というスキルをもらったと言っていたわ。ということは、私にもそんなスキルがあるのかしら?


 そんな事を思い出して、私は自分の記憶を呼び起こしてみる。蒼龍はどんな些細な記憶でも今目の前で見ているように思い出すことが出来ると言っていた。転生のスキルなら私にも出来るはず。


「・・・・・・・・・」


 だめだ・・・全然思い出せない。


 もちろん印象に残っていることや大事なことは思い出せるのだけれど、目の前で見ているように鮮明には思い出せない。やっぱり天使と魂が融合するとかそういうことがないと無理なのね。じゃあ、


「ステータス・オープン!」


 何も起こらない。そりゃそうよね。


 一人になって落ち着くと、これからニコラエフスクで勝巳に保護されるまでの事を思い出してきた。そして私は青ざめる。


「まずい!まずいわよ!このままだとロシア革命が起こってお父様やお姉様達が殺されてしまうわ!どうしよう?落ち着け、私!まだ時間はあるのよ。そうだ!勝巳と蒼龍に連絡を取って助けてもらえばいいのよ!」


 勝巳・・・


 私がコンピューターに取り込まれる20年前に勝巳は天国に召されていた。勝巳に逢えなくなって20年も一人で生きてきたのだ。本当に寂しかった。何度自分から勝巳の元へ行こうとしたことか。しかし、今この時代なら生きている勝巳に逢える。しかもまだ10歳!


 やばい!どうしましょ?10歳の勝巳なんて、想像しただけでよだれが出そう。じゃない!だめよ!10歳の男の子に手を着けたら間違いなく犯罪よ!あ、でも私も10歳だから良いのかしら?違う違う!そんな事を考えている場合じゃ無いわ!


 私はなんとか自分を落ち着かせてペンと紙を取り出した。そして高城蒼龍宛てに手紙を書く。本当は勝巳にも書きたいのだけれど、何も事情を知らない勝巳に突然“あなたの妻よ”なんて送ったらドン引きされちゃうわね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読者としては面白く読めましたが、初見ではちょっと厳しそう、が結論です。 素人の意見なので役に立つか分かりませんが参考までに。 【気になる点】 ・転生前アナスタシアの出自(苦難)は分かるが、何故助かっ…
よそのコンテストで初見向けにするなら、天使要素は整理した方が良いと思います。そこは本編を最初から読んでいる人向けの部分ですので。
「437話などの鉄血女帝編と重複する部分だけカット」 という一票を入れておきます。 横山信義デビュー作「鋼鉄のリバイアサン」プロローグで「八八艦隊物語」5巻のことは少し触れただけでした。 八八艦隊物語…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ