鉄血女帝アナスタシア 第六十六話
1914年9月15日
ロシアはセルビア政府に対して、オーストリア皇太子夫妻暗殺を企てた黒手組の一派を軍籍から排除するように要請。ロシア政府は、あらゆる非合法な暴力行為を認めないと宣言し、これをセルビア支援の条件とした。
これに対してセルビア政府は明確な判断を先送りにし、黒手組の一派を左遷することでロシアの協力を得ようと交渉する。
1914年9月20日
ロシアはオスマン帝国に対して黒海における敵味方識別圏を一方的に通告。オスマンの武装した艦船がロシア・オスマン中間線より北上した場合は宣戦布告と見なすと発表。
オスマン帝国
「あの小娘がぁ!」
エンヴェル・パシャはロシアからの通告文を引きちぎって床に投げ捨てた。ハーグでの平和会議以降、ロシアが掲げる人権主義はオスマン帝国を標的にしたものも多かったのだが、ついに黒海の半分を支配すると言ってきたのだ。このロシアの一方的な通告に政権首脳部だけで無く国民も激怒していた。
「しかもオスマン帝国の領域をアナトリア半島だけに縮小し、シリア地方やパレスチナ、クルド、アルメニアを独立させろだと!ふざけおって!!メフメト陛下!今すぐにロシアに対して最後通牒を突きつけましょう!どうせ来月にはセバストポリを攻撃する予定だったのです!連中に一刻の猶予も与えてはなりません!先月ドイツから受領した巡洋艦二隻も戦力化出来ています!」
ハーグ平和会議での、あの不遜な小娘の顔を思い出すとどうにも怒りが収まらない。情報によればロシアは国境線から10キロ下がったところに布陣しており、積極的な攻勢は一度も行っていないということだった。ドイツが西部戦線に注力して東部戦線にそれほど戦力を置いていないにもかかわらずだ。間違いなくロシアは動員が遅れている。今なら黒海方面は手薄なはずだ。
※オスマン帝国のメフメト五世皇帝はエンヴェル・パシャら三頭政治の傀儡であったと言われている
◇
ドイツ ベルリン
「オスマン帝国がロシア黒海艦隊への攻撃を決めました。オスマンからはバルト海にて同時に作戦を実施して欲しいとの要請です」
武官から報告を受けているのはドイツ大洋艦隊フリードリヒ・フォン・インゲノール提督だ。インゲノール提督はイギリス艦隊との大規模な決戦を主張していたが海軍本部の許可が下りなかった。その為、小規模な攻撃を繰り返しイギリス艦隊が大規模な攻勢を仕掛けてくるように誘っていたのだが、8月下旬には軽巡洋艦三隻を失うという敗北を喫していた。その為、どうしても戦果を欲していた。
「ロシアはあの空母とやらを就役させているが、戦艦は皆無。巡洋艦と海防艦だけなら楽勝だな」
「はい、しかしロシアには高性能な航空機が存在する可能性があります。爆撃された場合、損害が懸念されます」
「しかし数は揃ってないのだろう?それに爆弾で戦艦は沈まんよ。魚雷なら可能性はあるが、1トンもある魚雷を航空機に積めるはずはないだろう。万が一積めたとしても、低速の大型機になるはずだ。簡単に打ち落とせるさ」
◇
ロシア サンクトペテルブルク
「オスマンとドイツが同時に作戦をするようですね。ドイツ艦隊がバルト海に進出するのと時を同じくしてクリミア半島にオスマン艦隊が砲撃をかけるようです。さらに小規模な上陸作戦も検討してますね。実現できればロシアの戦力を分散できるので、ドイツにとっては願ってもないことでしょう」
戦争勃発直後にドイツ・オーストリアと外国を結ぶ海底ケーブルや電線は全部切断してるのよね。情報封鎖よ。だから、ドイツとオスマンが連絡を取るには短波電信しか方法が無い。つまり、情報は私たちに筒抜けなの。
「アルメニア方面でも動きがあるんでしょ。アルメニア人の虐殺が起きる前になんとかしなきゃね」
この時代のアルメニアは東半分がロシア領で西半分がオスマン領なのよね。ポーランドと同じように大国によって分割された状態なの。ロシア側の地域は自治領化の準備中でアルメニア人との関係は割と良好だから、オスマン領内のアルメニア人地域を取り戻して欲しいって嘆願が来てる。
「オスマン領内では10年に一回くらいのペースでアルメニア人虐殺が発生してますからね。1909年にも女子供を含めて三万人くらいが拷問の上虐殺されています。非道い話ですよ」
「この時代、本当に人間の命の価値って低いのよね。どうしてみんな平気であんな残虐なことが出来るのかしら。本当の悪魔って人間のことなんじゃないかって割と真面目に考えちゃうわよね」
「まだまだ人類は未成熟なんですよ。俺の前世でもアナスタシアの前世でも数千万人の犠牲を払ってやっと人権意識が向上したんですからね。それでも人間の本質が変わったわけじゃありません」
1914年10月17日 バルト海
ドイツ大洋艦隊
巡洋戦艦ザイドリッツ(旗艦)
巡洋戦艦モルトケ
巡洋戦艦フォン・デア・タン
装甲巡洋艦ブリュッヒャー
軽巡洋艦グラウデンツ
軽巡洋艦ロストック
潜水艦 U19・U21・U22
その他軽巡・水雷艇等28隻
キール軍港を出港したドイツ艦隊はロシア領リトアニア沿岸の都市リエパーヤを目指して航行していた。この港湾都市はロシアバルチック艦隊の母港の一つとなっていた。ちなみに日露戦争の際、この港にバルチック艦隊が集結して出陣している。
「皇帝陛下もイギリス艦隊に対して慎重になるが、ロシア艦隊に対しては積極攻勢の許可を出してくれたな。やはりご自身への逮捕状に相当お怒りなのだろう」
旗艦ザイドリッツの艦橋でドイツ第一艦隊司令官ラインハルト・シェア中将は東の空を睨む。ロシアには就役したばかりの空母とやらが四隻あるが、それ以外に有力な艦艇はほぼ無い。足の遅い前弩級戦艦と巡洋艦がわずかばかりだ。イギリスのグランドフリートを相手にするのと比べれば圧倒的に貧弱で、乗組員達は物足りなさを感じていたほどだ。
「はい、シェア中将。しかしロシアには高性能な航空機があると言われています。油断は禁物ですよ」
「なーに、航空機による攻撃なら接近しての爆弾投下だろう。接近してきたら増設したMG08重機関銃(7.92mm)で蜂の巣さ。それに爆弾ごときで戦艦は沈まんよ。操艦は艦長の指揮を信頼している。大丈夫さ」
「艦長!左舷に航空機を発見!約40機です!低空で接近してきます!」
「ロシア軍機か?しかし低空?爆撃じゃ無いのか?」
接近してくる航空機は横一列になって飛行している。双眼鏡で見ると低翼単葉機で、胴体の下に丸い物を懸架しているのが確認できた。
シェア中将はすぐさま全艦に機銃掃射の準備を命令した。各艦の舷側に設置された7.92mm機関銃を水兵が構える。
「艦長!敵航空機は何かを投下しました!距離約2000m!魚雷の可能性あり!」
「バカな!本当に航空機から魚雷攻撃が出来るのか!?全艦取り舵一杯!急げ!このままだと腹を向けたままだ!」
魚雷を投下したロシア軍機はすぐに旋回して艦隊から離れて行ってしまった。とてもではないが7.92mm機銃の届く距離では無い。
「雷跡を見落とすな!各艦の判断で回避!!」
ドーーン!
「うぉっ!」
ザイドリッツの艦橋にいたシェア中将や艦長達は、真下から突き上げるような激しい衝撃で転倒してしまった。まるで艦自体が少し浮き上がったような錯覚に囚われる。そして次の瞬間、今度は海面に叩きつけられたような衝撃に襲われた。
「くそっ!直撃か!損害報告!」
この巡洋戦艦ザイドリッツは25000トンもある大型艦だ。たった一発の魚雷で沈むことなど考えられない。まだ戦える。シェア中将はそう思っていた。
「右舷の装甲巡洋艦ブリュッヒャーにも直撃!艦がっ!艦が真っ二つに!」
「なんだと!?」
シェア中将は艦橋右窓に駆けよった。そして右舷400mほどを航行していたブリュッヒャーを見る。
「そんなバカな!!」
ブリュッヒャーは艦の中央部から真っ二つに折れていて、激しい黒煙を吐き出していた。そしてみるみるうちに艦首と艦尾を持ち上げ始める。
魚雷攻撃の第一波で6隻の艦が損害を受けていた。そしてそのどれもが轟沈か大破判定だ。
「魚雷は艦底で爆発した模様です!舷側の装甲に亀裂が走っています!もう持ちません!」
艦橋の伝声管からは悲鳴のような報告が響き続けている。そのどれもが悲劇的な内容ばかりだった。
「シェア中将、退艦命令を出します。旗艦をモルトケに移してください」
「わかった・・・艦長・・・」
「東の空に接近する航空機!距離15000m!機数約50!飛行高度は高めです!おそらく3000メートル以上!」
「第二波攻撃か!退艦を急げ!」
東の空から接近してくる航空機はある程度の高度を保ったまま艦隊に近づいてきた。そして艦隊の進行方向正面から急降下にはいる。
次々に投下された500キロ爆弾は大型艦を中心に命中し、大破轟沈させていった。
そして同じ光景は黒海でも見られていた。
ドイツ艦隊損害
巡洋戦艦 轟沈3
巡洋艦 轟沈5大破2小破4
水雷艇 轟沈2
戦死行方不明 8200名
ラインハルト・シェア中将 戦死
オスマン艦隊損害
前弩級戦艦 轟沈2
弩級戦艦 轟沈1
巡洋艦 轟沈1大破3
戦死行方不明 2700名
ロシア軍損害
キュウナナシキカンコウ 2機
行方不明4名 僚機同士の空中衝突
次回更新は金曜日予定です




