鉄血女帝アナスタシア 第六十七話
大日本帝国 海軍軍令部
「これが・・・、この映画は事実なのかね?」
「はい、島村中将。ロシア政府が世界に公開した映画です。間違いないかと」
この映画フィルムはロシア政府が各国に対して送って来た物だ。魚雷を抱えた航空機が空母を発艦するところから始まっている。ご丁寧に日本語で字幕も付けられていた。
※この当時、音声トラック再生機能付きの映写機はまだ普及していない
そして視点は航空機に搭載されたカメラに変わる。眼下には大海原を航行するドイツ艦隊が見えていた。
「大艦隊を空から見るとこんな威容をしているのか。すごいな。これならドイツもロシア艦隊を粉砕できると思っただろうな」
そこには全長200メートルの巡洋戦艦二隻を中心に、巡洋艦など30隻を超える艦が東を目指している勇姿が写っていた。
次の瞬間、比較的低空を飛行していた航空機達がさらに高度を下げ、ドイツ艦隊に向かって突進していく。飛行速度もかなり遅くなった。そして次々に魚雷を投下する。
投下された魚雷は艦隊に向かって突き進んでいくのだが、この時代の常識からすると雷跡がほとんど見えない。これでは視認は難しく回避行動も十分に取れないだろう。
攻撃に気付いたドイツ艦隊は艦首を魚雷の方向に向けようと取り舵を切る。しかしすでにそれは手遅れだった。
「魚雷の爆発は舷側では無く、艦底部で起こっています。装甲巡洋艦ブリュッヒャーとロストックは被雷の瞬間に艦が真っ二つに割れて5分ほどで轟沈していますね。乗組員は合計で1700名ほどのはずですが、おそらくほぼ全員艦と共に沈んでいるでしょう」
第一派攻撃の航空魚雷は50発程度投下されて6隻の艦に大きな損害を与えていた。そして第二派と第三派攻撃の航空爆弾によって大型艦艇のほとんどが轟沈もしくは大破してしまったのだ。
「この魚雷の雷跡を見てください。艦首を魚雷の方向に向けてぎりぎり躱したように見えますが艦の真横で爆発しています。直撃しなくても近づいただけで爆発するものと思われます。おそらく磁気を利用しているものかと」
「恐ろしい魚雷だな。巡洋艦なら直撃しなくても大損害だぞ。そしてこれがロシアの新型航空機か」
「はい、戦闘機型のレイスキィ、艦上爆撃機型のキューナナスキィ、重爆撃機型のイチスキィとの事です。これらの性能を開示して、中央同盟国に無駄な抵抗は止めて降伏するようにと勧告しています。これがその勧告の録音レコードです。アナスタシア皇帝が自ら各国語で録音しているそうです。映画の最後の場面と一緒に再生するようにとの注意書きもありますね」
『私はロシア皇帝のアナスターシア
このメッセージが中央同盟国の方々に届いたなら
すぐに降伏をするのです
愚かなヴィルヘルム二世、ヨーゼフ一世、メフメト五世の野望のせいであなた方が滅びるのはあとわずかに一年
疑っている時間はないのです
我々の手には侵略者除去兵器”コックローチ・クリーナーD”シリーズがあります
残念ながら中央同盟国が抵抗することは出来ません
私はあなた方が賢明な判断をして降伏することを信じています
私はロシア皇帝のアナスターシア』
「これがアナスタシア皇帝の姿か。何と美しい。“コックローチ”とは何だ?それに、なぜ背景が夜空の星々なのだ?」
「コックローチは油虫の事です。星空は何かの演出かと・・・・」
「ドイツを油虫に例えているのか。これはドイツ人も怒るだろうな。しかし信じられん。ロシアの技術がこんなにも優れているとは。この航空機を輸入できないかすぐにロシアに打診しろ。そういえばアナスタシア皇帝は学習院に留学していたのだな。たしか乃木さん(乃木希典)の事を父親のごとく慕っていたと聞いている。乃木さんにもお願いしてなんとか実現できないものか」
※今世ではアナスタシアの存在もあって乃木夫妻は殉死していない
◇
イギリス ロンドン
「こんな攻撃をされたら戦艦は何の役にも立たないな・・・」
海軍大臣のウインストン・チャーチルはバルト海海戦のフィルムを見終わって大きくため息を吐いた。イギリスには確かに世界最強のグランドフリートがある。しかし、ロシアは航空機を運用することの出来る空母を四隻も保有しているのだ。さらに大型の空母を建造中との情報もある。この映画にあるような航空戦力が世界中の何処にでも展開できるようなら、もはやグランドフリートは最強の座から引きずり下ろされるだろう。幸い、ロシア艦隊が外洋に出るには狭い海峡を通らなければならない。その地政学的な条件と、今現在ロシアと敵対していないことを幸運に思うしか無かった。
「私は恐ろしいよ、チャーチル大臣。ロシアの空母の竣工式典の時、アナスタシア皇帝は叔父の私に言ったのだよ。“近い将来大きな戦争が起こっても、植民地から食糧を徴発してはならない。もし植民地の人たちを餓死させるようなことがあったらイギリスを滅ぼす”と・・・・」
この会議に同席しているアレクサンダー・バッテンベルクは空母の竣工式でのアナスタシア皇帝を思い出してガクガクと震えていた。“イギリスを滅ぼす”と笑顔で言った13才の少女の目は、世界の全てを凍てつかせるほど冷たいものだったのだ。
「この戦争を予知していたのですよ・・・。あれは・・・あの皇帝は悪魔です・・・・。決して逆らってはいけません・・・・チャーチル大臣」
バッテンベルク卿の顔面は既に蒼白になっている。ドイツと戦争が始まってしまい、ドイツ系のバッテンベルク卿は海軍を辞任してしまったが優秀な男に間違いは無い。その男がまだあどけなさの残る13才の少女に恐怖しているのだ。
「植民地をすぐに解放するように脅された話ですか?しかしそんな事を我が国が受け入れるとアナスタシア皇帝は本気で思っているのですかな?それに、確かにこの航空機は高性能なのでしょうが、ロシア海軍はバルト海から出ることは出来ませんよ。地中海方面も最悪ジブラルタル海峡で止めることが出来る。我が国を直接脅かせるとは思えないのですが」
「チャーチル大臣、あの悪魔は本気です。新兵器がこの映画で公開されたものだけだと思いますか?公開しても問題ないから公開しているのですよ。おそらく、もっと恐ろしい兵器を用意しているに違いありません。ドイツを征服してフランスまで手に入れるでしょう。あの悪魔は武力によって世界を従わせると言ったのですよ。“何人たりとも逆らうことは許さない”と・・・・。人の心など残っていないと思ってください」
「悪魔ですか・・・。ロシアが何を隠していたとしてもDMI(軍情報総局)が暴いてくれますよ。もうエージェントを送り込んでますからね」
◇
ロシア サンクトペテルブルク
「皇帝陛下・・・・なんとお美しい・・・」
各国に送ったフィルムをルスランと蒼龍と一緒に鑑賞した。映写機で壁に映して、それに向かって椅子を三つ並べて鑑賞してるんだけど、最後の場面でルスランが感涙にむせんでる。でも私の横で手を恋人つなぎするのは止めて欲しいわね。ちゃんと気付いてるわよ。映画デートと勘違いしてるんじゃ無いかしら。まあそんなルスランはとっても可愛いんだけど、何故か蒼龍にはムカつくのよね。
このシーンって私の前世で世界的ヒットを飛ばした“宇宙戦艦ミカサ”のものにそっくりなのよね。マゼラン星雲の天女が地球にメッセージを送ったときのシーンよ。でも、その事を蒼龍はまだ知らないはず。
「ねぇ、蒼龍。この星空をバックにした私のシーンって、元ネタは何?このシーン、私の前世で大ヒットしたアニメ“宇宙戦艦ミカサ”のシーンにそっくりなんだけど」
「え?“宇宙戦艦ミカサ”がアニメ化されるんですか?」
「そうよ。続編の“さらば宇宙戦艦ミカサ”では“白色人帝国”と地球が戦うんだけど、地球側の登場人物がみんな日本人で敵側が白い肌の宇宙人だったのよ。公開は1930年代だったはず。まだ植民地支配が残されていた時代だったから、このアニメに影響された独立活動家も多かったわね」
「へぇ、それは素晴らしい。“宇宙戦艦ミカサ”は初等部の時に俺が書いた小説なんですよ。まあ、前世で大ヒットしたアニメの盗作なんですけどね。でも独立運動家に影響を与えたんですね。それはすばらしい」
「やっぱりね。そんな事だと思ったわ。ところで蒼龍、戦艦って魚雷一発で沈む物なの?誘導魚雷?」
あんまり軍事に詳しくは無いんだけど、航空機による作戦を海軍に検討させたとき、魚雷一発じゃ戦艦は沈みませんよって軍人に言われたのよね。でも蒼龍の開発した魚雷は一発で戦艦を沈めちゃってるわ。
「普通の魚雷は海面下数メートルの深さを進むんですが、これは深さ10メートルくらいを進むんですよ。そのままだと艦底の下を素通りするんですけど、磁気感知で爆発するようにしています。どんな戦艦でも艦底の装甲はせいぜい50mmから80mmで、巡洋艦なら30mmくらいしかありません。なので真下で爆発したら一撃ですよ。誘導魚雷は開発中ですがキュウナナシキに搭載できるほど小型化はまだ無理です。イチシキと潜水艦での運用ですね」
なるほど、これがストッパーの外れた蒼龍の実力なのね。私の前世でもこれくらいしてくれてたらもっと犠牲者も少なかったのにって思うけど、やっぱり何の後ろ盾もなければ無理な事だわ。でもそろそろルスランと手を離してもいいんじゃないかしら?ルスランは蒼龍のことをうっとりとした目で見てるけど。
「半導体やジェットエンジンももうすぐ出来るのよね?」
「はい、希少金属はロシア国内でいくらでも手に入りますからね。優秀な技術者も多くいますし。アナスタシアのおかげで国内のリソースを湯水のごとく使えるのが大きいです。感謝してますよ」
「うふふ、感謝ってロシアの為にしてくれてるんだから私が感謝する方よ。本当にありがとう」
「アナスタシア、勘違いしないでください。ロシアの為にしてるんじゃ無いんですよ。俺は世界の子供たちの為にしてるんです。それに、俺の開発している物は良い物ばかりじゃ無いですよ」
「確かにそうね。ロシアの為なんて視野が狭かったわ。一緒に世界の子供たちの為に頑張りましょう。愚かな戦争を二度と繰り返さないようにね」
蒼龍の前世では、日本は無謀な戦争に突き進んで200万人の国民が死んじゃったのよね。国内の多くの都市が灰になって、そして二度と戦争をしないことを誓ったって。その誓いは素晴らしいことだけど、結局“武力”が無いと安全は守れない世界だったって悲しそうに言ってたわ。そしてそれは今の世界も同じ。平和を叫んでもそれを強制できる力が無ければただの寝言よ。だからこそ私たちは“究極の武力”を手に入れることにしたの。あの悪魔の兵器を。




